第十二話 友情とまさかの申し出
夏も半ば。日差しが強く、当たり前のように暑いとはいえ、湿度が低い上に冷却魔法具もあることから、オレっちは頻繁に外に出ていた。
今日も使用人アパートの庭にある巨木の木陰で、かーちゃんが作ってくれた『小エビのフライドック』を、エイベルと二人で食べている。
ドックパンに挟んだ小エビのフライ&タルタルソースは、異世界でもウマウマである。⋯この小エビが1メートル越えビッグサイズである魔海エビの幼生体だと知った時には、衝撃を受けたけどね。
「美味しいね~。タロスのお母さんって〜料理上手だから〜」
「ふつ~のはな。時々、オリジナル料理に挑戦してるけど、そっちは下手どころかぶっ飛んだ味してんぞ」
かーちゃんは時々、定番の料理に飽きてシェフの気まぐれ⋯⋯いや、かーちゃんの気まぐれ料理を作る。
だが、それらはたいてい失敗作だ。創作料理センスゼロどころかマイナスなのに、年に何回か爆誕させるかーちゃんは、チャレンジャーとしか言いようがない。
問題は、それを捨てずに一度は食卓に乗せる食拷問の方だ。なんで一口、食べさせようとするのか──謎である。
「エイベルはいつも食堂で食べてるから、ハズレなんてないもんな」
そう。このお屋敷には、使用人用の食堂があるのだ。
使用人(商会本部の従業員含む)の半分が住み込みなので、単身から家族連れまで、かなりの大人数がいる。そのため有料ではあるが食堂があり、オレっちもたまに利用させてもらっている。特に昼食は、食堂に行くことの方が多い。今日はエイベルと遊ぶ約束をしていたので、かーちゃんが二人分の昼食を用意してくれたのだ。
「ん~、いつも美味しいけど〜最近は〜自分で作ることもあるんだよ〜。外で〜買い物するのも楽しいし〜」
「すげぇな。オレなんてチトリーマで買い物する以外は、外に出ねぇのに」
「チトリーマは〜お屋敷のすぐ隣だから便利だよね~。パンもおにぎりも美味しいし〜」
「エイベルは、執事さんになんも言われねぇの?『外は危ないから、近くのお店だけよ』とか」
これは、かーちゃんがいつも言ってるセリフだ。加護種は殺人などの凶悪犯罪は滅多に犯さないが、窃盗や暴力事件なんかは普通に犯す。特にここは首都のど真ん中だから、誘拐なんかも可能性としては起こり得るのだ。
「僕〜もう飛べるから〜、魔法も使えるし〜」
エイベルはそう言って、背にあるやや灰色掛かった皮膜翼を、パタパタさせた。
「そうかー、エイベルももう一人前なんだなー、いいなぁ」
「タロスだって〜もうすぐだよ〜。花の蕾も〜だいぶ膨らんできたし〜。そろそろ咲くかも〜?」
「オレもそう思ったんだけど、かーちゃんが、まだ1年はかかるだろうって言うんだ」
「そうなんだ〜。タロスは〜花が咲いたら獣学校に入るんだよね〜?じゃあ〜僕も来年入学しようかな〜」
「エイベルはもういつでも入学できるだろ?魔法も使えるし、飛べるし」
「ん~、でも〜⋯⋯知ってる人がいないと不安なんだ〜。獣学校は年齢のバラツキが多いし〜、ほとんどの人は〜友だちと入るって聞いたから〜⋯」
──そうなんだ!つーか、クラスメイト、歳上も歳下もありってこと、思いっきし忘れてたわ!そりゃ不安だわ。オレっちだって──まあオレっちは前世の記憶持ちだから、どちらかというとワクワク感しかないが。
「エイベルがそれでいいんだったら、一緒に入学しようぜ!」
「うん〜!」
「でも、オレの花⋯ホントに来年咲くのかな?」
「いつでもいいよ〜。ジイジだって〜獣学校のこと何も言わないし〜」
⋯⋯それは、執事さんが単に忘れているだけなのでは?
「そうだタロス〜!僕〜、さ来週ジイジの故郷に行くんだ〜。よかったら〜一緒に行かない〜?」
「執事さんの故郷って──あの人、首都の生まれじゃなかったの!?」
「うん〜。ジイジのお父さんが〜先々代の旦那様と知り合いになって〜ここに来たんだ〜。だから〜親戚とかは皆〜竜人国にいるんだ〜」
「ウ、ウルドラ!?」
マジですか!!
「まあ〜竜人国って言っても〜国境近くの小さな村なんだけどね~。でも〜もしかすると竜体で飛んでる人も〜見れるかも〜?」
見たい!それは是非とも見たいです!
「か、かーちゃんに言って、旅支度をしてくる!!」
「旅支度って〜着替えとかだけで大丈夫だよ〜。あ~でも〜飛行代は掛かるか〜。飛行所まではジイジの魔牛車があるから〜送ってくれるんだけど〜」
「キュ!?執事さん、魔牛車持ってんの!?」
「うん〜。先代の旦那様が〜勤続100年のお祝いでくれたんだって〜牛魔獣一頭と車〜」
牛魔獣+車って──まー、またお高いもんを。でも、ここの蓄財状況からするとそうでもないか。牛魔獣は、お屋敷の専属調教師が面倒みてくれるしな。
「まだ十日以上もあるし〜、とりあえず〜おばさんに許可をもらったら教えてね〜」
もらいますとも!
こうなったら前世で乱発してた『一生のお願い』を、土下座つきでするしかない!かつては使用頻度が多すぎて効果を失ってしまったが、今世はまだ一度しか使ってないし!(ダンジョン見学)
◇◇◇◇◇
「いいわよ。でも、エイベル君の言うことをちゃんと聞いて、絶対に迷惑をかけちゃダメよ?」
土下座+一生のお願いするまでもなく、かーちゃんの許可が下りた。拍子抜け。
その日の夜、オレっちはテンション上がり過ぎの反動で、熱を出して寝込んだ。まさか、前世での遠足前日あるあるを、転生してまで再現してしまうとは。トホホ。