第百二十一話 カガリス無双
「よし、トドメを刺せ、タロス!」
「ハイッ!」
アニキが毛針で串刺しにした大きな鼠っぽい魔物のヘソにある魔核を、オレっちが剣で砕く。
「これで38匹目⋯⋯」
「あと12匹ぐらいでレベルが上がるハズだが⋯⋯時間切れだな」
「あ、でも、レベル1にはなったんで、オレは満足です!」
今更だが、このダンジョン内では聖遺物を使わなくても自分のステータスが脳裏に浮かんでくる。オレっちの普段視ているステータス画面のような細やかな情報は無いが、冒険者レベルなど、必要最低限の情報だけは確認できるのだ。
そして、今、赤い光の下にあった岩──緊急避難場所を見学してから、青い光の下──休息所へと向かい、その周辺で魔物探しをしていたオレっちとライブルのアニキだったが、最後の最後でオレっちのレベル上げのための魔物がなかなか発見できず、とうとう次のレベルに上がられないまま、お試し時間が終わってしまった。
「まあ、次でもいいか。ダンジョンには憶えてもらったから、情報は記録されてるかンな」
冒険者ギルドの正式な冒険者じゃなくても、一度でも魔物と戦うと、ダンジョンの管理者には冒険者と見なされるらしい。
「いろいろと助けてもらって、本当にありがとうございます、アニキ!しかも、時間を無駄にさせてしまって、申し訳ないです⋯⋯」
ダンジョンは広いだけに、それなりの時間が掛かってしまう。特に今回のアニキのダンジョン攻略は二週間という短期だったハズなので、本当に申し訳ない。
「いいんだ。おめぇには上でいろいろ助けてもらったかンな。お互い様だ。それに、ワイも一階層に一度戻って、5階層に転移するから気にするンな。それで、おめぇの倒した魔物素材だが──」
「それなんですが!」
オレっちは、アニキの言葉を最後まで言わせなかった。
「魔物を実際に倒してるのはアニキなんで、オレは無しで結構です!」
「いや、でもなぁ」
「経験値も頂いたようなもんですから、その上、金なんぞもらえませんっ!」
「⋯⋯わかった。今回はそうしておこう」
◇◇◇◇◇
「じゃあ、武器だけギルドに返しておけよ、タロス」
「ハイ!今日はありがとうございました、アニキ!単独でのダンジョン攻略──頑張って下さいね!」
「おう!」
ライブルのアニキとは、休息所にあった転移装置に跳ばされた先で別れた。
転移先は、ダンジョン街の古い──古き神々よりももっと古い時代の遺跡群がある場所だった。そこには、決められた階層へと転移できる装置もあり、アニキは5階層行きの転移装置がある扉へと向かって行った。
《ようやく交代か。つまんねぇ、ド底辺レベルの魔物狩りばかりで、見てて退屈だったぜ》
オレっちの死闘を退屈呼ばわりとは⋯⋯
ムッとしたが、チートなお人⋯じゃなく神にはわからないのだろうと、怒りを抑える。
《さ、これからが本当の冒険だ!》
⋯⋯そういう言い方をされると、先程までのオレっちの冒険がエセだということになるんですケド⋯⋯
ますますムカついたが、強まる圧により、カガリス様と交代せざるを得なかった。
◇◇◇◇◇
⋯⋯。⋯⋯スゲー。水晶だらけだ⋯⋯
ダンジョン内ならどこでも転移可能らしく、一瞬で新ダンジョンへと着いてしまった。
どの階層なのかは不明だが、そこは地面も岩も、木も草も──全て水晶でできた場所だった。
ここが⋯⋯『神々の遊び場』なのか。上の階層よりも、魔素が濃い気がする。
《そうさ。ここは、オメーらの言う新ダンジョンの3階層だ。この層に、昔、俺が置いたままにしてあったアイテムがある。眷属たち用のご褒美アイテムで、幾つかは奴らの手に渡ったが、半分以上は残ったまんまだ》
『ご褒美アイテム⋯⋯?』
なに、それ?
《眷属たちの中にも、この遊び場に挑戦した奴らがいたのさ。奴らにとっては生死ギリギリのラインがこの3階層だったんだ。だから、少しは役立つモンを、宝箱に入れて置いた》
へー⋯⋯ご先祖様たちスゴい!神々の遊び場で冒険するなんて!!
《甘ちゃんのオメーとは大違いの、覚悟を持った奴らだったからな》
『そんだけ強かったっつーことでしょ?昔の加護種の方ができることが多かったらしいし、体力と魔力も、今とは段違いだったらしいですからね!』
カガリス様って、完全にオレっちのことをバカにしてる!ホントのことでも、どストレートに言わんでもいいやん!ちょっとはオブラートに包めや!
《確かにな。だが、俺が言うのは『気迫』ってやつさ。死ぬ覚悟をしながら、同時に絶対に生き残るって執念を併せ持つってことだ》
そう言われると──今回のお試しダンジョンでも、死ぬ覚悟なんてしとらんかったわ。平和ボケと言われても仕方ないかも。
《ん?おお、来たな!しかもかなりの数だ。当たり前か。この層に入る者なんぞ、数千年ぶりぐらいだろうからな!》
あ~、それはそうでしょうとも。浅い階とはいえ、神々や半神、S級の竜人ぐらいでないと、ここまで入れませんから。って⋯えっ!?
目の前──カガリス様の目を通して見た画面──って言えばいいのか?とにかく周囲に何体もの大型の魔物が集まってくるのが見えた。
五階建てのビルくらいの大きさの水晶の竜や水晶のゴリラ、そして、水晶の象──その足下には、三メートルサイズの水晶の猿っぽい魔物がいる。
えらい団体様やんけ。え、コレ、ヤバくない??一体一体がボス級なのでは!?
《フン⋯⋯さぁて、久しぶりにヤるか!》
カガリス様はそう言うと、宙に浮いた。一番の巨体である水晶竜と同じぐらいの高さまで上昇する。
ヒッ!魔物と目があった!!水晶なのに、目がギョロッとしてるんですケド!?
次の瞬間、パァン、パァンと、次々に水晶の魔物たちが砕けた。目ギョロの水晶竜も、顔面から砕ける。
ええ~ッ!?
カガリス様は動いてないし、魔法を使った感じでもないんだけど!?
《動くまでもねえ。コイツらは内部からの振動に弱いんだ。チョイチョイとヤれば、すぐに砕ける》
チョイチョイって、何!?
⋯⋯でも、チートでスゴいのは解るんだけど、絵面的に面白くない勝ち方だよな。なんつーか⋯⋯戦ってる感じがまったくしない。つまん⋯いや、さすがにそれを言ったらヤバいか。
《つまんねぇだと!?おい、コラ!》
思いっきし伝わってた。
《あのなぁ、この階層の魔物程度じゃ、派手に動き回る必要もねーんだよ》
さいですか。さすがは神。
《だが、ここの階層のボスは少しばかり厄介かもな。本体ならともかく、オメーの体だと神力の出力が弱ぇ》
ふ~ん。そう余裕でもないんだ。まあ、そもそも器であるオレっちが弱々だしな。あれ、でも──
『カガリス様。目的って隠した宝箱なわけだから、わざわざボスに挑む必要はないのでは?』
《あ⋯⋯》
さては忘れてたな。
《うっせー!!》
そう叫んだカガリス様は、次に現れた水晶の馬魔物の背に跳び乗った。
「ふんぬっ!──ハッ!!」
パァン!!巨大な水晶の馬魔物は、カガリス様が乗った背の部分から砕けた。スゲー⋯⋯腹までキレ〜に縦に割れとる!
しかし、あの掛け声は一体?あ、もしかして。
『カガリス様⋯⋯掛け声つきでも、つまんな──じゃなくて、あんま、変わらないですよ?』
《⋯⋯これ以上、どうしろと?》
『そう難しく考えなくても⋯⋯え~と、え~と⋯⋯そうだ!オレっちのこ゚先祖様みたいな戦い方でやってみて下さい!』
《奴らの戦い方ねぇ。あ、そうか。カリスとしての戦闘か⋯!よし、見てな!!》
カガリス様がそう言うと、なんと視線が切り替えられた。カガリス様の姿⋯いや、オレっちの体が見えたのだ。まるで第三者のような視線で。こ、これは!?
《俺の視点だとわかりづらいだろ!?サービスだ!!『眼』が無ぇから見える範囲も狭いが、俺の姿だけなら、よく見えるだろ!?》
サービスというより、俺様の勇姿を見ろと言うことですね!というか、二つの風景が同時に見れるとは。スゴい!
そうしている間にも、水晶でできた巨大な魔物たちは、どんどんと集まってきた。自我の無い単純なプログラムのみの彼らには、神であろうと『襲って倒す者』なのだ。
それでも最低限の知能があるようで、空中に鳥型の水晶魔物が現れると、地上の魔物たちの動きが、ピタッと止まった。
まずは、あの鳥魔物のお手並み拝見⋯⋯といったところなのか。
グーンと、巨大な水晶鳥たちが数羽で降下して、カガリス様を襲う。
それを平然と見上げたカガリス様は、グッと大きく体を捻った。
《カリス・タイフーン!!》
いきなり回転を始めたと思ったら、その姿が目で追えなくなるほど速くなり、足下の砕けた水晶が細かい塵となって風に巻き上げられた。
──風魔法を体に纏っての大技だ!
そのまま弾丸のように降下してきた水晶鳥たちの中に突っ込み、全て弾いて地に落とした。
スゴい!あっ、でも下の魔物たちが──
周囲の風が収まると同時に、様子見していた魔物たちが、一斉に襲ってくる。
《カリス・豪火尾炎!》
空中で浮遊していたカガリス様のリス尻尾が3倍程に膨らみ、ボッと燃えた。そして、魔物たちの攻撃をヒョイヒョイ躱しながら、燃えている尻尾でガンガンと攻撃する。
攻撃されたその箇所から魔物の水晶の体が、まるで砂のように崩壊していく。あの炎って、ただの火じゃないのか。よく見れば、キラキラと光ってるし。
スゴい──これが、本物のチートなんだっ!
だけど、技の名称が──完全に前世の少年誌系のアレなんですケド!?
☆ 補足 ☆
旧ダンジョンの二階層は、緊急避難場所や休息所が他の階と比べて、とても多いです。初心者用の階として設計されています。
それに比べ、神々の遊び場には避難場所や休息所が無いため、古代の加護種たちは多くの転移アイテムや回復系のアイテムを必要としました。
その為、カガリスだけでなく、その他の神々も、彼らの為に多くの宝箱を置いていたのです。




