第百十九話 ドキドキな事前準備
夏パーティ用の映画が完成し、お屋敷の大ホールにて上映された。
いつもの会場とは違う大ホールは、大と名のつくだけあって広い。それに今年は大型の冷房魔導器が設置され、どこもかしこも涼しかった。
しかも今回は、お屋敷内の従業員やその家族だけでなく、外部の商会関係者も招いての大パーティだったのである。
その理由は、法の抜け道を利用した今回の映像記録魔導器の売り込み──つまり、宣伝だ。
映画としては使い捨てだが、映像記録魔導器としての性能は十分。関係者たちの意見を聞いた上で、ネーヴァと取り引きしたいのだろう。
しかし、パールアリアと戦争中のネーヴァとの商談とは⋯⋯小獣人たち、特に商売人たちの無関心度がよくわかる。
まあ、国の上層部、しかも一部だけが警戒している状況では、無理もないけど。
《平和ボケってやつだな。隣国とはいえ、人間の国。戦力差があるだけに余裕ってか》
『ですね。実際そうですが』
人間が勝ってるのって、人口ぐらい?後は、圧勝だもんね。
不安要素は、大規模な魔導兵器ぐらいだけど、ビスケス・モビルケにだって聖遺物はあるし、何らかの対策は持っているのだろう。
そもそも、人間同士の争いだから、こっちの方まで火の粉が飛んでくることは無いと思うし。あちらの最新戦況はというと、先月ぐらいからパールアリアが少しだけ優勢になってるみたい。
おそらく、人海戦術だろう。あちらは、ネーヴァの七倍以上の人口だもんな。⋯⋯その割には弱っちいケド。
あっ、『皆の小獣グルメ』が終わった。
オレっちの出番は二番目だったから、ラストのペルティナさんの方がどうしても印象に残る。演技じゃなくて、料理の方だけど!
カレー⋯⋯カツカレー、食いてえ。チャーハンと餃子は、しばらく見たくもないが。
続けて映し出されたのは、食堂ドキュメンタリー。火に炙られる大きな鍋のシーンからのスタートだ。軽快な魔楽音と共に、料理がドンドンと作られていく。
大人も子供も、お屋敷内にいる人たちは、全員、どこかのシーンには姿が映っていた。大半は、食堂で食べているところだが、オレっちやエイベルのように、カウンター前で並びながら注文するシーンでのアップもあった。
ちなみにうちのかーちゃんは、デザートを前に『どれも美味しそうで迷っちゃうわ〜!』という、セリフ付きだった。いや、セリフというより、素で言ってたような気もするが。
しかし、マホロン⋯⋯ちょっと身内びいきが過ぎないか?
祖父である料理長のユペロンさんは仕方がないにしても、お父さんであるパティシエのダックスフンド犬獣人、トトラさんまで出演シーンが多く、幾つかは監督であるアザネルさんが強制カットしていたようだが。
マホロンは不満そうだったが、誰もおっさん小獣人のアップばかりの画面は観たくなかろう。ホームビデオじゃないんだから。それに、監督に無断で撮影指示を出すのはどうかと思う。(撮影してたのは大人)
パチパチパチ!と、拍手が大きく鳴り響く。
うん、こうして通しで観ると、なかなかの出来栄えだ。特に料理が。
どれもこれも馴染みがあるメニューながら、食欲をそそる!
その後の立食パーティでは、お屋敷の皆も招待客も、一心不乱に大皿に盛られた料理を食べまくった。
オレっちもエイベルも、取り皿片手に、あれもこれもと片っ端から料理を取っていく。
ユペロンさんとトトラさん、食堂のスタッフは、事前に用意していた料理があっという間に消えるのを見て、慌てて調理場へと戻り、新たな料理を追加してくれた。
⋯⋯そーいえば、マホロンはどこにいるんだろ?
食べかけの取り皿を持ちながら目だけで探してみれば、会場にいたマホロンは、汚れた皿を片付けていた。お母さんの白鳥鳥獣人であるジゼルさんも一緒だ。さすがは、料理人の家族。
オレっちたちも、毎年、パーティの終了後には片付けを手伝うのだが、今年は食欲が止まらず、終了予定時間になっても、まだ食べていた。
グルメ映画を観ると、胃袋が大きくなるのかもしれないな。(気のせい)
◇◇◇◇◇
「はー、あと三日か〜⋯⋯」
ライブルのアニキと共に行く、初のダンジョン攻略。前回の見学では、眠気のせいで二階層さえ見れなかったから、未知の領域にドキドキする。
今年の夏休みは数年ぶりの旅行無しだったので、前半は、エイベルやセーラ、アレイムとその弟妹たちと映画を観に行ったり、近場のプールで遊んだりしていた。アニキの店にも、週二でお手伝い。他のメンバーはというと──
メロスは、夏休み前にはポラリス・スタージャーへと帰って行った。きっと今年も、夏の陣を観るのだろう。
リリアンやボビンは家族旅行。ヒンガーも、今年は南の島に行くって言ってたな。レキュー先生なんて、アメジオスの有名なダンサーと共演するらしくて、思いっきし興奮してたし。
ミンフェア先輩はそれを見て『確かに有名なダンサーだけど⋯⋯子供向けのミュージカル映画で大ブレイクした人だから、小獣人のダンサーが呼ばれるってことは──ねえ?』
いや、オレっちに訊かれても。
しかし、そこはプロのレキュー先生。例え内容が子供向けであったとしても、キッチリ仕事をこなすだろう。思ってたんと違う!⋯と、多少のショックを受けるかもしれないが。
さて、オレっちの話に戻るが、ダンジョンに入るとは言っても、チョロっと二階層に降りて、すぐにダンジョン街へと戻るという超初心者コースなのだ。
ライブルのアニキが準備運動ついでに数時間だけ一緒に冒険してくれるのだが、それでも魔物と戦うことには違いないので、緊張する。
まあ、戦うと言っても、オレっちの魔法レベルは低いし、戦闘系のスキルは壁の花⋯じゃなくて、花の壁のみ。
進化したドンチクポンポンでさえ、どちらかというと防御用。それでも、アニキに魔力増幅してあげることもできるし、武器に風魔法を付与することもできる。
魔物のレベルにもよるが、あとは度胸と勢いでなんとかなるだろう。そして、万が一、アニキとはぐれたら、安全な場所──魔物が近づかない岩へと逃げて、アニキを待つ。
⋯ってな感じかな?
《最初から尻尾丸めてるんじゃねえよ!》
『初心者なんて、皆そんなものなんですっ!』
チートな神様には解らないだろうケド!!
《ちっ⋯つまんねぇ冒険だな!》
⋯⋯オレっちだってチート⋯いや、魔法やスキルに自信があったらガンガン進むけど、現状は無理。
弱っちい魔物と戦うだけでも必死だもんね。
なんせ、レベル0からのスタートだし。ただ、自己治癒があるから怪我をしても大丈夫だとは思うけど──即死でなければ。
《ま、オメーがダンジョン内部にさえ入れば──クックック》
『何です?』
なんつー、イヤな笑い方。
《いや、何でもねえよ。それより寝坊するなよ。ん?あ、そうか。起きなかったら俺がオメーの代わりに──》
『そこはご心配なく!絶対に根性で起きますから!!』
また寝てる間に終わるという黒歴史を繰り返してたまるかっ!!
◇◇◇◇◇
三日後、ダンジョン前の魔牛車停留所で降りたオレっちは、ライブルのアニキを捜した。
あ、いたっ!
アニキは、ダンジョン入り口へと続く階段前にいた。すでに、冒険用の装備一式を身に着けている。
なるほど。前に話していた通り、針毛の無い胸とお腹、脚部分を魔素金属製の鎧と分厚い革で覆っている。カッコいい!
「おはようございます、アニキ!」
「おう、タロス!そうだ。おめぇ、レンタル装備はやめとけ。ワイのお古やが、これを使え!レンタルは高いし、何となく臭いカンな!」
ライブルのアニキがそう言って、自分の魔法鞄の中から、小サイズの装備品を取り出した。
オレっちも、今日はいつものベストではなく、萌黄色の上下の服をキッチリ着ている。そのせいで冷却魔法具をつけていても少し暑いが、仕方ない。
「これで、よし!」
服の上に、胸と腹を覆うだけの簡素な鎧を装着。そして、篭手と膝当てを着ける。アニキのお古だけあって、小さなキズがたくさんあった。
「ところで──レンタル品が臭いって、洗ってないってことですか?」
「いんや。大型の洗浄魔導器でフツーに洗っとるらしい。しかしな、なんせ貸し出す回数がハンパじゃねーから、鼻の利くワイたちには微かに臭うンだ」
アニキに渡された装備品をクンクンと嗅いでみる。別に臭くはない。
「あー、それは臭わん。結構使い込んだが、ワイの師匠──オヤジの元パーティーメンバーの浄化スキル持ちが浄化してくれたかンな。去年、ワイが学校に戻って別れてからは、他のパーティーに入っちまったが」
へー⋯。アレ?浄化スキルって──
「その人、浄化スキル持ちなのに、神官様にならなかったんですね?」
浄化スキル持ちは、物質的な汚れだけでなく、レベルが高くなると呪いなども浄化できるので、神殿に入れば高位神官になれる可能性が高い。それなのに、わざわざ危険なダンジョンの冒険者の方を選ぶとは。
「そン人は、浄化レベルが上がっても神殿には行かんと言うとった。神殿内部は、かなりヤベーらしい。下はともかく、上は利権の亡者ばかりだっつー噂だかンな」
「あ~⋯⋯前の筆頭神官様も罷免されましたしね〜」
もちろん本人にも問題はあったのだろうが、高位神官同士の権力争いの結果でもあったのだろう。
「ンなことより、行くぞ、タロス!」
「あ、ハイっ!」
オレっちは、急いでアニキの後を追い、ダンジョン入り口への階段を駈け上った。
《ダンジョン♪ダンジョン〜♫》
⋯⋯何だろう、カガリス様のこの機嫌の良さは。なんだかイヤな予感がするんですケド!




