閑話 古き神々と喪われた加護種
空気が風呂の湯気並に暑い、夏のある日の午後、オレっちは、エイベルと共に『国立小獣歴史博物館』に来ていた。
お屋敷の夏イベントの最後のプレゼント抽せん会で、博物館のペアチケットが当たったからだ。
かーちゃんは興味がなさそうだし、あとはエイベルくらいだが、エイベルも興味なさそうだな〜とか思っていたら、意外と喜んでくれた。
エイベルのジイジ──執事さんは、その昔、よく博物館に足を運んでいたらしい。今の仕事に就いてからは忙しくて足が遠のいてしまったそうだが。
「一人じゃ〜入り難くて〜」
だな。大人ならともかく、子供一人でのボッチ入場はキツイ。
そんなわけで、やって来たのだが⋯⋯。
ここは、古き神々と加護種の成り立ちとその後の歴史、そして統一国からの独立以後の近代史の記録までが、書であったり絵であったりと、様々な形で展示されている。
手前のフロアには、教科書──魔法絵巻通りの歴史がフルカラーの立体映像として展示されており、館内を進めば進むほどマニアックな展示になっていった。
オレっちは、古き神々の肖像画(想像図)コーナーの中で、端っこに近い場所に飾られているカガリス神の肖像画の前に立つ。
キリリっとした表情の白銀のリスが、植物(蔦?)で編まれた椅子に座っている構図だ。頭から脚、尻尾穴から突き出た尾まで、全身花まみれ。他の古き神々の肖像画よりも色彩が多く、めっちゃ派手。はっきり言って、浮いてる。
「タロス〜、これが〜ヴァチュラー神様だよ〜」
エイベルの加護種名はチュラー。こちらもカリスと同じく、ひねり無しの手抜きネーミングだ。
肖像画(くどいようだが想像図)は、エイベルが青年になった時のような控えめで穏やかな蝙蝠顔で、光沢のある漆黒の体毛に薄紫色の短いマントを羽織り、その両手には、樫の木で作られたような重厚なバットが握られていた。
⋯⋯コレでぶん殴られたら、間違いなく死ぬな。いや、そもそもなんでバット持ってんの?確かにこの世界にも野球はあるケドさ。(魔法球技の一つ)
「このお隣の〜キノコまみれの絵は〜エリンたちの神様の〜ネズエリン様なんだって〜。背中がキノコだらけで〜面白いね〜」
ヴァチュラー神の左側に飾られている額の中には、耳デカな水色のネズミが、横向きに描かれていた。
その背には大きめのピンクと白いキノコ⋯エリンギ?が交互に背骨に沿って生えており、尻尾の付け根に近づくと、最終的にはしめじサイズになっていた。そして、その手には白いグローブと黒い玉が──まさか!?
オレっちは、ヴァチュラー神の右側の額の中を見た。
コアラ似のピンク体毛の神が、青いミットを構えている。
まさかの三部作!!
◇◇◇◇◇
「はー、結構、数があるな〜」
小獣人の数だけ神がいるのだから当たり前なのだが、同じ系統の神々も多い。この国で一番多いのは、犬似と猫似の獣人だ。つまり、その姿をした神々も多かったということなんだろう。
一説には、古き神々は自分の好む姿になっているだけだとの話もある。だとしたら、どんだけ犬猫ルックが人気あんねん!それとも、当時の流行り?
それはともかく、オレっち的に気になるコーナーが、この奥にある。
「喪われた神々⋯タロスも〜やっぱり気になるんだ〜」
「いずれ、カガリス様もここに祀られ⋯じゃなくて、展示されるだろうからな」
特定の加護種の減少は、元の世界に帰った神々の事情にあるらしい。これは複数の半神様がその親神様たちから聞いた話らしく、今では減少の主な理由として周知されている。
また、それとは別に、古き神々の争いが始まった直後に完全に消滅してしまった加護種が二つあった。
一つは、猿王神とその眷属の加護種。もう一つは、蛇王神とその眷属の加護種だ。
つまり、猿系と蛇系の加護種が絶滅したってわけ。道理で、その姿を屋敷内や街で見かけることがないわけだ。もう、加護が与えられないのだから。
猿王神も蛇王神も高位の神だったが、大神たちのどちらの派閥にも属さず、争いに巻き込まれるのを嫌って眷属神たちを連れ、早々にこの世界を去ってしまったのだとか。彼らは人の世界で例えるなら、中立国の王のようなものだったのだろう。
でも、ちょっと残念。どちらの加護種も見てみたかった。特に蛇系。怖いもの見たさで。
一応、想像図の絵姿は飾られていたが、コレってどう見ても野生の猿魔獣と蛇魔獣を参考にした姿なんだよな。どっちも野性味があり過ぎて、ほぼ妖怪図。もうちょいディフォルメしろや。
そして、現在の加護種の減少、絶滅の原因は、神々の事情というか生態というか⋯⋯なんでも、神々には物質的な時間という概念は持たないのだが、感情の鈍化や記憶が情感のないただの記録となった時点で、人の言うところの『老い』となるらしい。
でもって、老いを自覚すると、深い眠りに入り、一度リセットするのだとか。
この辺り、説明が大雑把で解説しきれてないのだけど、要するに、休眠してしまうと大昔の加護の契約が無効になって、休眠寸前だとそれ以後の加護は、まだまだ若い神々の契約の方が優先されてしまうらしい。
ってなことで、カガリス様も年老いて休眠寸前だから、眷属であるオレっちたちカリスも激減してるんだよな。
寝落ち寸前の加護か。できれば花火大会ラストの大玉花火級であって欲しいものだが⋯⋯線香花火の最後の燃えつき玉だったら、どうしよう⋯⋯。
不安な気持ちを抱えながら、喪われた神々の間を出ていく。
そして、最奥の『古き神々と加護種』の間。
最も共存共栄した黄金期が部屋全体に描かれた場所で、エイベルと二人、口をあんぐりと開けて、目を見張った。
大神らしき二柱の神々を中心に、大小の人型、獣型、そのどちらにも見える神々と加護種──半獣人?妖精?(こんな加護種いたっけ??)そして人魚型が、びっしりと細部にまで拘って描かれた壁画は、圧巻だった。
この壁画の大神の姿は人型の男女として描かれているが、兄妹であったり姉弟であったり兄弟だったり姉妹だったりもする。その姿も下半身が大蛇だったり背に翼があったりと、説が多すぎて、その結果、どれでもいいや扱いにされている。
それでOKなのは、半神の血族である賢者様たちが『加護種たちの信仰のままに』っておっしゃったからだ。
規制のない自由だからこそ、文化は発展する。とはいえ、賢者様たちはそこまで考えていたわけではなく、単に大神に関しての情報制限があったからだろう。
要するに、大神関係の特定情報は禁忌なのだ。だから、好きなように想像させてるだけ⋯⋯って、オレっちは考えてるんだけど。勘ぐり過ぎかな?
でも、そもそも大神の加護種がいないって点で、なんかあるよな〜って感じなんだけど。
「タロス〜!そろそろ神様グッズを〜見に行こうよ〜!」
「おう!」
エイベルの誘いにオレっちは頷きながら、古き神々と加護種の間を後にした。
初回入場記念に、チケットの半券と共に想い出の品を買っておかねば!
「⋯⋯」
縫いぐるみ無し、フィギィア無し、その他のメジャー系グッズ無し。残るは、缶バッチ的な小型肖像画バッチだけ。
「⋯⋯あった!!」
底の底、端の端、ど隅に、色褪せたカガリス神のバッチが!!
ちょっと留め具部分が錆びてるし埃もかぶってるけど、無いよりまし。多分、最後の一個⋯だろうな〜⋯。
「⋯⋯かなり劣化してるから、タダでいいよ」
紫毛と白毛のシマウマ顔の店員のお爺さんが、可哀想なものを見る目で、オレっちを見た。
最後の最後で超少数派の悲しみはあったが、有意義な博物館見学だった。また、来よう。今度はメジャー種の神様たちもじっくり観てやらないとな!!(なぜか上から目線)
☆ 補足 ☆
ネズエリン神の加護種であるエリンの背に生えているキノコは、神キノコと呼ばれており、食せば一年以上物を食べる必要がなく、魔力アップ効果が得られる。カリスと同じく、薬効を持つ加護種。
古き神々の争い時には予備食料としてその背のキノコを粉末にし、提供。文字通り身を粉にして貢献した。
彼らのキノコはカリスと違って他の加護種でも採取できるが、その場合、神キノコは猛毒キノコとなり、採取した者を死に至らしめる。そのためか、彼らのスキルには必ず毒スキルがあり、結構、強い。