第百十二話 完コピではないモノ
「これがライブルのアニキの──店!」
小獣学校から一時間──魔牛車で辿り着いた場所は、住宅地にも商業地にも近い地域だった。
停留所から歩いて三分ほどだったので、簡易的な地図でもすぐにアニキの家はわかったが⋯⋯思っていたよりも、大きな店構えなんですケド。
アニキ、小さな飲食店って言ってたよね?
オレっち、エイベル、メロス、ボビン⋯横並びでしばらくお店を眺めた後、扉を開けて、そのままの順番で入店する。
店内は、10のテーブル席と8人は座れるカウンター席があった。
「いらっしゃいませ~⋯ゴホッ!」
厚着したハリネズミ獣人のお婆さんが、咳き込みながら現れた。オレっちたちと変わらぬ背丈の、ちんまりとした人だった。
「バっちゃんは風邪気味なんだから、休んでろ!おう、よく来たなおめぇら!」
奥からライブルのアニキが出てきた。
「バっちゃん、コイツらはワイのクラスメートだ。おめぇら、こっち来い!」
「お、お邪魔しますっ!」
「失礼します〜」
「邪魔するぜ」
「お邪魔⋯し、しますー!」
アニキの後ろを、ゾロゾロと四人でついていく。まだ昼食には早い時間帯だからか、客は誰もいなかった。
「こにちは!」
二階に上がると、水玉の半纏を着たハリネズミ獣人の子供がいた。
「ワイの弟のレンブルだ。今年で6歳になる」
6歳⋯⋯そうか。この子が生まれてすぐに、お父さんは亡くなったんだな。
オレっちも父親はいないも同然だったけど、生きてるのと死んでるのとでは精神的なダメージが違う。それでもこの子には、ライブルのアニキとお母さん、お祖母さんがいる。そこは、救いか。
「レンブル⋯⋯これからワイらは、教科書という名の魔物と戦うんや。だから遊んでやれん。スマンの」
「マモノ⋯⋯うん、わかっちた!」
なんと聞き分けの良い子よ。さすがはアニキの弟!
◇◇◇◇◇
「なるほど⋯⋯この距離にかかる時間は、時速で計算すると、こうなんのか」
「え~と、最初に借りたお金の利息がこんだけで、率が変わると⋯⋯えっ、こんなに違うの!?」
アニキとボビンは、メロスに数学を教えてもらっている。
オレっちとエイベルは、各科目のテストに出てきそうな問題を予想して、ノートにまとめる作業をしていた。
「モブラン先生は、多分、この作家の本の内容を書かせると思うんだ」
「そうだね~。最近のお気に入りだって〜言ってたし〜読んでね〜って感じだったし〜」
「⋯⋯そろそろ、ハラが減ってきたな⋯⋯下に行くか。ご馳走⋯とはいかねーが、何でも好きなモンを頼みな!」
そして、アニキを先頭に、またゾロゾロと階下へと向かう。
土曜日のランチタイムだというのに、店内には、テーブル席に三組の客、カウンター席に一人だけの客しかいなかった。
「ここに座ってくれ」
一番手前のテーブル席に、案内される。メニューを見ると、古ぼけた転写真の料理があった。
焼きそば、お好み焼き、パスタにオムライス、ハンバーグにうどん──おにぎりもあるな。
「こんにちはー」
カウンターから出てきたのは、青いハリネズミ獣人の若い女性だった。
「ワイのオフクロ。店主兼シェフ」
「ライブルと仲良くしてくれて、ありがとねぇ。何でも好きなものを言ってくれていいのよー」
なんか⋯⋯オフクロっていうイメージじゃない人なんだけど?若過ぎて、お姉さん的な感じしかしない。可愛いし。
「あっ、いいえ。こちらこそ仲良くしてもらって⋯⋯え~と、すごくお若いんですね。びっくりしました⋯⋯」
「オフクロは、40歳ン時にオヤジと結婚したんだ。そんでワイを産んだンが52歳だったから⋯⋯今、71歳だな」
「先月が誕生日だったから、72歳よー」
若っ!この国の適齢期は、80歳前後だからなぁ。
寿命も長いし、若い時間も長いから結婚は急がないのだ。それでもオフクロさんのように子供が産める年齢になった途端に結婚する人も、少数派だがいる。
「で、おめぇら、何を食う?」
ハッとして、メニューを再度見る。
「僕は〜天ぷらうどんを〜お願いします〜」
「オレは焼きそばで」
「お、俺は⋯⋯山菜パスタをお願いします!」
早ぇよ、君たち!お、オレっちは──
「お、お好み焼き──ブタ玉を!」
「おう。じゃあワイも手伝うから、ちょっと待ってな!」
「へい、お待ち!」
ライブルのアニキは手慣れた様子で、出来た順に、皿をテーブルに置いていった。
焼きそば、パスタ、うどん──そして、オレっちのお好み焼き──
出来立ての熱々を一口食べると、美味しかった。ちゃんとフワッとした食感もある。エイベルたちもそれぞれ美味いと言っていたから、オフクロさんは、料理上手だと思うんだけど⋯⋯
「アニキ。アニキは普通だと言ってたけど、美味いですよ?」
「他の飲食店並に、だろ?」
⋯⋯そう言われると、そうなんだけど。
「ジっちゃんは、それより上だったのさ。火加減とか味加減とか⋯⋯そういう細けぇとこで差があんのかもしれねぇが、常連客は『コレじゃない!』って、離れちまったンだ」
⋯⋯。なるほど。この程度の味の飲食店なら、星の数ほどあると。
「僕好みの〜味〜なんだけどな〜?」
唐辛子だらけのうどんを食べているエイベルに言われてもなぁ。
ジッと、目の前のお好み焼きを見つめる。かつお節が踊ってるな〜⋯⋯ではなく、ふと、その前にあるメロスの焼きそばに目がいった。
焼きそば⋯⋯お好み焼き⋯⋯ん?あれっ?そ~いえば⋯⋯今までこの世界で、アレを見たことがない。まてよ。アレも見たことがない──もしや!?
「なぁ。お好み焼きと焼きそばを合体させた食べ物とか、汁につけるたこ焼きとか⋯⋯あったっけ?」
「なんだ、それ?」
山菜パスタを食べていたボビンが、首を傾げた。
オレっちはそれに答えず、ボビンの皿の上のパスタを凝視した。パスタ→スパゲッティ→ナポリタン?
「でもって、ケチャップとウスターソースで作ったパスタもあったっけ?」
「タロス⋯⋯お前、どうしたんだ!?」
真剣な顔をしたメロスにそう言われると、やっぱり、その系統の料理は無いのだと確信する。
「いや、なんかこう⋯⋯新しいモノが出来そうで⋯⋯」
「タロス。おめぇ、それは新しい料理を作ろうってことか?」
ライブルのアニキが、つぶらな瞳でオレっちを見つめた。
「定番以外の食べ物を求める客もいると思うんです!」
昔の常連客が離れたのなら、新しい常連客を作ればいい。オレっちは、そう思った。
「面白そうだな⋯⋯よし、やってみるか!」
「オレも手伝います!」
「僕も〜!」
「⋯⋯仕方ねぇな」
「洗い物とかなら、手伝えるよー!」
勉強会は料理会となり、夜までアレコレと前世の料理を再現してみた。
オレっちは前世も母子家庭だったから、自分でイロイロ作ってたんだよね〜。お店だと高いからスマホで基礎料理を学んで、最後には結構な料理数を作れるようになって──後の記憶が無いから、そこまでだけど。
「料理って大変だけど、自分で作るともっと美味しいものなんだ⋯⋯」
ボビンのバンビ顔がほころぶ。それまで自分で料理をしたことがなかったんだろう。同じく、料理をしたことのないツンデレ猫も、楽しげに最後の洗い物をしていた。
「皿洗いって、楽しいもんだな!」
泡だらけのジャブジャブ洗浄が気に入ったらしい。
「僕は〜皿を拭くのが〜楽しい〜!」
エイベルは、メロスが水洗いした皿をキュキュっと布で拭いながら笑った。
作ってみて高評価だった料理は、5品。
お好み焼きと焼きそばの合体である、広島⋯もとい、合体焼き。
たこ焼きとだし汁の組み合わせである、明石⋯汁つけ焼き。
ベーコンとタマネギ入りのナポリタンと、明太子スパゲッティ。
そして、天津飯(醤油味)だ。
最後の天津飯は、前世でのオレっちの好物だった。
何とかしてお店の味に近づけようと頑張って、それに近い味にはなった。そこまでしたのに、今の今までその存在を忘れてたのが不思議なぐらいだ。
不思議といえば、部分的に思い出すことが鮮明になってる気がする。カガリス様効果なのか?
そのカガリス様は、今日もなぜか沈黙していた。まあ、うるさくなくていいけどね。
「それで、アニキ。この際だから、メニュー表の転写真も新しい物がいいと思うんです!」
新しいメニューの分も追加しないといけないし、ついでにあの古ぼけた転写真も刷新した方がいいだろう。
「⋯⋯オレの専門学科に自作の転写真器を持ってる人がいるから、頼んでやるよ。食いしん坊だから、報酬は新メニューでいいんじゃねえか?」
「そ、そうか!ありがてぇ!」
メロスがそう言うと、アニキがぱっと明るくなった。
しまった!転写スキル持ちへの依頼となると、金が必要だった。オレっち、考えなしに言っちゃった。
メロス、ありがとう!!⋯って、メロスの専門学科は確か魔導器具──あれ?ライブルのアニキもそうじゃなかった?
「今さらなんですけど⋯⋯アニキとメロスは、同じ魔導器具学科じゃなかったですか?」
「確かに魔導器具学科なんだが、魔導器と魔法具じゃ、教室が違うんだ」
メロスがそう言うと、アニキが頷いた。
「ワイも、魔導器専門の教室には行ったことがねえ」
あ~それで、先輩、後輩感が皆無なんだ〜。納得。
それにしても⋯⋯食いしん坊の自作転写真器持ち──どんな人なんだろう?
☆ カガリス視点 ☆
タロスの奴──よく気づいたじゃねーか。
俺たちがパク⋯いや、参考にしたモノは、基本的なメジャー品だけで完コピとは言えなかったからな。
この世界の元々の文明と異世界の文明──放っといても融合させて新しいものを生み出すのが人間だ。
今回は、たまたまとり残されたモノがあったに過ぎねーが⋯⋯俺がとり憑いたせいで、過去の記憶がより鮮明になってるみてーだな。
まあ、料理程度なら影響は少ねぇし、いいだろう。
俺も、たまには酒じゃなくてこっちを食ってみるか。しかし、そうなるとタロスの肉が倍増しちまうな。⋯⋯ま、運動させればいいか!




