第百十一話 アニキの正念場
もう少しで春ですよ~、っていう時期に、年始めの基礎テストがある。第4レベルクラスに上がってからの初めてのテストだ。
基本は第3と同じような感じなので、テスト前から積極的に授業で質問しまくった。
「アニキ。アニキも少しは質問しないと!」
ライブルのアニキは、オレっちとは逆に授業中は大人しい。アランのように寝ているワケではないが、手を挙げて質問するワケでもない。
「⋯⋯ワイは、勉強は好かん。一応、授業は聴いとるけど、右から左で記憶に残らん」
アニキは、ヤマアラシ顔を顰めた。
「それは──でも、第4まで進級できたんだし!」
「あん時ゃ必死で勉強したが⋯⋯五年も経つと、な〜んも憶えてねーぞ?一からやり直し状態だから、今回のテストで第3に戻されるかもしれねぇ」
「そんな──!アニキ、頑張りましょう!オレが力になります!!」
「おめぇの気持ちは嬉しいが⋯⋯こればっかはなあ」
「やってみなきゃわからないですよ!とりあえず、アニキの得意な科目と苦手の科目は!?」
「ハッキリゆうて全部、苦手。でもな、タロス。ワイは、冒険者に戻ろうと思っとるンだ。オフクロには悪りぃが、今、必要なんは、学歴よりも金だから」
そう言われると、止める術がない。実際、冒険者であるアニキの稼ぎが無いと生活は苦しいだろう。
今世の母子家庭⋯つーか、社会的弱者の場合、国からの補助は、税金の免除と住居の提供のみになる。その他は、神殿からの食料や生活物資などの配給支援だ。あと、魔法による治療も無料で受けられる。
そういった最低限の衣食住は保証されるが、基本的に、現金は渡してもらえない。
遊興費や嗜好品などは、自分の稼き゚でなんとかしてね!⋯ってこと。要するに、積極的に働こうねっと、遠回しに言われているようなものだ。
オレっちも母子家庭だけど、かーちゃんはすぐに稼ぎのいい職に就いたから、補助申請はしなかった。
それに、国の補助制度はともかく、神殿での配給支援は後が大変みたいだからな。
受けた恩は、恩で返さなければならない──ということで、ボランティア(強制)を、年に何回か要請されるのだ。
清掃作業であったり保護施設のイベントの手伝いであったり──奉仕活動が多岐にわたるからマジで大変らしい。
ごく稀に無視する輩もいるそうだが、その場合、配給がすぐに停止されてしまう。神殿が行っているのはあくまでも善意の支援であって、法による義務ではないからだ。
「やっぱり、神殿の奉仕活動はキツいですか⋯⋯」
オレっちがそう呟くと、アニキはつぶらな濃紺の瞳を瞬かせた。
「いや、ワイんとこは補助申請しとらんぞ?金が必要なんは、ウチの店が上手くいってないからで⋯⋯そのマイナス収支をオヤジが冒険者の稼ぎで補填してたぐらいだかンな」
「キュ!?お、お店って、なんのお店ですか!?」
思ってた事情とは違って、別の意味で大変だった。赤字を補填してまでお店を維持していたとは!ステータス画面さん、思いっきり詳細を省いたな!!
「ワイの家は、小さな飲食店でな。オフクロの実家でもあるんで、オヤジは婿養子だった訳だ。けど、ワイが生まれる前に、腕のいい料理人だったジっちゃんが死んで、経営が苦しゅうなってな⋯⋯バっちゃんは野菜を切るのは上手いけンど、それだけだし、オフクロは下手ではねぇけど、上手くもねぇし」
⋯⋯つまり、普通なんだな。それじゃあ、お店は繁盛しないか。
でもさ、アニキ。その店をなんとかしないと、アニキがダンジョンでどんなに稼いでも意味が無いのでは?
「アニキ!今回のテストは、オレと一緒に勉強しましょう!なんなら、アニキの家でもいいですよ!」
とりあえず、ライブルのアニキの家(店)を見てみたい。それに、確かにアニキは勉強嫌いだが、スキルの一つに〝集中力〟がある。つまり、やればできる子なのだ!
「それでダメなら仕方ないですケド」
「タロス。おめぇ、なんでそこまで⋯⋯」
そう言われると、答えに詰まるが⋯⋯ここは定番のセリフを言っておこう。
「オレ、ひとりっ子なんで兄弟がいなくて⋯⋯兄がいたら、ライブルのアニキみたいなのかなって、想像しちゃって!」
「⋯⋯」
「兄弟って──お前とエイベルなんか、そんな感じじゃないのか?」
それまで黙って聞いているだけだったメロスが、そんなことを言った。
実はオレっちとアニキの周りには、エイベルとメロス、それにボビンもいたのだ。彼らが空気だったのは、オレっちが一人、熱くなっていたからで──と、それはともかく!
違うぜ、メロス。エイベルは、我が癒しの友──そう、親友なのだ。というか──エイベルは、年齢はオレっちよりも上だけど雰囲気的に『お兄ちゃん』じゃないんだよな。メロスもそうだけど。
女の子組だって歳は上だけど、『お姉さん』だなんて、一度も思ったことないし。
「エイベルもメロスも友だちだから、そんな感じゃないなぁ」
「ふ~ん。友だちねぇ⋯⋯」
メロスの二尾がうねった。ツンデレ猫め。
──そうだ!このツンデレ猫も勉強会に──数学に強いしな!そう思って誘おうとした瞬間、ボビンが悲痛な声を上げた。
「タロス〜!俺にも勉強教えてくれよ〜!第4はやっぱ難しくて、自信がないんだよ──!」
「僕も〜⋯⋯」
エイベルが、ボビンに同調する。
「じゃあ、皆で勉強会をしよう!アニキ、どうです!?」
「そこまで言うんなら、ワイも頑張ってみるか⋯⋯よし、明日は土曜日だし──おめぇら、ワイん家に泊まりにくるか?」
「行きます!」
「⋯⋯仕方ないな」
「お願いします!!」
「お、お邪魔します〜!」
テストまでには十日間もある。逆に言えば、十日しかない。第3までの内容を忘れているアニキがどこまでやれるのかは不透明だが、お店のことも含めて、オレっちにできることを全力でやってみよう!
ん⋯?そういえばカガリス様、今日は何もツッコんでこないな。圧は感じるから、起きてるハズなのに?
☆ カガリス視点 ☆
お人好しめ。だが、タロスの修学レベルが上がるのは良いことだ。第5とやらも近いかもしれん。
しかし、このライブルとかいうガキ⋯⋯ヤマスとはえらく性格が違うな。奴はヴァチュラーよりもさらにノホホンとした感じなんだが。
それにしても、金、金と⋯⋯下位生物は面倒くせぇな。シンプルに物々交換だった昔の方が、わかりやすくてよかった。ま、俺らの時代は魔素が有り余ってたから、神力で何でも造り出せたしな。根本が違うから、それは無理か。
『う~ん⋯⋯コッチの青ベストか、アッチの萌黄ベストか⋯⋯迷うなぁ。あ、毛の手入れも念入りにしておかないと!』
あーあ、タロスの奴、嬉しそうに泊まりの用意なんかして⋯⋯他人の家ってのは、そんなに面白いもんなのかねぇ?




