第百九話 とり憑かれたままの年末年始
ダンス学科の最終ミュージカル公演が終わった。
最後は舞台の上で「ビスケス・モビルケ、バンザーイ!」「古き神々、バンザーイ!」っと、出演者全員で叫んで幕を下ろした。
《⋯⋯戦って建国した訳でもないのに、大げさな⋯⋯》
カガリス様が、痛いところを突いてくる。でもなぁ。
『既得権益の竜人たちとの争いはありましたよ。ビスケスの暗殺未遂もあったし。歴史書には書かれていない部分でイロイロあったとは思いますけどね〜』
《見えない部分の方が、実際の史実なんだろうがな》
『ですね。あと、土地が個人の財産じゃなくて国からの借地だったので、移住がしやすい環境だったことが大きかったんだと思います』
これが個人の所有地だったら、それこそ長く争っていただろう。
小獣国として独立した後、元竜人──現人間は、数百年をかけて人間の国へと移住していった。理由は様々だが、一番は魔力と寿命だったと言われている。
二世代目になると魔力は低下し、寿命は半減したからだ。特に寿命は、三世代目で今の人間の平均寿命──百五十歳前後にまで縮んだらしい。
獣人たちの半分程度しか生きられない彼らは、老化も早く、それまでの社会的なシステムでは生きづらくなったのだろう。徐々に小獣国から去っていった。
それを思うと、ビスケスやモビルケの活躍が無くとも、小獣人による独立は、自然にできたかもしれない。でも、この地が人間の国になっていた可能性もあった。
竜の神々の加護を喪った彼らだったが、繁殖力だけは竜人より──いや、全ての加護種よりも高かったからだ。実際、現在の人間の数は多い。正確な人口はわからないが、おそらく、このウルドラム大陸で一番多いハズだ。
加護種は、寿命が長い割には子供が産まれにくい。二人か三人か──平均してそのぐらいだ。
だけど人間は、五、六人でも珍しくないという。皮肉なことに、神の加護がない方が子供を授かりやすいのだ。
《そりゃ、俺たちの管理から外れたからな》
キュ!?い、今、カガリス様、なんて言った!?管理から外れた!?
《人間なんて知的生命体なんて言っても、基本は本能で動いてる生物だからな。爆発的に増えられたら困るから、俺たちがそう造りかえたんだよ。前世持ちのオメーなら、その辺りは理解できるだろ?》
『それは⋯⋯ハイ。人間が増えすぎると、ろくなことになりません⋯⋯』
人口が増えて経済活動が活発になるほど、自然は破壊され、大地と海は汚染されていく。数多の動植物の屍の上に立つ人間は、地球にとっては害虫、あるいはガン細胞そのものだ。
前世のオレっちだって、加害者の一人だ。便利な生活を持続する為に、自然を護ろうとはしなかった。
《それが解ってたから、造りかえた。とはいえ、多胎児なんかは例外だけどな》
あ~、チュネミ三兄弟とかね。
《加護を喪えば管理から外され、元の人間の生態に戻る──そういうことだ》
カガリス様のぶっちゃけ話に衝撃を受けながらも、ふと思った。
人間の人口がますます増えて魔導器文明が発達した時──彼らは、宗主国である竜人国はともかく、古き神々の加護種の国に攻め込むかもしれない。そうなると、真っ先にターゲットになるのは、ビスケス・モビルケだ。
どの世界でも近くて弱い国が、一番にヤラれるからな。しかも、平和ボケして防衛力が脆弱──戦争なんてまったく想定していないもんね、この国。
要するに、人間をナメてるってことだが。
体力も魔力も──魔法もスキルも、小獣人の方が遥かに強い。普通に考えたら勝てるからな。
《普通ならな。だが、大量破壊兵器があるなら別だ》
『⋯⋯』
《かつて存在したアレらは、俺たちが全て廃棄した。跡形も無くな。伝承にも残っていない筈だ。当時の人間の記憶からも消去しておいたからな》
『念には念を、ですか?』
《そうだ。少しでも痕跡が残ると、好奇心の強い人間はそれを識ろうとする》
良くも悪くも、科学の発展=兵器の開発になってしまう。だからこそ統一国時代、それを危惧した竜の神々もまた、進みもせず退きもしない文明水準を保たせたのだろう。
でも、人間たちはそれを無効にするかもしれない。
《不安か?だがよ、アレらは大量の魔素エネルギーを必要とするから、そう簡単には作れねぇだろうよ。安心しろ》
それもそうかも。人間の国の財力じゃ、そんな余力もないだろうしな。
◇◇◇◇◇
ズルルっと音を立てて、蕎麦を啜る。毎年恒例のその年の最後の食事だ。
今年はある意味、大変な年だった。
アレイムのこと、進級のこと──何よりもポラリス・スタージャーへの旅行⋯⋯からの、カガリス様。
最後のドタバタは、年末イベント三日目の服飾学科の売り子をしたことだった。
朝9時から夕方の4時までの契約で、日給一万ベルビーは魅力的だったが、途中からなぜか売り子ではなくハサミを持たされ、布をジャキジャキ切っていく針子になっていた。
話が違うやんけ!⋯と、叫びたかったが、殺気立ってるリリアンが怖くて、ひたすら布を裁断しまくった。
オレっちは不器用だが、よく切れるハサミのおかげで、思ったよりもキレイにスパッと裁てた。
そして、オレっちが裁った布をエイベルとアレイムが縫製魔導器で縫って、リリアンが最終仕上げしていく──そのエンドレス作業から解放されたのは、その日のイベントの終了時間である午後5時過ぎだった。
しかも残業代は、オレっちが裁断した布のハギレ──ハギレ!?
「この布、結構高いのよ。これだけあれば、きっと何か作れるわ!」
「何かって、ナニがだよっ!?」
オレっちはキレた。
「この布切れ〜僕が〜もらってもいい〜?」
険悪な雰囲気のなか、そう言ってエイベルがハギレを回収し始める。
「もうすぐ〜タロスの誕生日だから〜これで〜何か作るよ〜!」
「そ、そうなんだ!じゃあ、僕も何か作ろうかな⋯⋯」
「⋯⋯」
我が癒しの友とアレイムのフォローによって怒りがおさまり、少し冷静になってみると、目の前のリリアンは様子がおかしかった。
目が虚ろで、口が半開きになっている。
──そうか!きっと、商品の作りすぎ──過労で思考力が低下してるんだ。オレっちも、慣れない布の裁断でイライラしてたし。
「──昨日はゴメンね。残業代は、追加で払うわ」
「いや、それはいいよ。エイベルとアレイムが何か作ってくれるみたいだし!」
次の日──案の定、リリアンは謝ってきた。どうやら一晩熟睡した結果、正気にかえったようだ。
なんだかんだで、最後は無事に最終イベントである魔閃光花を見ることもできたし、一年の締めくくりで、こうして蕎麦を食べることもできた。
カガリス様のことは不安だけど、どうすることもできないので、今年はとり憑かれたままの年末年始となる。
さて、来年はどうなることやら⋯⋯グゥ。
《⋯⋯よし、寝たな。さ〜て、俺は俺なりの年明けを祝うか。今夜は──そうだな。農業学科とやらのワイナリーで、飲み明かすとするか!ククク⋯》




