第百七話 建国史と神コスプレ
年末が近くなると、お屋敷の冬パーティと獣学校の年末イベントという、ダブル試練を乗り越えなければならない。
今日、レキュー先生から告げられた今年のダンス学科の年末イベントは『小獣革命〜始まりのビスケス』というタイトル名のミュージカルだった。
また、ミュージカル。なぜ、ミュージカル?フツーのダンスだとダメなの??
それはともかく、今回の内容はというと、海の呪いから五十年後──それまで竜体化や獣人以上の長命種であることで、ウルドラム大陸の東側の地で幅を利かせていた元竜人から人口の多くを占める小獣人が主権を取り戻し、小獣国として独立するという、史実のストーリーだった。
統一国時代、法律上は皆平等ではあったものの、やはり政や多くの利権を得るのは竜人だった。特に地方は、それが顕著だったらしい。
中央じゃ各賢者家が率先して取り締まっていたが、地方なんかじゃ裏組織との癒着が当たり前で、横暴な竜人たちがたくさんいたという。
神殿もまた、竜神至上主義の竜神官が、古き神々の神殿の幾つかを破壊し、残った神殿もその規模を小さくされてしまったと、歴史の授業で習った。
そうしたことが積もり重なって、海の呪い直後、すぐに大陸西側のエルフたちが独立を宣言すると、加護人、大獣人がそれに続いた。小獣人たちの独立運動が少し遅れたのは、元竜人たちがまだ第一世代で、余力を持っていたからだ。つまり、様子見をしてたんだよな。
でも、他の地域で生活しにくくなった元竜人たちが大陸中央へと移住し始めると、東の地で暮らしていた元竜人たちも移住を始め、その総数は、元の人口の半数以下になった。
これを独立のチャンスとばかりに立ち上がったのが、ビスケス・イリオという猫獣人だった。
ビスケスは農家の出だったが、大農場主だった元竜人に搾取され続けた両親のこともあって、常日頃から本当の意味での平等を訴えていたのだ。
それに共感し、彼を補佐したモビルケ・ボルゾという犬獣人は、多くの獣学生から慕われていた教師だった。この時代、学校でも竜人ファーストだったらしく、教師や学生の間でも多くの不満があったらしい。
その後、この二人の活躍で誕生した小獣国だが、政治に関しては、ビスケスもモビルケもド素人。
案の定、小獣人同士での権力闘争が勃発し、常に国は不安定だった。そこで動いたのが、兎獣人でもあり古き神々の神殿の高位神官でもあったマルガナだ。
彼女はこの国を安定させるために、当時、竜人が第一首都に住まわせていた三人の小獣賢者様たちを説得し、新たに首都と定めた地へと迎え入れた。
効果はバツグンだった。賢者家を中心にすることで、ピタッと混乱は収まり、ついでに各地に散っていた小獣人たちも東方へと移住し、安定した国として発展していくことができたのだから。
で、今回のオレっちの役は、The・モブ!ホントの意味でのモブ。だって、群衆のなかの一人だもん。
セリフは『小獣国、バンザーイ!』『独立、バンザーイ!』の二つだけ──まだ台本を数ページしか読んでないけど。
ダンスも他のモブと合わせて踊るだけだから、目立つこともない。モブ万歳。
でも、一つだけ気になることがあった。大勢の元竜人役をどうするのかだ。
「ビスケスやモビルケ、小獣人から見た歴史だかラ、元竜人は影みたいなモノでいいのヨ」
レキュー先生によると、元竜人役は黒い布を被っただけの黒子になるらしい。顔も見えないモブのなかのモブ。
オレっちもそっちの方がいいと、役を代えてもらおうとしたら、身長が低すぎて無理だと言われた。腐っても元竜人役。長身で、なるべくスリムな体形のダンサーでないとダメなんだと。雰囲気的に。
⋯⋯どーせ、チビのデブもふですよ、オレっちは!
とまあ、年末イベントはもういいとして、困ったのがお屋敷の冬パーティだ。
今回は、それぞれの加護神に扮してのコスプレ劇になったからだ。オレっちは、当然、カガリス様のコスプレをするワケだが、以前ならともかく、取り憑かれてる状態だと──
《⋯⋯なんで俺とシィーマ・リースのヤツがセットなんだ⋯⋯?》
『え~と、神話の中では仲が良かった設定になってるみたいで⋯⋯』
オレっちは言葉を濁した。
なんせ姿形が似てるから、この二柱、説によっては姉弟だとか夫婦だとかとも言われていた。
古き神々の絵のなかでも、たいがいセットで描かれている。一つ違うのは、アッチはメジャーで、コッチはマイナーだという点だけだ。
《ありえん!それに俺は、アイツよりも格上だぞ!?なんせ大神の──》
『大神の?』
《⋯⋯それより、オメーの衣装、やけに派手だな!》
『これよりももっと派手で、しかも自前の方に言われたくないですけど⋯⋯確かに』
エイベルが作ってくれた衣装は、さまざまな造花を付けまくったシースルーのヴェールとベストだった。
大きめの造花をくっつけて仕上げたベストは華やかで、頭から尻尾までを覆う小さめの造花を付けたシースルーのヴェールはとてもキレイだが、見た目は完全にウェディングヴェールだった。
黒い体毛のエイベルと並ぶと、ホントに新郎新婦にしか見えない。救いは、この世界の花嫁衣装の定番は白じゃなくて、空色だということだ。男は定番の黒か白なんだが。
晴天色が一番好まれるのは、単純に美しいからだろう。身近な色だしな。
《テメーらの俺のイメージって、完全に間違ってるだろ!?どこの踊り子だ!!》
『まー、まー、落ち着いて。どうしても花だらけのイメージなんで、こうなるんですよ。造花を毛に直接つけると、どうしても落ちちゃうんで!』
ほら、オレっちの毛ってサラサラだから。
《フン!》
最初の試作品の花だらけのワンピースよりはマシなんだけどな。あっちの方は完全に女装だったから。
ちなみにシィーマ・リース役の女の子は、マリリン様の乳母の末娘で、初参加のルーマちゃん(4歳)だった。オレっちと並ぶと、兄妹に見えなくもない。ルーマちゃんは灰色毛だが、縞模様は白だしな。
☆ カガリス視点 ☆
それぞれの加護神になりきってるガキどもを見る。
本人が見たらある意味ショックを受ける程の低クオリティな仮装だが、ヤツらは結構真剣なので、何とも言えない。
思えば、俺たちの肖像画や彫像なんかは、この世界にほとんど残っていなかった。まあ、そもそもあれらは、眷属たちが勝手に作った物ばかりだったが。それも、あの永い争いのなかで失われたのだろう。
それこそ、かつてこの地に降臨した他神族の文明のように。
奴らが遺した物は、旧ダンジョンと一部の先祖返りの奴らだけだった。伝説としては残っていたが、当時の人間たちは特に気にすることもなかったようだ。
過去の情報が少ないほど、人間たちは勝手に想像してそれを楽しむ。それこそ、俺とシィーマ・リースのデタラメ関係のように。
タロスの前世の世界でもそうだろう。識らないからこそ、好奇心や探究心が湧き立つのだ。そういう意味では、俺たちは損してるかもな。識らないことが少なすぎるから。
タロスもまた、この世界の真実を識らない。海の呪いとやらも、俺たちの争いの原因も。
少なくともあの方に関する情報は、いずれ知ることになるかもしれねぇが。
それはともかく──このエイベルとかいう、ヴァチュラーの眷属⋯⋯アイツにそっくりだな。
まったり顔にノンビリ口調⋯⋯ストレスに弱いクセに根性はある──なるほど、タロスと相性が良いわけだ。俺もアイツと話すと和むからな。
あと、このシィーマ・リースの眷属のガキも──
「おにーちゃん、メダチすぎ。あたちがジミにみえるから、はなれてちょーだい!」
「⋯⋯ハイ」
うむ。シィーマ・リースそっくりだな!性格、悪っ!!
☆ 補足 ☆
タロスたちの時代の歴史書は、史実と少し違います。統一国時代、確かに竜人に有利な部分もありましたが、それは能力値の関係で、権力持ちの横暴な竜人たちは、ごく一部の者たちに過ぎませんでした。
特に小獣人は、癒し系の外見から優遇されていることも多く、抑圧されている風潮は無かったのです。
それでも独立の都合上、不遇だったと印象づけることが必要だったため、現在の『解放』という認識にしたという訳です。
歴史とは、そういうモノです。結局は、当時の者たちの記憶(偽情報も含めて)にしか、本当の史実はないのです。




