第十一話 いざ本番!救いの愛情フィルター
「タロス〜、よくそんな服持ってたね〜。僕なんか祖父の服を〜急いでリメイクしたのに〜」
いつでも眠たげな目をしている蝙蝠獣人のエイベルが、オレっちの衣装を見る。
「コレ、奥様からの貰いもんなんだ。若さまのお古」
「あぁ~なるほどね~。若さまの服って〜今でも目がチカチカするくらい〜派手だもんね〜。そう考えると〜まだそれ地味な方かも〜」
「若さま基準だとな」
王子の取り巻き役であるオレっちとエイベルは、女の子たちが言う『貴族らしい服』を着ることを強要させられた。
⋯⋯貴族らしい服とはなんぞや?女の子は人型用の裾が長くて膨らんでいる服がそれっぽいとしても、男だと燕尾服ぐらいしか頭に浮かばんのだが。それ系統のマンガやアニメはほぼスルーしていたから、該当する服が脳内検索できんかった。
家に帰ったオレっちは、帰宅したかーちゃんに『貴族ぽい服』とは言わず、とりあえず「見栄えのする派手な服ってあったっけ?」と問うた。
かーちゃんはしばし考えたあと、衣装タンスの一番下の引き出しから折り畳まれた服を出し、オレっちの前で広げた。
「そ、それは⋯!」
数ヶ月前、さすがに普段着にはできぬと、タンスの肥やしになっていた服とのまさかの再会だった。
すっかり忘れとったわ。
てなわけで、青薔薇の刺繍入りキンキラ金の服を着たオレっちだったが、意外と白い毛に程よくマッチして、想像していたほど趣味の悪い衣装とはならなかった。
「エイベルのそれって、執事さんの子供時代の服をリメイクしたってこと?」
エイベルのリメイク衣装は、彼の黒い体毛に映える絹のような光沢のある紫色の生地に、透明なガラス?ビーズ?ぽい飾り玉が絶妙に配置された、とても落ち着いた雰囲気のものだった。オレっちのが成金衣装だとしたら、エイベルのは前世のフィギュア選手の衣装って感じ。
「違うよ〜。今のじいじの服を〜僕のサイズに裁断してから〜作ったの〜」
「すげぇな。まるっとリメイクか」
「僕〜こういうの好きだから〜」
エイベルは、このお屋敷の蝙蝠獣人の執事の孫だ。背丈はオレっちと変わらないが、実は2つほど年上。それでも年齢差を感じさせないおっとりとした言動は、気安い会話を成り立たせてくれる。
エイベルには両親がいない。エイベルの母親は未婚で彼を産んだ後、行方不明になった。子供を産室のベッドの上に置き去りにして。
この話はかーちゃんから聞いたわけでも本人から聞いたわけでもない。たまたま使用人同士の会話から得られた情報だった。
執事さんの娘さんが父親と上手くいっていなかったこと──母親が亡くなって、すぐに家を出て行ったこと──戻って来た時は臨月だったこと──お産が終わって動けるようになると姿を消したこと──赤子の世話が出来ない執事さんを、使用人たちが助けたこと──それがあって、厳格な執事さんの性格が丸くなったこと──そして、エイベルがそうした事情を理解していること──
オレっちはエイベルの両親は亡くなって、それで祖父である執事さんがワンオペで育てているもんだと思ってたから、その話を耳にした時、何だか申しわけない気分になってしまった。
片親といえどオレっちにはかーちゃんがいて、かーちゃんのちょいとばっかしふくよかなお腹にグリグリと頭を押し付けて甘える仕草は、もうクセになっている。でも⋯⋯エイベルには、そうした愛情表現をする相手がいない。しかも、忙しい執事さんに遠慮してか、手のかからない子供として育ったようだ。
⋯⋯なまじ頭が良かったから、自分の状況を把握するのが早かったのだろう。裁縫が得意になったのだって、自分の服のほつれを直す為に始めたことが、きっかけだったみたいだし。
「タロス〜、そろそろ出番だよ〜!」
「!──うん、頑張ろうな!」
劇の内容はともかく、このイベントはきっとエイベルの記憶にオレっちの姿を残してくれるだろう。そう思えば、やる気が出るってもんだ!
◇◇◇◇◇
パチパチパチ!
終演した直後、いろんな意味で疲労困憊したオレっちたちに、大人たちが盛大な拍手を送る。
正直、これが大人たちの演劇であればブーイングの嵐だっただろう。本番でのハプニングは付きものとはいえ、ブア毛を隠すために羽織っていた王子役の赤マントが浮きすぎてふた周り以上デブに見えたり、普段着ていない人型のドレスに苦戦して、女の子たちがダンス中に奇妙な動きをし始めたり、王様役の虎獣人少年が、玉座の上で居眠りこいてたり──オレっちがつい、ボインナのことをウインナと言い間違えたり──要するにポンコツ劇だったにもかかわらず、肉親の愛情フィルターにより、なんとかお通夜状態は回避された。一部、特に旦那様一家は微妙な顔をしていたが。
執事さんはエイベルの晴れ姿に、惜しみない拍手を送り続けていた。彼は、この数年間で性格が丸くなったのに伴い、体型も丸くなっていた。なるほど。今の体型の服なら、エイベルの服の二、三枚分の生地は余裕で取れるだろう。
☆ 余談──本番裏話 ☆
王子役は舞台上が思ったよりも暑かったので、つい冷却魔法具を最大モードにしてしまい、結果、マントの惨劇を招いた。
女の子たちは、本番の緊張から体が思うように動かず、結果、着慣れないドレスに振りまわされた。ザマァ。
王様役の少年は、前日の就寝時に発売されたばかりの冒険小説を読み耽り、結果、寝不足で居眠りこいた。断罪終了後の場面切り替えの際、玉座ごと裏方のお兄さんたちに回収されたが、終幕後の挨拶時には、ちゃっかり横並びの列に並んでいた。ある意味、大物。
タロス。名前を一文字間違えただけなので、観客たちには特に気にされることもなかった。結果、スルーされたのでセーフ。