第百話 若さゆえの過ち
帰りの道中、カガリス様は《アナログな乗り物に、シケた街──文明レベル、下がり過ぎだろ!》とか言いつつ、興味深げにアレコレとオレっちの目を通して今の世界を見ていた。
いちいちケチをつけるカガリス様の声に、オレっちは何度、キレそうになったことか。
コイツ、絶対、休眠直前じゃねーだろ!元気過ぎるわ!!
⋯⋯おっと、コイツとか言っちゃった⋯⋯ヤベェ、ヤベェ。
でも、何となくカガリス様に聴こえる心の声と、そうでない思考のみのソレが分けられるようになってきたみたいだ。
その証拠に、今の思考も、カガリス様には〈声〉として届いてないみたいだし。
マルガナの飛行所に到着後、飛行所前の魔牛車乗り場で獣学校の寮へと戻るメロスと、家へと帰るセーラと別れ、たった今、お屋敷の使用人専用の裏門でエイベルとも別れたオレっちは、スー、ハーと深呼吸をした。
『カガリス様──頼みがあるんですけど!』
「ただいま、かーちゃん!」
「お帰りなさい、タロス!」
仕事が終わり帰宅したかーちゃんに、オレっちは抱きついた。
《マザコン!》
⋯⋯あれほど、かーちゃんの前では話し掛けるなと言っておいたのに──このクソもふ神、約束したことも守れんのか!!
「どうしたの、タロス?」
「えっ、な、何でもないよ。あ、そうだ!お土産──」
オレっちは大きく膨らんだリュックから、赤いリボンがついた白い箱を取り出した。
それをかーちゃんに手渡す。かーちゃんは、「まあ、何かしら?」と微笑みながらリボンを解き、白い箱を開けた。
「まあ!綺麗!!」
かーちゃんが両手で持っているのは、宝石モドキの色とりどりの魔素ガラスを飾りつけたタマゴ型の容れ物だ。
「これ、大獣国のアクセサリー入れなんだ!」
前世のインペリアル・イースター・エッグのような金や宝石で豪華に装飾された物ではないが、入れ物の底に光のスキル魔法を発動させる魔法具が埋め込まれており、カットされた魔素ガラスを内側から輝かせる仕組みになっている。
ちょっとお高めだったが、メロス祖父の──いや、今はメロス伯父の商会か。その商会の系列店だったので、大幅に値下げしてもらった。
コネ、万歳!
「え~と、それからアッチの珍しいお菓子とかも──あ!」
リュックをゴソゴソしているうちに、つい、カガリス様の木像を取り出してしまう。しまった!
「まあ、カガリス様の像!?よく売ってたわね!普通は店頭には無い物なんだけど⋯⋯あら?この顔──タロス!?」
「う、うん⋯。お店の人に作ってもらったんだ!」
「そうなの?まあまあ、花も綺麗に彫ってあるわね!あら、でも⋯⋯タロスの花が頭の後ろにあるけど⋯⋯」
「え~と、え~と、それはオレが頼んだんだ!ほら、前の目立つところだとカガリス様じゃなくて、花だらけのオレの像になっちゃうから⋯⋯!」
《実際、オメーの像だしな。俺とはまったく似てねぇし》
だから、しゃべるなっつーの!!
「そうなの?⋯⋯ねぇ、タロス。タロスは、この木像の意味を知っているのよね?」
「うん。死んだ時に像が一緒に焼かれることで、古き神々に加護のお礼を言えるって聞いたよ」
その神から完全否定されたが。
「そうね。でも、地方によっては少し違う話もあってね。海辺の町では加護のお礼ではなく、来世もよろしくお願いしますって、お願いするんだって」
「⋯⋯そうなんだ」
《残念だが、次の加護契約更新は不可──》
『アンタはもう黙っとれ!!』
「実はね。母さんも一体、持ってるの。結婚した時のお祝い品の中にあったのよ。加護神様のお姿を模した品はとにかく縁起の良いものだから、誕生日に渡す人もいるわね。あとは──成人した時のお祝いかしら。それに、燃やすのは必ずしも木像である必要は無いのよ?南の方では布で作った人形を燃やすって話だし」
「へー、そうなんだ⋯⋯」
なんだ。彫刻家の販促じゃなかったのか。
《ククク。どうやら、オメーの妄想だったみてーだな!マヌケな上に、思い込みまで激しいとは!》
『⋯⋯』
《なまじ前世の記憶があるから、変に勘ぐるんだろうが》
『⋯⋯若さゆえの』
《ん⋯?》
『若さゆえの過ちということで!』
オレっちは、誤魔化すことにした。
実際、今世では見聞が足りないから、データ不足なんよ。だから、情報量の多い前世寄りの見方をしちゃうんだよね〜。いや~失敗、失敗。
《言い訳すんな!》
⋯⋯あれ?今の声、聴こえてました!?
☆ カガリス視点 ☆
驚いた。何がって──コイツらの移動手段にだ。馬魔獣の馬車はアナログだが、下界のよくある乗り物だからいいとして、牛魔獣が引く牛車!?農道ならまだしも、街中で⋯⋯あり得ん!
確かにもっと文明レベルの低い下位世界にはそうした乗り物もあったが⋯⋯いくら大規模転移ができなくなったとはいえ、これはないだろう。まあ、このマヌケなカリスも最初は驚いたみてーだが。
『それでも見慣れたら、フツーの乗り物として認識していくもんです。人間、慣れですよ、慣れ!』
とか言ってやがった。しかし⋯⋯思ったよりも速えな。
そうしているうちに、飛行所とやらに着いた。今度は、鳥魔獣を使った乗り物だ。これに関しては、馬車同様、他の世界でも似たようなモノがあったから、特に驚きはしなかった。どっちにしても、文明レベルが低いことには変わりないが。
首都とやらの風景も、ド田舎だ。
かつては俺たちも再構成で造った建築物だけでなく、ウルドラシルやセフィドラの木々を変形させたり一部を変質させて多様なデザインの建築物を造ったが、コイツらはほとんどそのまんまで使ってやがる。
コイツの家も何の変哲もない木造の──少しばかり大きな家で、ふ~んって感じだったが、実際、コイツら母子が住む家は、その敷地内のこれまた小さな小屋だった。しかも、他の連中の部屋とも壁一枚隔てただけの狭くて貧乏臭い家だ。
いや、下位世界の集合住宅ってやつなのか。俺たちの時代には無かったから、ちょいビックリした。
このマザコンカリスの母親を見た時、少しだけ遠い昔を思い出した。
顔が、 〝アリス〟に似てるような気がする。だが、勝ち気なアリスとは、性格がまったく違っていた。動作も落ち着いていて、おっとりしている。
アリスは、最初に加護を与えた男の妹だった。似てねぇといえば、この前世持ちカリスも、アイツとまったく似てねぇ。
魂が違うんだから当たり前なんだが。
アイツは──ケルベルは、心身ともに強い漢だった。
「ムニャ⋯かーちゃん⋯⋯」
⋯⋯この寝言でまで呟くマザコンカリスが、アイツの子孫だとは⋯⋯まあ、そもそもこの世界に迷い込んだ異質な魂だ。ヌルい環境で育った奴に、ケルベルを重ねるのは無理があるってもんだろう。
ケルベルは二度生まれ変わり、縁によって三度も俺の眷属として生きたが、俺もじきに完全に休眠しちまう。加護契約の更新は終わり、カリスという加護種は、この世界からいなくなるだろう。
最後のカリスが、このマヌケでマザコンのタロスだとすれば⋯⋯なんとも締まりのねぇ幕切れだな、オイ。




