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第十話 夏のブア毛問題

 夏が来た。オレっちたち獣人の体毛が、1年で一番ブアっと膨らむ季節が。それって冬場のことじゃないの?って思っている、そこのあなた!ここは異世界なんざんすよ?便利な魔法具があるに決まってるじゃないッスか!


 「は〜、極楽、極楽!」


 寒い日に入る風呂の如く、クソ暑い日の体毛冷房は、快適そのものである。

 オレっちの両の手首足首に装着している冷却魔法具は、水と風の魔法で体毛の間に冷たい風を循環させて涼をとる仕組みになっており、夏には欠かせない必須アイテムである。

 かつては水と風の両属性持ちや雪や氷の加護持ちぐらいしか自前できなかったこの夏場対策は、この魔法具の誕生によって一般的なものとなった。それまではサマーカットなどで毛を短くしていたが、どうしても貧相感が出てしまうので不評だったのだ。


 ただこの魔法具、使用者の魔力が動力源なんだよね。だからオレっちみたいな花冠が無くって魔力の循環が未熟な幼獣体は、少しばかり値の張る外部魔力補助付きの物を買ってもらうんだけど、これが前世で言うところの充電機能ってやつなのよ。

 で、そうなるとオレっちの冷却魔法具は、かーちゃんの魔力で充電(?)してもらう必要があるわけ。そこそこ燃費がいいので二日に一度の充魔石(空魔石に魔力を再充填した物)の取り換えでOKなんだけど、かーちゃんが念のためにと、予備の充魔石をオレっちのマイベストの内ポケットの中に入れてくれた。面倒かけますなぁ。


 てなわけで、この季節の獣人は皆ブア毛なのよ。お屋敷の警備をしている虎獣人や鷹獣人(大獣国出身)でさえ、まん丸のマリモ状態なんすわ。もちろん、かーちゃんたち女性陣も──ってわけでもない。

 そこは女心ってやつで、冷却魔法具を最小モードにして毛の膨らみをある程度までに抑えているのだ。特に未婚の若い女の子たちは、服で隠れる部分をサマーカットするだけで暑さを凌いでいる。根性ですな。





 ◇◇◇◇◇


 「──マーナイータ!お前との婚約は破棄だ!私は、このボインナと結婚する!」

 「キョニューズーキ様、何をおっしゃるの?たかが男爵令嬢ごときが、王太子妃などになれるわけがありませんわ!」

 「黙れ!身分差はさておき、お前のような弱い者イジメをするような女は、我が妃として相応しくない!ボインナに対する数々の嫌がらせ、忘れたとは言わせないぞ!」

 「そうだ、そうだ。王子のおっしゃる通りだ〜」


 「──タロスちゃん、そこは棒読みしないで強い口調で言って頂戴!ほら、拳を握りながら前に出て!」

 年長の秋田犬似の犬獣人のお姉さんが、オレっちに演技指導を始めた。

 

 オレっちは今、同じ使用人の子供たちとお屋敷の小ホールで劇の練習をしている。

 毎年、夏と冬の二回、旦那様の家族と屋敷の使用人家族だけの内輪のパーティーが開かれるのだが、その際、歌唱だとか劇だとかを子供たちだけで披露しなければならないのだ。

 去年の年末パーティーは合唱だったからさほど苦ではなかったけど、今回の劇は正直、やる気が出ない。

 なんでも人間の国で流行っている小説を参考にしたらしい。

 オレっちとしては、冒険モノの方が良かったんだけど、数として女の子たちに負けてる上に年長のお姉さんが多くて、とてもじゃないけど『やる気スイッチが入らないです!』とは言えない。言ったら屋敷内でハブられる⋯かもしれない。

 仕方なくオレっちは叫んだ。両の拳を突き上げて。


 「そうだ、そうだ!王子のおっしゃる通りだ!このアバズレめっ!」


 「ちょっと!そんなセリフないでしょ!真面目にやりなさい!」

 アドリブっすよ、アドリブ!


 オレっちの王子の取り巻きその①は、セリフは少ないけど出番は多い。蝙蝠(コウモリ)獣人(外見上は似ているが、腕と皮膜翼は別々)のエイベル扮する取り巻き②と共に、常に王子の背後に立っとるだけだが。

 右に白いブア毛のオレっち。左に黒いブア毛のエイベル。中央に灰色ブア毛の王子役の狐獣人(奥様の遠縁)のにーちゃん。意図せず三色の毛玉トリオが爆誕していた。


 しっかし、女の子ってどの世界でも強いわ。

 王子役のにーちゃんのブア毛がイメージぶち壊しだとか言って、本番では冷却魔法具を着けさせてもらえない事になったのだ。さすがに怒ったにーちゃんが抗議したら、ボインナ役とマーナイータ役の女の子たちに二倍返しされとった。


 「私たちだって着けてないのよ!その上、こんなドレスまで着て頑張ってるんだから、アンタも根性見せなさいよ!」

 「そうよ、そうよ!ヒーローの王子が太って見えたら、せっかくの舞台が台無しよっ!」


 ちなみにオレっちたち取り巻き①②は、王子の引き立て役も兼ねたモブだから装着を許された。モブ万歳。

 王子役のにーちゃんには気の毒だが、劇の内容がざまぁ展開のない単なる悪役令嬢モノなので、小一時間程、根性で演じきってもらいたい。


 根性と言えば、女の子たちは稽古なのに人間のドレスなんか着てダンスまでしてる。この国では大型の冷却魔導器(エアコン)はまだ普及してないから、この小ホールも換気しているとはいえ、そこそこ暑いのに。


 「──キャ!」

 慣れないドレスで裾を踏んだのだろう。ボインナ役の兎獣人の女の子が派手に転んだ。そして、たまたま間近にいたオレっちは見てしまった。


 彼女の両足首に装着されている、冷却魔法具を。


 女って、どこの世界でもしたたかで自分本位な生き物だよね。オレっちもこのくらい図太い神経で、この異世界を生きていこう──じゃねーよ!

 王子役に謝れ、この悪役令嬢ども!!



 オレっちがチクった結果、王子役は長めのマントを着て体型を誤魔化すことで、冷却魔法具の装着を認められた。三尾のブア毛までは隠しきれてなかったが、そこは迫真の演技でカバー出来るだろう。⋯多分。

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