目が覚めたら浦島太郎になっていました。 ~ 助けた亀に連れられて竜宮城に来てみたら、亡くなったはずの元カノがいるんですけど!? ~
「…え?ここどこだ??」
深夜3時に会社から帰ってきた社畜人間の俺。体がバラバラになりそうなほど疲れていたので、家に帰ってくるなり俺は寝室に行き、スーツのままベッドにダイブした。
─────…のは、覚えてる…けど。
「いや、何で俺海辺にいるんだ?しかもなにこの格好…」
さっきまでスーツを着ていたのに、俺はなぜか古びた和服とこれは…腰みのだっけ?を着けてて。右手にはボロい釣竿を持ってる。
「何だろうこれ、どっかで見たことあるような格好だな」
そんなことを思っていると。
ザブンッ!─────…
波の跳ねる音がして、海の方を見る。そこには、視界いっぱいに広がる空と海の青。
「…海に来るのなんて、何年振りだろう。てか、最近いつ仕事休んだっけ?」
水平線をぼんやりと見つめながら、そんなことをひとりごちる。
俺の会社は所謂ブラック企業ってやつで。昼食時間とかあってないようなもんだし、休日も月に2~3回あればいいようなもんだし。残業なんて毎日のようにあるし、でも残業代は出ないし。
仕事と家を行き来するだけのつまらない毎日。楽しいことなんて、何一つ無い。前は、漫画を読んだりゲームをするのが大好きだったけど…最近は仕事から帰ってくると、風呂入ってメシ食って寝るという、最低限の動きしかできない。というか、何かをする気力が湧かない。
「はぁ~…俺の人生くそだな。何でこうなったんだろ…?せめて、俺を慰めてくれる彼女とかいたらなぁ~……いや、やっぱ女はいいや…」
そう言って、俺は海に向かって大きなため息を吐いた。
「てかこれはどういう状況だ?いやまあ…『夢』って思うのが妥当か。にしても、こんな意識?がはっきりとした夢を見るのは初めてだな。それに、海の匂いとか波の音とか、風が頬に当たる感じがやけにリアルって言うか…何だ?俺って結構、想像力豊かなのか?こんだけリアルな夢が見れるくらいの想像力があるなら、漫画家とか小説家にでもなればよかったかな?それなら、もっとましな人生を送れたかもな。まあ…絵も小説も書けないんだけど」
とかなんとか言ってると。
「やい、カメ公!こんなところで寝てんじゃねーよ!」
「泳ぐのに疲れたので休んでるのです。すみませんが、少しだけ砂浜で休ませてください…」
「だめだだめだ!さっさと海に帰れ!目障りなんだよ!」
「そうだそうだ!のろまのカメ公~!」
「痛!け、蹴らないで下さい!」
「なんだと!カメ公のくせに、人間様に口答えするな!」
俺のところから少し離れたところで、子供たちが大きなウミガメを囲って、蹴ったり木の棒で叩いたりしていた。
「おい!お前ら何やってんだよ。つまんねーことすんなよ」
俺は急いでウミガメのところに行くと、子供たちにそう言った。
「は~?おっさんには関係ないでしょ?」
「おっさっ!?誰がおっさんだ!俺はまだ29だよ!」
「やーい、おっさんおっさんおーっさん!」
「だー!おっさんおっさんうっせー!いいから散れっ!!イッテ!誰だ!?俺のケツ蹴ったのは!!」
誰かが後ろから俺の尻を蹴り、子供たちは「おっさんおっさん」言いながら去っていった。
「はぁ~…ったく、何なんだよあの糞餓鬼共。おいカメ、大丈夫か?怪我とかしてないか?」
と、俺はウミガメに声をかけた。すると。
「はい、大丈夫です。助けてくださりありがとうございます」
と、カメはそう言ってペコンと頭を下げた。
─…あれ?ていうか…
「おっ!?え!?カメがしゃべってるー!?」
と、俺は大声を上げた。
「え?はい、私はしゃべりますよ?」
と、ウミガメはキョトンとしながら言った。
「そっ…え?いや…そういえばここは俺の夢の中だったな。夢だから、カメがしゃべっててもおかしくないか…?」
ウミガメをまじまじと見ていると。突然ウミガメが「あ!」と声を上げた。
「ん?どうした?」
「あ、いえ、乙姫様から念話がきたようで…」
「念話?乙姫?って…あ!そうか!」
俺はそう言いながら、ぽこんっ!と拳で自身の手のひらを叩いた。
「俺の格好、どこかで見たことあるような~と思ったら『浦島太郎』か!─ってことは…もしかして…」
ウミガメは、目の前の何もないところに視線を置きながら、その乙姫様と話しているようだ。
「─はい、私が子供たちにいじめられていたら、男性が助けて下さり…はい、はい。その方にお礼を…はい、あ、いいですか、ありがとうございます!それでは、これからその男性とそちらにもどりますので。はい、はい。では、失礼します」
ウミガメは話終えると、首を上げて俺に視線を向けた。
「あの、これからお時間はありますか?」
「あ、ああ、時間ならあるけど…」
この流れはやっぱ─…そう思いながら、ウミガメのことを見ていると。
「それなら良かったです。それで、もしよろしければ私と一緒に『竜宮城』に来ていただけないでしょうか?私を助けてくださったお礼がしたいので。乙姫様からもお礼の言葉を言いたいとのことですし…お願いできますか?」
竜宮城へのお誘いキタアアアアアア!!!やっぱ俺は浦島太郎なんだなと、内心で思いながら。
「別に礼とか要らないけど…竜宮城がどんな感じか見てみたいし。じゃあ、俺を竜宮城に連れてってくれ」
「ありがとうございます!それでは『空気玉』を今から作りますね」
「え?空気玉?」
そう言うとウミガメはすー…はー…と深呼吸をし、そして。
ぽぉうああああああ。
と、口から巨大なシャボン玉のようなものを出し、そのシャボン玉で俺の身体を包んだ。
「な、なんだコレ!?」
「これは『空気玉』と言って、その透明の玉に入っていると、海の中でも息ができるんです」
「へ、へ~そうなんだ…」
シャボン玉の内側をぽふぽふと触る。さわり心地は何か、ビニールハウスの表面みたいな感じだ。
…ていうか、俺の知ってる『浦島太郎』と何か違う。この変なシャボン玉といい、念話といい…ていうか、念話って何?
「では、私の背に乗ってください。竜宮城にご案内致します」
ウミガメの背に乗るとザブンッと、ウミガメは海に潜った。
▼▼▼
「おお…マジで息できる。このシャボン玉すげぇな!」
「ところで、名前がまだでしたね。私は亀次郎です。貴方様のお名前も伺ってよろしいでしょうか?」
「俺は水戸…いや、浦島太郎だ」
で、いいんだよな?と、俺は内心で思う。
「ところでさっき、乙姫様…?と話してたみたいだけど、念話って何だ?」
「あれは~…何といいますか、心と心で会話する能力といいますか。念話なら、お互い意識があれば、どんなに遠く離れていても会話することができるのです」
「へ~…テレパシーみたいなもんかな?便利だな」
「てれぱしー?─と、お話ししていたら見えてきました。あれが竜宮城です」
海の底、ウミガメの向かっている方を見ると、広い城壁に囲われた所に、立派な建物がいくつも建っていた。見た目といい雰囲気といい…あれだ、沖縄の首里城に雰囲気が似てる。
大きな門の前に来ると、ガタイの良い上半身裸の人魚の男2人が薙刀のようなものを持って守っていた。その門番たちが、俺のことをぎろぎろと睨む。
「亀次郎、只今戻りました。門を開けてください」
ウミガメがそう言うと、門番らはこくりと頷き、ギギギ…と2人がかりで門を開けた。
「これから竜宮城内に入っていきますね」
「お…おう」
大きな門を通り抜け、正殿までの長い道を進む。すると、正殿…竜宮城が見えてきた。
「おお…これが噂(?)の竜宮城か。すげぇ迫力」
竜宮城の正殿前に来る。全体的に赤が基本で、屋根は緑色の瓦を使ってる。海の底に佇む竜宮城はそれはそれは神秘的で…その美しさに、目が離せない。
俺らが竜宮城の前に来ると、ギギギ…と扉が勝手に開いた。
「てか俺、このシャボン玉みたいなやつずっと付けてないといけないのか?」
「シャボン玉?ああ、空気玉のことですね。いえ、竜宮城内は必要ないです。竜宮城そのものが、この空気玉に包まれてますので」
そんな話をしながら竜宮城に入った瞬間。入り口に透明な膜のようなものが張られていて、それを越えたと同時に、俺に纏っていたシャボン玉がぱちん!と割れた。
けど、城内に海水は無く、陸の建物のような空間が広がっていて、酸素もちゃんとある。中は広々としていて、真ん中には綺麗な姉ちゃんたちが縦にずらっと並んでいた。
すると。
「お待ちしていました。亀次郎を助けていただき、誠にありがとうございます」
ずらっと並ぶ姉ちゃんたちの間から、乙姫らしき女がこちらに向かって来た。
こんなところに住む乙姫…一体、どんな感じだろ?やっぱ、すげー美人なのかな?
そんなことを思っていると、乙姫の顔が見えてきた。
すると。
「…え?」
俺はその乙姫の顔を見て、目ん玉を見開いた。
「初めまして、私はこの竜宮城の主の乙姫という者です。今日は、我が使いの亀次郎を助けていただいたお礼をさせていただきたく、竜宮城に来ていただきました。心行くまで、こちらで楽しんで下さい…」
「…ひより?」
「…え?何で私の前の名前を…─もしかして、弘也?」
乙姫も思いきり目を見開いて、俺を見た。
物語の乙姫のような、煌びやかな格好をしてるけど、どこからどう見ても…元カノのひよりだ。
「俺の名前…やっぱお前、ひよりなのか?何で俺の夢に?てか何で乙姫に?」
「夢?夢じゃないわよ。ここはれっきとした竜宮城だし、私はここで『乙姫』として生まれ育ったし…てか、本当に弘也なの?何であんたまでここに来てるの?もしかして、あんたも死んで…?」
「いや、俺は仕事から帰ってきてすぐに寝たら、気づいたらここに来てたんだよ。いや…仕事がブラックでさ、ずっと激務続きだったからだったから、あのまんま過労死したかもな」
「何それ?ていうか、今幾つなの?」
「今29だよ」
「そっか、私が…亡くなって、あんたの世界ではまだ8年しか経ってないのね。ここの世界に新たに生まれ落ちて、今私は前世で亡くなった時の歳に…21になったばかりなんだ」
「8年で21歳?ふーん?こことあっちの世界は時間の流れが違うんだな」
…いや、俺はそんなことより、ひよりに聞きたいことがあったんだ。
と、俺は。
「なあ、ひより。お前あの時突然、俺と別れたけど…あれは、余命宣告されてたからなのか?」
俺がひよりにそう聞くと、ひよりは悲しそうな顔をして俺から視線を反らせた。
「お前が亡くなった後に人づてで聞いたんだ。…何で俺に、病気のこととか余命のこととか言ってくれなかったんだよ。何で…俺と別れたんだよ」
「だって…付き合ったまま私が死んだら、あんた死ぬまで私のこと引きずりそうだし」
「ああ、ああ、お前の予想通り、しっかりお前のこと引きずってるよ!…それくらい、お前のことが大好きだからな。昔も…そして、今も」
気づいたら俺の頬が、涙で濡れていた。ひよりも、瞳から涙を溢していた。
そして。
「ひより…俺はお前のことが好きだ。ここが夢だろうが異世界だろうがどうでもいい、ひよりがいるならここにいる。ひよりの…傍にいたい───」
俺がそう言うと、ひよりは俺の胸に飛び込んできた。
「ごめんねぇ、辛い思いさせて!私もずっとずっと、弘也のことが好きだよ!別れても、死ぬ時も…ここで生まれ変わっても、ずっとずっと、弘也のことが忘れられないくらい好きだよぉっ…」
ひよりは俺の胸に抱きついて大泣きした。俺も、涙をぼろぼろと溢した。
「なあ…また俺と付き合えないかな?ううん、今度はもっとずっと傍に─…俺のお嫁さんになってほしいな。ひより、俺と結婚してください」
俺の胸のなかで、ひよりは顔を上げて俺のことを見つめた。涙で顔をぐしょぐしょに濡らすひより。可愛くて綺麗でそして…愛しくて。
「…いいの?」
「もちろんだよ!てか、俺はひよりがいいんだ」
「…私も、弘也がいい。弘也…ううん、弘也さん。私の…旦那様になってください!」
そう言った瞬間、ひよりは俺の唇にキスした。
「…おいおい、そこは男の俺が先にキスするもんだろ?」
「そお?いいじゃない、そんなのどっちからでも。それとも…嫌だった?」
俺を見上げるひより。涙で濡れた瞳がキラキラと揺らぐ。綺麗な瞳…綺麗な…乙姫のひより。
「…嫌なわけないだろ。愛してるよ、ひより」
そう言って俺は、ひよりの唇にキスした。
そして俺とひよりは、程なくしてこの竜宮城で婚礼を挙げ、いつまでもいつまでも幸せに暮らしたのでした。
めでたしめでたし。