ダンジョンに猫カフェを作ったら、魔王様に叱られた。今日も反省会がしんどい。
わたくし、いわゆる、生きているダンジョンというやつでございまして、冒険者を惑わすダンジョンを構築するために、日々頑張っているところでございます。
ですが、本当の本当に、魔王様のお役に立ちたいと願っているのに、今日もまた反省会です。正直しんどいでございます。
「待てど暮らせど、一向に、冒険者がこないのだが」
玉座からお立ちになった魔王様が、イライラなさったご様子で、こちらの壁を睨んでおられます。それはものすごい形相で。美しいお顔が台無しでございます。
「お前、今度は何をした」
「何をと申されますと」
最上級に怒っておられるのはわかります。
だからって、ダンジョンの壁に、剣をぐりぐり突き刺すのはおやめください。
わたくし生きている生物のダンジョンですので、多少は痛いのでございます。
「わかってるよな、生ダン」
魔王様はわたくしめのことを、アダ名で呼ばれます。本名は長すぎますので。
ちなみに、正式名称は、自律性自己複製移動物体式連続空間繁殖型過密ダンジョンでございます。発見された研究者に付けられた識別名でございますが、長すぎてわたくしも時々忘れそうになります。
「今度やらかしたら、お前との契約は打ち切ると約束したよな」
そんな殺生な。
魔王様がまだ幼き頃に、たまたま森の奥でわたくしを発見されてから、ずっとお慕いしておりますのに。
「俺様は、これまで我慢してきた。お前が冒険者に感情移入して、クリアしやすいようにと、罠の仕掛けにヒントを描いてまわった時も。初めての冒険者には、宝箱でフル装備が揃うように出血大サービスをした時も」
「そんなことも、ございましたね」
「確かに俺様は言った。お前がどんどん仕掛けを簡単にして、モンスターどもに休みを与えて、ダンジョン攻略を簡単にして、ほいほいラストフロアまで通過させるせいで、いつも元気いっぱいな冒険者たちと戦う羽目になって、ものすごく困ってると。ダンジョンの意味がないだろうと。だからって、誰も来られないようでは、魔王の仕事がなくなるではないかっ」
先月までは、しばらく連戦続きで、「これではまるでブラック魔界だ」と文句たらたらで、あんなに怒っておられたのに。今度は戦う相手がいないから暇すぎると、お叱りを受けるなんて。
まったくもって魔王様ったら、わがままなんですから。
とっても可愛らしいです。食べちゃいたいです。
こう見えて、わたくし面食いなのでございます。魔王様に初めて出会った瞬間、一目惚れいたしました。
漆黒の艶やかな髪。赤い瞳。力強い二本の角。覇気を放つだけで、冒険者様を魅了して動けなくさせるという、カリスマ性にあふれた端正なお顔。惚れ惚れするほど長い足と、均整のとれた筋肉。赤と黒のマント。ミスリルとアダマンタイトで作られた最強の鎧と盾。炎と雷を帯びた鋭い魔法剣。
何もかもが素晴らしい。
やはり魔王様、最高でございます。
これまで使役してきた、どの魔王様より見目麗しく、思わず食べそうになったところを、完膚なきまでに切り刻まれ、その強さにも惚れました。
一生、魔王様のために働くと契約を行い、それ以来、ずっとお慕いしております。
なのに、どうしてこんなことになったのでございましょうか。
「もしかして、アレ、の影響かもしれません」
「アレ?」
このフロアにつながる扉の向こうから、ニャーという声が聞こえてきます。
「実は、ラスボス戦前の休憩所として、回復の泉を作ったところ」
「おい、敵に塩を送るなっ。いい加減にしろ」
魔王様がさらに高速に、剣で壁をザクザクなさいます。痛いでございます。かなりえぐれてまいりました。
「塩ではございません。むしろ甘い味のする水なのですが」
「そういう意味ではない。俺様と戦う前に、相手を元気にしてどうするっ」
「もしかして、魔王様は、ボロボロになった冒険者様と戦う方がお好きなのですか」
「いや、まぁ、そういうわけじゃ」
魔王様の剣が止まりました。
わたくしは知っておりますよ。
魔王様の前までたどり着いた冒険者様が、必ず全回復できるようにと、こっそり回復水を瓶に詰めて、このフロアの扉前に、わざわざ人数分だけ落としていることを。だいたいは怪しんで飲んでいただけないのですが。
素直に負けを認めた場合は、命までは取らずに、地上まで転送魔法で追い返していることも、存じ上げておりますよ。
魔王様は、お優しいのです。
「わたくしは、魔王様が、正々堂々と冒険者様と戦っているお姿、大好きでございますよ」
「いや、まぁ……うん、俺様は強いからな。当然だっ」
少し照れておられる魔王様は、本当に可愛らしい。食べてしまいたいぐらいです。また切り刻まれるとは思いますが。あ、でも、すでにわたくしの中にいるという意味では、もう夢は叶っているのかもしれません。
「で、その泉がどうした」
「実は、蚊が大量に発生いたしまして」
「お前の管理が悪いんだろうが」
「それが、イヌハッカという植物を植えると、蚊を近寄らせない効果があると、東方の国の冒険者様ご一行からお聞きしまして」
「だーかーらー、なんでお前は、撃退すべき相手と、雑談してんだよっ」
魔王様が、さらに高速で、剣を壁にザクザク刺されています。
痛い。痛い。痛いでございます。あ、そこはちょっと痛気持ちいいです。雷でビリビリしたり、炎であったかくなったり、わりといい感じでございます。さすが魔法剣でございますね。
「実はその植物、マタタビ成分が含まれているそうで。いくら追い返そうとしても、入って来ちゃうようです。気が付いたらこんなことに」
わたくしが自動で扉を開けると、回復の泉周辺には、お猫様がたくさん寝転んでらっしゃいます。
「仕方がございませんので、お猫様のくつろげるスペースを作って、テーブルなども配置し、休憩所のようにしたところ、冒険者の皆様がそこでくつろいでしまって」
「おいーっ」
泉の周りのテーブルには、冒険者様ご一行がニヤけたお顔で、お猫様と戯れてらっしゃいます。
楽しそうで何よりです。
「なんと言うんでございましょうか。あぁ、そうでした。東方の国で流行っていると言われる、猫カフェ、でしょうか? お食事も出すようにしたところ、最近は、あまりに冒険者様が、入り浸ってお帰りにならないので、時間制で銀貨をいただいておりますが」
「経営するなっ」
せっかく魔王様のために、お金を稼ごうとしただけなのに。また怒られてしまいました。
いつも余計なものを作ってしまうのが、わたくしの悪い癖でございます。
「あ、お猫様、そちらはダメでございますよ」
冒険者様が投げた手まりを追いかけて、お猫様がこちらのフロアの中まで走ってきました。
まだ子猫で好奇心旺盛なのか、あろうことか魔王様に近づいていきます。
「いけません、お猫様っ。危険です」
魔王様は、モフモフの動物は、あまりお好きではございません。
実は幼き頃に、お父上に武者修行をしてこいと、凶暴な獣のモフモフ族が生息する森に、捨てられたからでございます。
ゴリラとクマとライオンを合わせたような、とんでもなく凶悪なモフモフ族と戦い、何度も死にそうになりながら、モフモフ族を倒し、森の奥でわたくしと出会った頃には、モフモフしたものを目にしたら、秒で切り刻む技を身につけておられました。
なので外側がモフモフしていたわたくしも、切り刻まれた次第でございます。
魔王様が剣を構えました。
完全に、近寄る者を殺す目をなさっておられます。
ですが、お猫様は気にもせず、魔王様の足をよじ登り始めました。
ミャー、ミャーと可愛らしく鳴いています。
「なんだ……お前は」
万事休すだと思った瞬間、魔王様は剣をお捨てになりました。
わなわなと震えておられます。怒りのあまり、攻撃すらできなかったのでしょうか。
「魔王……様? 大丈夫でございますか」
わたしは魔王様から、子猫のお猫様を引き剥がそうとしたところ。
「触るなっ」
嫌いなものであっても、相手はまだ子供。情けをかけたということでしょうか。
やはり魔王様はお優しいのです。それでこそ、わたくしの魔王様です。
素晴らしき主君には、ご奉仕をしなくては。
「なんだこれは」
「猫じゃらしでございます。一番人気のデザインです。その先っぽのフサフサしたところを、上下左右に動かしますと、いい感じにお猫様を操れます」
魔王様は半信半疑という表情で、猫じゃらしをお使いになっています。
徐々にコツをつかんだのか、子猫様も楽しそうに、右へ左へと飛び跳ねております。
いつもは無表情なことの多い魔王様も、心なしか口の両端が少しだけ上がっているように見えます。
こんな魔王様が見られるのなら、わたくしの余計なお仕事も、無駄ではなかったのだと思えてきます。
わたくしは魔王様を怒らせてばかりだというのに。尊敬の念すら感じました。感謝いたします。子猫様。
しばらくすると、地面を揺らすような、大きな鐘の音が鳴りました。
本日のダンジョンが終了したお知らせです。
魔王様のいらっしゃるフロアは、日が昇る朝になると、勝手に閉じる仕組みとなっております。
やはり魔王様は、夜の方が力を発揮できますので、そういう仕様になっているのです。卑怯なのではございませんよ。正々堂々と全力で冒険者様と戦うための、おもてなしというやつでございます。
自動で外の通路につながる扉が閉まりました。
おっといけません。うっかりしていましたが、これでは子猫様は元の部屋に戻れません。
子猫様が閉まった扉に、カリカリと爪を立てながら、心細そうにミャーミャーと鳴いています。
見かねた魔王様が、子猫様を優しく抱き上げました。
「……しょうがないな。今日は、一緒に上で休むことにするか」
「よろしいのですか?」
「きょ、今日だけだからな。飯は、こいつの分も用意しておけ」
「かしこまりました」
「お前も、こんなヘマはしないように、次から気をつけろよ」
寝室のある屋根裏部屋への隠し階段を、魔王様は弾むような軽やかさで、上っていかれました。
魔王様ったら、ツンデレなんだから。本当に可愛らしい。
ふと足を止めた魔王様は、一言申されました。
「あと、ちゃんとダンジョンとしての仕事をしろ。わかったな、自律性自己複製移動物体式連続空間繁殖型過密ダンジョン」
正式な名前を呼んでいただけたのは、何年ぶりでしょうか。
大好きです。魔王様。食べてしまいたいぐらいです。もう食べてるようなものですけれど。
できることなら魔王様と同じ人型の魔族に生まれたかった。そうしたらもっとご奉仕できるのに。
でもわたくしは、ダンジョンに生まれてしまったのだから、しょうがありません。
あれやこれやと工夫をしたおかげか、今では魔王様も、気が向いたときは屋根裏部屋で寝泊りをなされるようになられました。
子猫様を抱きしめた魔王様が、こんなに無防備に、寝息を立てて眠られているところを見られるのは、きっとわたくしぐらいでしょう。そういう意味では、わたくしは恵まれています。
鐘の音が鳴りました。お目覚めの時間です。
いつも魔王様のお食事は、わたくしの自家農園や農場で作り出した食材を利用して、古今東西のありとあらゆる美味しい料理をお出しすることになっています。
ゴージャスな霜降りお肉を贅沢に使ったハンバーグ、焼きたてのパンにはたっぷりのバターを。新鮮なお野菜のサラダに、暖かい具沢山スープ。デザートには甘いフルーツやケーキなどもご用意しております。魔王様の好きな物ばかりです。
屋根裏部屋から降りてきた、魔王様が叫びました。
「こらーっ。なんで冒険者どもがいるんだよっ」
テーブルにずらりと並んだ冒険者様たちが、夢中で料理を頬張っておられます。
実は料理の匂いが、扉の向こうの冒険者様たちのいる部屋まで届いてしまい、皆様がよだれを流して、このフロアを覗き込んでおられたので、ご招待してしまったのです。
床にはお猫様もたくさんいらっしゃってます。もちろんお猫様用のお食事もご用意してあります。がっついておられます。気に入ってもらえたようで何よりです。
「冒険者の皆様は、戻ってこない子猫様のことを心配なさっていたようでございます。ずっと徹夜ならぬ徹朝でお待ちになって、疲れておられるようでしたので。つい」
「つい、じゃねーよっ」
また怒られました。ザクザクと壁に剣を突き刺すのは、おやめください。
痛い。痛い。痛いでございます。
けれど、我慢、我慢です。
魔王様の肩に乗っている子猫様が、ミャーミャーと鳴いておられます。
冒険者様たちが、魔王様を見て、ニヤニヤと目配せをしています。「なんだ仲間じゃないか」と言わんばかりの目です。
ほらほら、バレバレでございますよ、魔王様。
「実は、本日は、東方の国の暦の上では、『猫の日』という記念日なのだそうです。せっかくなので、お祝いごとは、みなさんでしたほうが、楽しいのではないかと思いまして。やはりご迷惑だったでしょうか」
魔王様は剣を止め、わたくしめの壁を睨みつけ、冒険者様やお猫様を見比べて、むむぅと困ったような表情をされましたが、肩に乗った子猫様がぺろりと頬を舐めて、ミャーと鳴いた瞬間、デレデレと顔がニヤけました。
冒険者様たちの視線を感じたのか、ハッと我に返ったように、いつものポーカーフェイスに戻られると。
「こ、今回だけだからなっ。食ったら出て行けっ」
本当に、魔王様ったら可愛らしい。
そんな魔王様が、大好きでございますよ。
ですからわたくしは、今日も魔王様のために、頑張ってダンジョンをお作りします。
冒険者の皆様にも、楽しんでいただけることと思いますので、またのお越しをお待ちしております。