第32話 呪い
ニヤニヤしてる母さんに見送られて家を出た僕は、右に奈央ちゃん、左を藤宮さんに挟まれた状態で学校に向かってる。
嫌だったから本気の本気を出して全力で逃げようとしたのに、近くの電柱を使って屋根の上に行こうとした瞬間、母さんに捕まった。
「女の子に恥かかせるなよ?」
だって。
そんなことを口にアボカドを押し付けられながら言われたら言うこと聞くしかないよね。僕、アボカド苦手だもの。
ついでだし、奈央ちゃんに気になってた事を聞いてみようかな。
「奈央ちゃん、なんでさっき僕が睨んだ時に嬉しそうにしてたの?」
「……奈央、怒られるの好き」
ドMかな? ドMなのかな? よし、もうこれ以上は触れないでおこう。
「だから怒ってくれるたっくんが……好き。匂いも、好き」
「はいはい…………はい?」
「だから、彼氏のフリじゃなくてホントの彼氏になって頂きたいで候」
「え、嫌だ」
「愛・即・斬……」
いきなり何を言い出すんだろう。白目剥いてるけど放っておこう。ちゃんと歩けてるし。
「あ、あーっ! 奈央ちゃんズルい! あのね拓真くん! ボクも拓真くんの事好きなの! 彼氏のフリからなし崩し的にそのまま既成事実つくっちゃおうかな? って考えてたけど、やっぱりちゃんとホントの彼氏になって!」
「嫌だ」
「………………きっと雪菜にキスされたからだ。きっとそうだ。ボクの体の方がエロいのに……。きっと中学生の未発達ボディがいいんだ。あの女も胸小さいし。もっと体押し付けて挟んで包んで誘惑して洗脳しないと……」
え、そんな怖いこと考えてたの? 嫌だよ無理だよ。てゆうか妹さんとのアレは事故だからね? 事後じゃないからね? 洗脳って何!? それよりさ、二人ともなんで僕を好きになったのかも分からないんだけど。
っていうか僕言ったよね? 好きな人いるって。彩音さんが好きだって。
「でも、たっくんは奈央にハンカチとかくれたから、きっと本当は奈央の事好きなはず。あの女がいなければ……」
ハンカチあげてないよ? なんの話……ちょっと待ってよ? そう言えば昨日帰ってきた時ポケットに入れておいたハンカチが無かったような……。
「そうだよ。拓真くんはあの時ボクを助けてくれたんだもん。家族のことなのに助けてくれたんだもん。これはもう家族って言ってもいいよね。つまりボクの旦那さん。あとはあの女さえいなければ……」
勝手に家族にしないでくれるかな? それに別に助けた訳じゃないよ? そして二人とも【あの女】って誰のこと言ってるの?
「「渡瀬彩音さえいなければ……」」
……ちょっと二人とも? 彩音さんに何する気!?
「奈央ちゃん、ボクは決めたよ。あの女が余所見した時に電柱にぶつかる呪いをかけるよ」
「奈央は、風で流れる髪のせいで幾度も幾度もあの女の顔が隠れる呪いをかけるで候」
あ、うん。放っておいても大丈夫そう。むしろ危ないのは僕かもしれない。
そう警戒しながら歩いていると、いつもの脇道から渡瀬さんがスッと現れた。
「…………」
だけど僕の事をチラチラ見てくるのに何も言わない。昨日のことがあって気まずいのかな? よし、このまま行こっと。
「あっ……た、拓真っ……」
「なに?」
「えと、あの……おは……よ」
「うん。おはよう」
「っ! 〜〜〜〜っ!」
あれ? 行っちゃった。トイレかな。
「ミオリンあんなに急いでどこいくんだろ。トイレかな」
「きっと厠」
みんな同じ意見だからきっとトイレだね。我慢はダメだよ渡瀬さん。
それよりも僕には気になることが一つあるんだよね。それは──
「…………」
渡瀬さんが出てきた脇道の奥に立ってこっちを見ている彩音さんの姿。
人が二人通るのでギリギリくらいの細い脇道。その奥の影から僕を睨む視線。
その目は細く、鋭く、暗いハズなのに確かな光を感じる瞳。
その瞳に睨まれて僕は動けなくなる。
その時、突然吹き出した強風。その風は細い脇道へと収束して流れ込み、彩音さんへと向かう。
「ぷぇっ!」
風は何度も何度も彩音さんの長い髪を顔面へと叩きつけ、
「あうっ!」
視界を遮られた彩音さんは電柱にぶつかってしまった。
「ぴぇっ!」
痛そう……。どうしよう。これ、声掛けた方がいいのかな? でも……。
「拓真くん何見て──って渡瀬彩音じゃん。あんな所にしゃがんでなにしてるんだろーね?」
「…………」
「たっくん、早く行こ。たぶんあの女もお腹痛い。さすが双子」
「…………」
えっと……。
なんとなく近付きにくくてそのまま見ていると、彩音さんはすぐに立ち上がって再び歩き出す。
そして風が吹く。
「ぷぇっ! …………あうっ! ………ぴぇっ!」
……………………。
僕は少し前を歩く藤宮さんと奈央ちゃんを見た。
「うっそ〜ん」




