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天照れ 

掲載日:2022/02/12

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふみゅ、ふみゅ……うーん、バレンタインフェア限定のチョコレートケーキ、なかなかのお味ですね。

 例年通り、ただチョコを渡すだけじゃ面白味がないですからね。ここは放課後一緒にチョコレートケーキを先輩といただく作戦ですよ。

 こうすれば先輩を独り占めですからね。泥棒猫たちの目をかいくぐれるし、一石二鳥というわけですよ。くふふ。


 ――え? どうせ友チョコしようと思っていた子たちと、寸前になってケンカでもしてぼっちになったんだろう?


 ちぇ〜、先輩は本当にムードもデリカシーもないんだから。そこは演技でもいいから、後輩にくらっとくる演技とかなんとかで、うま〜く場を持たせてくれません? 

 なまじっか当たらずとも遠からずな推測で、余計にダメージ入れてくるし。む〜、ここはチョコクロワッサンも追加で注文です! ぷんぷん!

 

 

 ふ〜、おいしかった〜。甘いものを食べた後だとブラックなコーヒーもおいしく感じますね。

 お姉ちゃんの真似してコーヒー飲み始めたんですが、まだまだ苦みに舌が慣れなくって。あらかじめ砂糖でコーティングしないと、とてもとても。脂肪を減らすのに役立つと聞きますし、なんとか飲めるようになりたいものです。

 ていうか先輩、今日はかぱかぱ飲み過ぎじゃないですか? いくらお代わり無料だからって、そんな6杯も7杯も……。

 

 ――ネタに詰まって昨日から寝ていない?

 

 ああ、また構想中なんですね、新作。ぼちぼち先輩の恋愛ものとか読みたいんですけどねえ。しばらく予定ありません?

 ふーむ……じゃあドーナツ一個おごってください。それでネタ一個提供とかどうです?



 さっき話に出したお姉ちゃんから聞いたんですけどね。この世にはときどき、人間が作ったものでない料理やお菓子が紛れ込むようなんですよ。

 マンガだったら、いかにもげてものな見た目、突拍子もない味とか特徴があるもんですけど、すぐに判断がつくんですけどねえ。現実は見分けがつかないように仕込んでいくことがほとんどです。

 たいていの人はそれを一度や二度、口にしたところでなんということはありません。

 しかし、ちりも積もればなんとやら。何度も身体へ取り入れていると、ふとした拍子に異変が起こりうるのだとか。

 

 

 お姉ちゃんの友達に、早食いを信条としている人がいました。

 とにかくお腹が減るのが早い子らしく、学校は弁当食でしたが、重箱そのものなお弁当を彼は持っており、それぞれのコマの休み時間で一段を平らげるような食事をしていたそうです。

 移動教室の時などはさすがに食べませんが、次のコマの合間で2段を食べます。帳尻を合わせるためのその食事は、ひたすら口の中へ放り込んでいくスタイル。「噛む」という仕草をどこかに置いてきたような食べっぷりは、なにかの動物を連想させました。


 その景色に慣れてきたころ。お姉さんの周りでは少し不思議なことが起こっていました。

 仲のいい子たちで机をくっつけ合い、一緒にお弁当を食べるのはよくあるけれど、その輪に入らずひとりで食べる人も、ある程度はいますよね? いや、入れないだけかもしれませんが。

 件の重箱の彼もその口なんですが、クラスにもう一人。自分の席から動かず、お弁当を食べる女の子がいたそうなんですね。

 普段から目立たない子だったそうですが、それに輪をかけて食事中はおとなしかったとか。ただ、その彼女がはっきりしていることがあるんですよ。


 いただきますのあいさつ。これは絶対に欠かさなかったそうです。

「何を当たり前な」と思うかもしれませんが、実際、学校では多くないですか。何もいわずにぱくつき出しちゃう人。うちのクラスの男子はだいたいがそういう人なんで、少しは偏見あるかもですが。

 ただ彼女の場合、ただの「いただきます」じゃ済まないようなんですよ。


 ――神様に祈りでも捧げるとかか?


 あ〜、宗教的には大切な場合もありますね、それ。

 でも彼女の場合は、もっと手短だったそうですよ。


「今日もおいしそうですね」


 これだけです。ぽそぽそと話すから近くにいる人しか聞こえていないでしょうが、聞いた人には失笑ものです。

 作った人が目の前にいるわけでもないのに、誰を褒めるというのでしょう? 「こういう暗めな子、特有の独り言だよね」と、口さがない子たちは影で話すこともありましたが、何度も見ているうちに、お姉ちゃんには気づいたことがありました。



 彼女はときどき、食べ進める手を止めてしまうことがあるのだそうです。ご飯やおかず、それぞれ一品ずつ、最初の一口分を箸でとって呼びかけるんです。

「今日もおいしそうですね」と。

 日に何回もすることがあって、お姉ちゃんが気に掛けるきっかけとなったようですね。

 ご飯を乗せて「おいしそうですね」。しょうが焼きを乗せて「おいしそうですね」。ブロッコリーを乗せて「おいしそうですね」、とくる徹底ぶり。

 お姉ちゃんの友達は、そういう子とは距離を取りたい人ばかりだったようで。あからさまに音を立てながら、自分の座っている机を少し彼女から遠ざける素振りを見せることもありました。

 

 ――妙ね。あの子、一回だけあいさつしてすべて平らげることもあれば、すべての品にあいさつしていくこともある。いったい、何を考えているの?

 

 

 お姉ちゃんはもっと観察してみて、ようやくそれを見つけます。

 

 

 彼女が箸を一気に進めないとき。それは「おいしそうですね」と彼女が声をかけたあと、教室の窓にぽつりと水滴がつくんです。たとえ空が晴れ渡っていても。

 すると彼女は、一品ずつに声をかけていく。同じように水滴が窓に着けば取り下げ、水滴がつかなければ、口へと運ぶ。これはいかなる具であっても、避けようがない定めだったらしいわ。

 確証を得たころには、もうひと月ほどが経っている。にわかに興味をそそられたお姉ちゃんはこっそり話を聞こうとしたようですね。あの子をよく思わない友達が、結構いましたから。

 表だって聞くと、どんなことをいわれるか分かりませんし。

 

 けれど、その日はあの子が珍しいアクションを起こしました。3コマ目の休み時間にですね、件の大食いの子に話しかけたんです。

 大食いの子は、よく食べる割にはやせた体型だったそうですね。女子にとってはうらやましい体質ですが、彼は特にアスリートというわけでもありません。

 その日も前の時間の体育で食べられなかった、お重二段分と格闘しているところへ、彼女が席まで来て忠告したんですね。


「ちゃんとあいさつしている? あんまり食べない方がいいよ」と。


 彼女からの珍しい諫言に、彼も含めたクラスの数人がそちらを見やるけど、元より彼女へ目を向けていたお姉ちゃんは気づいていました。


 声を掛ける直前、彼女が「今日もおいしそうですね」と、ひと回り小さく、彼の食べるおかずたちにあいさつしていたこと。

 そして背後のベランダに通じる窓に、ぽつぽつと水滴がひっついたことを。

 食事を邪魔されて、いい気分になる人はいないでしょう。彼は「よけいなお世話」と手短に彼女を追い払い、またうつむいて重箱のおかずを頬張ります。

 その様子を数秒、見守っていた彼女がやがて静かに席へ戻っていくのを見て、くすくす笑う子たちもいたそうです。

 お姉ちゃんは黙って、一部始終を見ていました。

 彼女の避け続けたご飯。それを食べている彼は、大丈夫なのだろうかと。

 

 

 翌日の体育の時間。大食いの彼は、見事に転びました。

 短距離走だったのですが、スピードが一番乗ってきたであろう半ばで、石につまづいたのか前のめりに。かすかに宙を飛んだあと、何メートルも地面を滑ったそうです。

 滑っでできた軌跡の上には、彼の履いていたジャージの生地。その一部が散っていました。相当な勢いでこすったのでしょう。そして本人は突っ伏した姿勢のまま、動こうとしないのです。

 誰よりまず、ご飯にあいさつをし続けていた彼女が動きました。それにわずか遅れる形でお姉ちゃんが。他の人が寄ってくるより先に、ぐるっと彼の身体を仰向けてみます。



 あれほど派手に転んだにもかかわらず、彼には出血が見られなかったそうです。

 その代わり、盛大にこすっただろう彼の顔面。そしてジャージのちぎれた部分からのぞくひざなどには、大量のささくれができていたんです。

 けれど、人の皮のめくれには思えなかった。ひっくり返しただけでも、いくつかのかけらが剥がれ落ちたのですが、それがほんの先ほどまで潤い含む、肌についていたものとは思えない。

 技術の時間などで触れた、木くずたち。あれらのように乾ききって、カサカサしていたとの話です。


 保健室へ彼を運んだあと、彼女と二人きりになれたお姉ちゃんは尋ねてみました。あのあいさつについて。

 彼女いわく、お弁当のように食べる人が持ち歩きながら、蓋をしたり、荷物の中へ隠したりするご飯に対し、ときどき自然がいたずらをするのだとか。彼らが自分たちでこしらえたものとすり替えてしまうのだそうです。

 一度や二度、食べたからといって、何かが起こることはまずありません。けれども花粉のように、その人の身体の許容範囲を超えてしまうと、一気にそれらが押し寄せてくる。

 おそらく彼の場合も変質が始まっている。いまは表層で済んでいるものの、これから短い間に食べ続けることになれば、身体の内から樹そのものになりかねない、と。


 そのすり替えを見抜くために、彼女はあいさつをしている。

 誰だって褒められればこそばゆいもので、それは自然も同じ。自分の照れを隠すために、ぽつんと雨粒に似たしずくを、そこへ垂らすのだそうですよ。


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