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第5話 車内

 

 賀久 源。日本のテレビ界の黎明期を支えた人物の一人。現役時代は並外れた演技力で日本の茶の間を沸かせ続けた。


 昔の俺の記憶が正しければ、今は舞さんが所属している少数精鋭で有名な事務所、『ニュークリエイト・エンターテイメント』というところの社長をしているはずだ。


 しかしまぁ、昔の俺はどうしてこんなにもコミュ力が高かったのだろうか。


 多少知っていたと言え、いかにも危ない顔をしたこの人に勇猛果敢にも話しかけたのだろうか。


 というか、馴れ馴れしく賀久おじちゃんとか言っちゃったけど、一回しか話したことないんだよなぁ。


 ……流石に東京湾に沈められたりしないよな?


「……ったく、久しぶりの休みだからってはしゃぎすぎなんだよ。すまんな、迷惑を掛けた」


「い、いえ、滅相にもございません」


「……どうした? 昔みたいに気軽に話しかけてきていいんだぞ?」


「それこそ滅相にございません」


 こんな強面なおじ様にタメ語とか不可能だろ。ほんとどうなってんだ小学生の時の俺。


「そうか……人は変わるもんだな」


「本当にその節はすんませんっした」


「……なんか狂うな。まぁ、いい。舞の車で来たんだろ? 帰り俺の車に乗ってけ」


「い、いえ、舞さんだけのせてあげてください……」


「そんなわけにはいかんだろ。確か今高校生だろ? 男だといえこの時間は危ない。それにこれ以上、宮さんに背を向けるようなこたぁ、出来ねぇ」


 なんで5年前に一度あっただけのクソガキを覚えているのかも謎なのだが、宮さんって誰だ?


 しかし、俺のコミュ力的にも、賀久おじさんのパッシブスキルの圧的にも今それを聞ける状況ではなかった。


 なので素直に従い、車に乗せてもらうことになった。


 でも本当に東京湾に向かい出したらどうしよう。



 舞さんとは違い、助手席ではなく後部座席に座らせて来るあたり、俺みたいな陰の者に配慮してくれたのだろうか。


 意外と強面だけどいい人なのか? いや、そんなわけないか。


 なんて思いながら俺の肩にもたれかかっている舞さんの頭が落ちないように気をつける。


 別に俺が自ら率先してこの体勢にしたわけではない。断じて。


 俺と舞さんは二人後部座席に乗せられ最初、舞さんは窓にもたれかかっていたが、カーブで俺の方にもたれかかって来た、というわけだ。

 

 舞さんはというと、相変わらず居酒屋から爆睡中だ。しかし、今日1近づいているせいか、香水の良い香りが俺を誘惑してくる。

 

 まぁ、今この車内で何ができるという話なのだが。


 ……すいません。多分車内じゃなくても何もできないです……。


「寒くないか?」


 賀久おじさんが走行音だけが鳴っている車内の沈黙を崩す。


「あ、はい。ちょうどいいです」


 ここで何か世間話なんてできたらいいんだろうが、もちろんできるわけもない。


 だって怖いもん。普通に。


 再びの沈黙が始まる。まぁ、今までの車内でもそうだったから別になんともないが。


「そのー、演技は続けているのか?」


 沈黙にはもうさせん、とばかり話題作りをしてくれている。変な答えはしないようにしておかないと。


「あ、いや、お恥ずかしい話なんですけど、今までやめていて2ヶ月前くらいからまた改めて目指し始めました」


「……そ、そうか。それはよかった。頑張れよ」


「あ、ありがとうございます……」


 一瞬ルームミラーから賀久おじさんを見ると、なぜか少しほっとしたような表情を浮かべていた。


 疑問に思いもしたが、この人が見せる表情になぜか目が離せなかった。



「ここら辺か?」


 そんなこんなしている内に自宅の近くに車は停車した。


「本当にありがとうございました!」


 賀久おじさんにお礼を言い、もたれかかっていた舞さんと離れる。少し名残惜しくもあったが、後部座席に寝かせて舞さんが起きないようにゆっくりと車のドアを閉めた。


「気をつけて帰るんだぞ」


 運転席の窓に腕を乗せながら言ったせいか雰囲気が出てかなり怖かったが、顔は少し微笑んでいたのでかなり中和されていた。


「本当にありがとうございました! おやすみなさい」


 俺はそう言って頭を下げると車はエンジンを蒸して発進していった。


「今日はいつもよりどっと疲れたな」


 舞さんといい、賀久おじさんといい、今日は対人ストレスが多すぎた。まぁ、楽しかったけど。


 家に着くと時刻は10時45分。日課となった筋トレを少しばかりして、風呂などを済ませる。


 布団に入ると、いつもと違いなんだか幸福な気持ちになれた。


(久しぶりに人とたくさん話したから……かな?)


 そんなことを思っている内に俺の意識はゆっくりと沈んで行った。



「舞、いつまで寝たふりしてるんだ?」


 揺れる車内で結城舞はむくりと起きあがる。


「……いつから起きてたのバレてたの……?」


「バレてたって……背負われてた時には起きてたろ」


「うっそー。さすが元トップ俳優。なんか恥ずかしいじゃん。まぁ、別にいいけど」


「まぁ、理由は詮索せんから安心しろ」


「なんか言い方むかつくんですけど……」


「兎も角、あいつはどうだった? 今日一緒に演ったんだろ?」


「まず聞くことがそれって……どうなの? まぁいいんだけど。……変わってなかったよ。多少上手くなったくらい。呆れちゃって一回見ただけでもう終わりにしたけど」


「そうか……ならよかった」


「あ、それとオーディション受けるみたい。いつかは聞きそびれたけど、多分

近いと思うよ」


「それは楽しみだな」


「そうだね……はぁ、ライバル増えちゃうかな〜」


「ライバル? 一人だけだろ?」


「あ、そういうんじゃなくてこっちの話」


「……そうか。しかしまぁ……こりゃあ荒れるな」


「ふふっ、何カッコつけてんのよ。でもまぁ、確かに荒れるね。どれくらいの若い芽が潰れるかな」


「さぁ。でも確かに言えることは、舞の時の比にはならないだろうな」


「……それ本人の前で普通言う?」


「事実だろう?」


「……そう言うとこだよ。クソジジイ」


「だまらっしゃい」



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