第28話 お泊り③
「本当にごめんね? ひーくん……」
カーペットの上で正座をしながら顔を下に向ける舞さん。
「……もういいよ。でもあんなことは今後しないでくれると嬉しい」
「はい……」
まるで叱られた子犬のようにしゅんとしている舞さん。本当に反省しているのだろう。
「……じゃあ、映画見るんでしょ? 選んでおいたから見よう」
俺はあの箱の中から選んでおいた洋物のDVDを舞さんに渡す。
「うん。わかった……って、なんでこれが……」
「どうしたの?」
舞さんは俺が渡したDVDを見て、ボソボソと何かを呟いている。
「これって確か…………やっぱりこれはやめておかない? ほら、他のも沢山あるんだし……」
「え、何で……?」
もしや。
「舞さん、この映画苦手なんだぁー?」
俺は先程までされていた悪魔的な笑みを浮かべ、舞さんを見る。
「いやっ、そういうわけじゃないんだけど……その……」
「はいはい、わかったから……。でもそれで決まり! 変更は絶対に無し!」
「うぅ……もう、ひーくん知らないからね!!!」
知らないからね? 何を言ってるんだ。俺はホラーもスプラッターもいける口なんだ。苦手な映画なんてものはこの世に存在しない。
あぁ、楽しい。やり返しをした快感が、ゾクリゾクリと身を震わす。
「早く見ようよ!」
DVDを持って渋っている舞さんに発破をかけ、行動を急かす。舞さんはため息をついてプレーヤーにDVDを入れる。
「もう……本当に知らない……」
舞さんは冷蔵庫に足早に向かい、コンビニで買っていたお酒を手に取って再びこちらへと歩いてくる。
そしてまるで地震を起こすつもりなのか、と言うほど勢いよくお酒をテーブルに叩きつける。
叩きつけながら俺を紅潮した顔で睨んで来たが、全く恐怖を感じない。というか、感じるのはまるで優越感だけ。最高だ。
ぷんぷんしながらも俺の横に座り、映画もまだ始まっていないというのにお酒のプルトップを開ける。
缶を叩きつけていた影響からか、炭酸はまるで火山が噴火するように溢れ出す。
「あっ、あわわわわ」
はぁ、普通あれだけ叩きつけたら炭酸が入っていない方を飲むだろう、なんて思いながら目の前にあったティッシュを数枚手渡す。
まぁ、当然未成年なのでどれに炭酸が入っているのか、そもそも炭酸が入っていないお酒を買っているのかもわからないのだが。
「はい」
「あ、ごめん……ありがと」
ティッシュを受け取った舞さんは、ホットパンツから露わになっている太ももに落ちたお酒を拭き取る。
その姿は妙に妖艶で、男を寄せ付ける魅惑のフェロモンがこれでもかと出ているような気がした。
ちょうど舞さんが拭き終わった頃、本編らしきものが始まった。
見たことのない放映会社のロゴが出てくると、次は訳のわからないロゴが画面に映ったり、いなくなったり。
ついに、映画の本当の本編が始まったようで、ヨーロッパの街並みが突如として映し出される。
そこに主人公らしき人がこれまた突如としてアップされる。画質は少し古いが、見れないほどではない。
というか、いつもは最近のものばかり見ていたせいで新鮮味すら感じる。
映画の始まりにワクワクしていると、隣から勢いよく喉が鳴る音が聞こえる。
隣を見ると舞さんは、手を止めることなくハイペースでお酒を飲んでいた。
早速、先程こぼした一缶を飲み干した舞さんは、その手を緩めることなく次の
予め準備していたお酒に手を伸ばす。
「そ、そんなに勢いよく飲んで大丈夫なの……舞さん?」
「大丈夫……自分のギリギリは知ってるから……」
そう言った口は、次から次へと喉を鳴らしてお酒を胃の中に流し込む。
まぁきっと、自分の苦手な展開を酔って乗り越えようとしているのだろう。
それを止めるほど俺は悪魔じゃない。
どんどんシーンが進んでいくごとに減ってゆくお酒。
30分ほど経つと、さっきまでそこそこあったお酒が、いつの間にか1、2本になっている。
舞さんは手に持っている缶を顔と共に上にあげ、残りの僅かな水滴を飲もうとする。
そして、その缶をテーブルにおいた後、舞さんは突然立ち上がる。
「舞さん? どうしたの?」
「……私ぃ、この後のシーン苦手だからぁ……」
絶妙に呂律が回っていない舞さんを見て、やっぱりそうなのかと思う。
お酒のせいか、それともこの後の展開のせいか、少ししょぼくれている舞さんを見て、少しばかり後悔した、その瞬間。
「だからぁ、ここに座らせてね」
そう言って、突然、足を伸ばしてカーペットの上に座っていた俺の上に、抱き合う形で俺の太ももの上に座ってくる舞さん。
隣に座っている時からしていた、お風呂上がりの良い匂いが至近距離で鼻を抜ける。
「ちょっ、舞さん!?」
無視しているのか、それとも単純に耳に入っていないのか。
舞さんは俺の言葉を気にせず、腕を背中に回し抱擁の形になり、俺の肩に頬を預ける。
舞さんの妙に熱くて荒い吐息が首筋を掠める。
それに月子ほどではないにしろかなり大きな胸と、のぼせそうなほど熱い体温が、余すことなく俺に押し付けられている。
「じゃあ……このままでね」
相変わらず寝ているわけではないのだろうが、熱い吐息が首に掛かっていてこそばゆい。
まさか、この状態でこの映画が終わるまでこの体勢なのか……色々と大丈夫かな、俺。
それから5分ほどが経ち、全くと言っていいほど進まない物語に少々飽きてきた、その時。
ホテルに泊まっていた主人公と、ホテルの女従業員とのベットシーンがなんの前触れもなく、突然始まった。
部屋に響く喘ぎ声。即座に無言で音量を下げる俺。
「あーあ……始まっちゃったねぇ」
「っっっ!!」
吐息が首筋に当たるだけでもかなりのものだったのに、耳元で囁かれ鳥肌が全身を襲う。
「だから言ったのにぃ。やめとこう? って」
今の舞さんの声は、表現し難い卑猥さを含んでいて耳にも心臓にも悪い。
「妙に評価が良かったから買ってみたら、そっちの評価だけされてたの。この映画」
止まることを知らない舞さんの囁き。それと共に止まらない鳥肌。
舞さんの一言一句に体が過剰に反応してしまい、蛇に睨まれた蛙のように、喋ることも、動くこともできない。
「ねぇ、ひーくん」
熱い熱い吐息が、舞さんの囁きが、俺の体を快感へと誘う。
「映画と同じコト、しちゃおっか?」
肩に預けていた頭を俺の顔の目の前に戻す舞さん。
テレビからの逆光で表情はよく見えない。
「おいで」
立ち上がった舞さんは俺の手を掴む。その手はやはり、やけどしそうなほどに熱い。
舞さんに引っ張られ、俺も遅れて立ち上がる。
そして熱い手に引かれる俺。行き先は、言わずもがな。
先に着いた舞さんは座り、掴んでいた手を離す。
そして舞さんは自由になった手と腕を俺の目の前に目一杯広げる。
何となく、ここから俺はどうすればいいのか、この後何が起こるのかは分かる。
だけど、本当にそれでいいのか。俺の脳内の最後の理性がストップを掛ける。
「ひーくん。私じゃ……だめ?」
舞さんの、ねだるような甘い声色。
いつもなら何言ってんだと一蹴するこの状況。きっと俺もこの状況に酔っているんだ。
俺は差し出された腕に体をゆっくりと預け、舞さんと抱擁をする。
そのまま俺と舞さんは2人には狭いベッドに倒れこむ。
触れあう舞さんの体躯の熱さが、今だけは心地が良い。
キスも、何もせず、自分たちの温もりを感じ合いながら、ただただ抱き合う俺と舞さん。
その温もりはまるで、懐かしいような……そんなーー




