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悪役令嬢のわがまま




その次の葬式の日も、ロゼはボロボロととめどなく泣いていた。

その場にいる誰よりも泣いてはいたが、しっかりと前を見て、土を被せられていく棺を見届けていた。


そして夕刻から始まった葬式が終わり、集まった皆が名残惜しそうに墓地を後にしても、ロゼはその場にずっと佇んだままだった。

弔いに来てくれた人々の対応をしなくてはならなかった母親はその場におらず、静かな墓地にたった一人で立ち尽くす黒装束のロゼは、悲しい絵画のようでもあった。


それを見たキールは一度は帰りかけたが、何かに弾かれるようにロゼの傍に戻ってきてしまった。

何に弾かれたのかは分からない。

まだ一応は婚約者なのだし、ここでさっさと帰ったら不義理だろうかと思ったからだろうか。

いや、それは後付けだ。

本当の感情は何か別にある。

だがそれは幻想かもしれないし、今は考えないようにする。





「ハンカチ、使うか」


ロゼの傍に立ったキールはやっぱりなんと切り出せばいいか分からず、無難なところに落ち着いた。


「いらないわ。私、今日は5枚持って来たの。結局使ってないんだけど」


「そうか」


昨日と同じようにハンカチを使わず涙を流しっぱなしにしているロゼに対して、キールは小さく頷いた。


本物の婚約者ならば、ここで抱きしめて宥めたりもするだろうが、ロゼはきっとそんなことは求めていない。

それにキールも、自分がロゼの悲しみを緩和できるとは思っていない。


キールがそんなことを思った矢先、天地がひっくり返るほど意外なことをロゼが尋ねてきた。


「申し訳ないのだけど、貴方の手を、貸してくれない?」


「……手?」


「私に、貴方の手を握らせてほしいの。こんな日くらいは、私が嫌でも我慢してくれるでしょう?雨に降られたくらいの不運と思って了承して欲しいわ」


「それは、まあ、構わないが…………」


まさかと思うような発言がロゼから飛び出してきたことに心底驚いたキールは、しどろもどろに了承した。


あのロゼが、キールのことなど他の者と同じように興味なさそうだったロゼが、こんなお願いをしてくるなんて。

彼女は相当参っているのかもしれない。


キールがロゼの細い手を掬うように軽く握ると、「貴方、本当にこの上ないくらいお人よしよね」とロゼが安堵の表情を見せた。

一瞬のことだったが、それを見たキールは自身の体温が上がるのを感じた。


他の女性に笑いかけられた時にこんなに動揺したことは無い。

他の女性が身を寄せてきた時にこんな気持ちになったことは無い。


相手が悲しんでいるのにこんな感情を持つなんてどうかしている。

相手はあのロゼ・ダークヘイトなのに、どうかしている。



「……」

キールは、ロゼの手を握っているだけで動けなくなってしまった。

ロゼの手は、壊れ物のようだった。

引き寄せたら、崩れてしまいそう。強く握ったら、すり抜けていってしまいそう。


身動きできないまま、でも沈黙に耐えかねて、キールは呟いた。


「君はその、何故手を?」


いつものキールは冷静だと言われることが多かった。感情の起伏も激しくなくて、動揺もあまりしない方だった。

だが今、自分が柄にもなくソワソワしていると感じる。


「何かに掴まっていないと、どこかに引きずり込まれそうな気がしているの。……もう手を離したい?残念だけど、私のそれが無くなるまで我慢してくれないかしら。もう少しで泣き止んで見せるから」


「そうか。俺は我慢はしていない……から、君は枯れるまで泣けばいい」


哀れな令嬢に優しくしなければ、人には親切にしなければと思って出た言葉ではなかった。

あれだけ苛々させられてきたロゼに対しての筈なのに、全くと言っていい程我慢しているという感覚がなかった。

ロゼが泣き終わるまで付き合ってやりたいと心から思えた。





そして結局、ロゼが泣き疲れても手はまだ繋がれたままだった。


ロゼがまだ危うそうな表情を見せるから手を放せないのではない。

早い段階で、もう引きずり込まれそうな感覚は無くなったので手を離していいとロゼに言われたが、キールは何故か手を離せなかった。

そして当のロゼも、自ら離れていくような素振りを見せなかったのでこうなってしまったのだ。


こうなってしまって、今は墓地から移動してダークヘイト家の客間の大きな長椅子に2人でもたれて座っている。

キールがちらりと隣を確認すると、間隔を空けて座っているロゼはぼんやりと天井を見ているようだった。



室内には暫く暖炉の薪が燃える音しか聞こえなかったが、やがてロゼが小さく呼吸して会話が始まった。


「ねえ。婚約者だからと言っても、名前だけでしょう。貴方はもう十分私に義理立てしてくれた。手を離してもいいのよ」


「この際だ、君がもういいから手を離せと言うまで付き合おう」


「へえ、なにそれ」


「あれ、言わないのか?手を離せと」


何となく隣のロゼの纏う雰囲気が穏やかなことを感じて、キールは少し悪戯っぽく言ってみた。


「私が言わなくても貴方が離せばいいのよ」


なんだそれは、とキールは小さく笑った。

ロゼが「じゃあ言うわ、さっさと離して」と手を振り払わなかったことが思いがけず嬉しかった。




「……離さないの?こんなところで油を売って、貴方はそんなに顔も良くて親切なのに、他に遊ぶ女性もいない程暇なのかしら」


「そうだな。俺はモテなくて暇だからな」


「あら、私がさっき言ったことは皮肉よ。分からなかったの?貴方が色々な女の子にダンスに誘われたりデートに誘われたりしてるの、知ってるんだから」


「知ってたのか。君は俺のことはまったく気にしてないと思ってた。でも気になってた?」


「まさか、気にすると言うほどのことではないわ。ただ、廊下を歩いていると勝手に耳に入って来るだけよ」


少しつっけんどんな言い方をされたのでキールが横を向くと、ロゼは慌てて俯いた。

もしかしたら彼女は、態度には全く出さないが、キールのことを少しは気にかけていたのかもしれない。


……なんだ。


目を細めたキールは、ほんの少しだけ握った手に力を込めた。


「誘われはするけど、全部断ってる」


「こ、断らなくったって、別にいいのよ。名前だけの婚約者なのに貴方の交友関係を狭めるなんて、私したくないわ。後から恨み言を言われたら嫌だもの」


「そんなこと言わない」


少し前まで婚約者と言うのは、どの女性とダンスもデートも行きたくないキールが令嬢たちを遠ざける為に使っていた手段だった。

だけど、今なら他の男性の気持ちが少し分かる気がした。

婚約者がいるのだから他の女性と出かけるなんて不義理は出来ないだけでなく、好いた婚約者と行きたいと思うから、他のどの女性とダンスもデートも行きたくないのだ。





「へえ、言わないの。まあ常々思っていたけど、やっぱり貴方は不可解な人間ね。まったく意味不明で新種の生物みたいだわ」


「なんだそれ」


変な冗談が言えるくらいには回復したのだろうかと思ったが、ロゼの横顔を窺えばそれがカラ元気なのだということが分かった。

この悪役令嬢なんて呼ばれているロゼも、父親を失って辛くて狂ってしまいそうなのを必死に抑えているようだ。




悪役令嬢な彼女の真意というのは、よく聞いてよく見てあげれば分かることだった。

でも長い時間、仮初でも婚約者だったのに、キールは知ることを放棄していた。

知ることを放棄して、でも一方的に彼女は自分ににこりと笑うこともしないと苛々していた。


彼女は、その辺の令嬢より少しだけ気が強くて少しだけ独りに慣れているだけで、皆と同じように大切な人を思って泣ける女の子だ。

こちらが構えていた武器を下ろして、少し近づいてみると分かる。

彼女は確かにツンツンしている。いや、トゲトゲしている。でもそれでも、可愛い女の子だ。







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