口の悪い悪役令嬢
「それでね、勇気を出してクリフ様をダンスに誘ってみたのだけど、忙しいからって断られちゃって……でも、忙しいなら仕方ないわよね、また誘ってみてもいいわよね?」
「ええ、また誘ってみるのがいいですわ。クリフ様もその日が忙しかった事をきっと悔しがってますわ」
「大丈夫ですわよ。まだまだ脈ありですわ。エリーさん、頑張ってくださいね」
小鳥がさえずる麗らかな庭園で、何人かの華々しい令嬢たちがお茶会を楽しんでいた。
そしてその中の一人であるエリーと呼ばれた令嬢は、たった今自身の恋愛の経過を友人に報告し終わったところのようで、他数人の令嬢達から「頑張れ」「次は大丈夫」と励まされていた。
そこには、「うん頑張る」と笑顔で頷くエリーとその友人とで、穏やかな空気が流れていた。
しかし、それにピシリとヒビをいれたものがあった。
和気あいあいと盛り上がる数人の令嬢達と同じテーブルでお茶を嗜んでいるにもかかわらず、その賑やかな場の雰囲気に一切馴染めていない令嬢が一人、カチャンと音を立ててティーカップをソーサーに戻したのだ。
「大丈夫、頑張ってって貴方たちほんと無責任ね」
大きなハンマーでも振り下ろしたかのように楽しげな雰囲気をぶち壊して溜息をついたのは、黒い吊り目に、真っ白い肌で黒い髪の令嬢だった。
背筋を伸ばして椅子に腰かけているその令嬢の刺すような視線に、その場にいた全ての令嬢が凍り付いた。
「そのクリフは貴方に忙しいと言ったのかもしれないけど、そんなわけないじゃない。公爵家主催のパーティに伯爵家長男のクリフが行かないわけはないのよ。貴方をエスコートしたくないから、咄嗟に忙しいと言ったに決まってるでしょ。ずさんな嘘だけど、それを真に受ける貴方も貴方だわ。エリーさん、貴方に脈はないわよ。諦めなさい」
「そんなっ……」
「ちょ、ロゼさん!いくら何でもそんなことを言うのは……!」
黒髪のロゼと呼ばれた令嬢の冷ややかな表情にエリーは涙目になって、そのエリーの友人たちはロゼを睨みつけた。
「そんなことを言うのは何?本当のことを言ったらエリーさんの更なる失恋話が聞けなくなるからやめてって?」
「そんな訳ないでしょう!私たちはエリーの事を心から応援しているわ!」
「へえ、だったらエリーさんは幸せ者ね。ただ頑張れ、大丈夫って馬鹿の一つ覚えみたいに言ってるだけの応援者が何人もいるんだもの。エリーさんの恋は何か奇跡でも起こって成就するに違いないわ」
「な、なんて言い方なの!」
「貴方、思いやりってものが無いの?」
「あら、脈なんてこれっぽっちもないのに、脈があるから大丈夫なんて囃し立てるのは思いやりかしら?そのクリフはエリーさんに気はなさそうだと正直に教えてあげるのは思いやりではないのかしら?」
涼しい顔をしているロゼは、眉をしかめる令嬢たちをぐるりと見まわして飄々と言い放った。
「エリーさんが振られるのなんて目に見えているでしょ。エリーさんが泣く結末を傍観するだけが貴方たちの友情だというのなら、それはそれで構わないけれど」
顔を真っ赤にして憤る令嬢たちは何か言いたげにこぶしを握ったが、それより先に涙をボロボロこぼしているエリーが立ち上がって叫んでいた。
「もうやめて!本当に何なの?!私、そんな話がしたかったんじゃないの!お父様に頼まれたから仕方なく貴方も招待してあげたけど、もう嫌!もう無理!帰って!」
こうして茶会の主催者の令嬢に泣きながら叩き出されてしまった侯爵令嬢ロゼ・ダークへイトは、皆から悪役令嬢と呼ばれている。
学園の大多数の令嬢達から嫌われ、大多数の令息たちから疎まれている。
それはロゼを構成するすべての因子が重なり合った結果だった。
美人ではあるが、綺麗という感想の前に怖いとかきついとかいう印象を相手に与えてしまう顔のつくり。
さらにロゼの人を見る視線はいつも刺すようで、やっと微笑んだと思ってもそれはとても冷たい笑顔にしか見えない。
そしてその容姿から受ける印象通り、ロゼは中々気の強い性格をしている。
蝶よ花よと大切に育てられ、慎ましく奥ゆかしく育った令嬢たちとは対極にあるような、きつくストレートな性格。
そして何より、口が悪い。
頼まれてもいないのに皮肉もポンポン言うし、嫌味も言う。
だからロゼと対面した令嬢のほとんどは泣き、令息は憤った。
幼い頃から可愛げがなく、それでいて馬鹿ではなかったロゼが本格的に悪役令嬢と呼ばれ始めたきっかけは多分、学園に入学したての頃だ。
何処かの偉そうな公爵令嬢相手に嫌味を言ってやったらすぐ泣いたので、もう知らないとばかりに放っておいたら次の日にはもう悪役令嬢と陰で呼ばれ始めていた。
おかげで、学園に入ってからもロゼには友人がいない。
悪役令嬢と仲良くなりたい人間はいないし、小さい頃から一緒に遊んだ女の子たちをことごとく泣かせてきたので、幼馴染のような腐れ縁の友人もいない。
友人なんて、ただの一人もいない。
ロゼは友人がいなくても堂々としているが、本当はどこかで寂しいとも感じていた。
こうして口の悪いロゼにも苦笑いしながら付き合ってくれる聖人のような友人はどこかに落ちていないものか、と思ったりもする。
だが、そんな都合の良いものは落ちていない。
他の皆は簡単に友人をつくるのに、自分にはそれが果てしなく難しいことはとうの昔に理解した。
何が原因かは分かっている。全部自分が原因だ。
だが、それは直せそうにない。直し方が分からないまま、もうすでにそれは治らない持病のようなものになってしまっているのだ。
ロゼは、自分が優しさを見せるのは何となく気持ちが悪いと感じて生きてきた。
きつい外見できつい性格の自分が、優しそうに装って見せるのが果てしなく嘘をついているように思えて、不格好に思えて、どうしても変えられなかった。
しかしそんな悪役令嬢なロゼにただ一つ幸運があったとすれば、家族仲が悪くないことだ。
家族は、「友人がいない」とロゼがうっかり弱音を漏らしてしまうくらいには近い存在だ。
普段弱みを見せることをことごとく嫌うロゼがそんなうっかりをしてしまうのは、家族の前でだけだ。
そして娘思いの優しい父親はそんな寂し気な横顔を見せたロゼに対し、侯爵家のコネを総動員して令嬢とのお茶会にロゼも呼んでくれるようにそれとなく根回しし、常に娘に寄り添ってくれる母親は、友人ではないけどロゼの味方になってくれれば、と婚約者を無理やりに探し出してきた。
父親も母親も、ロゼを生んだとは思えない程明るくて友人が多い人たちだ。
彼らの頼みならばと一肌脱いでくれる知り合いが少なからずいた。
そう言う訳で、侯爵と懇意にしている親に頼み込まれた令嬢が、気が進まないながらも悪役令嬢なロゼをお茶会に招待してくれることがある。
招待されれば嬉しいのでロゼはお茶会に出席するのだが、お茶会の席にいる令嬢達はやっぱりロゼの事は嫌いなようだった。
それから無理矢理に取り付けられた婚約者も一応いるが、彼はロゼを嫌う令嬢たちと何ら変わらない。
いや、むしろ一か月に一回強制的にロゼと会うことになっているので、誰よりもロゼと交流しなくてはいけない彼は学園の誰よりもロゼの事が嫌いかもしれない。
作業の合間に衝動書きをしてしまいました。
拙いところもありますが、優しく見守ってくださると嬉しいです。ストレス発散してしまい、ヒロインの子が最初特に苛烈です。
はちゃめちゃですが、評価とかブックマークとかしてもらえると喜びます。
読み切りにするつもりだったので多分今日中に完結します。