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第三話 その24

 結局,ギルドでは大して怪我人は出なかった。むしろ怪我をした方が戦士として未熟だとからかい合うくらいの余裕があった。ウォーレンは報酬を受け取ることになり,俺とハルは騒ぎに集まった見物人達の間を抜けて回復術師のマルコの元へ向かった。

 着くとリリーが出迎えてくれた。マルコに促され椅子に座る。そうして腕を見せるよう言ってきたので,俺はほとんど罪悪感のようなものから「金がないので,申し訳ないのですが断りに来ました」と言った。昨日サシリーノに啖呵を切ってしまった自分の短気を後悔した。マルコは「知っているさ。さあ,腕を出しなさい」と言った。俺もハルも訳が分からずにいるとノックの音がしてリリーが入って来た。盆にマグカップが4つ,湯気を立てている。

「昨日のことなら街のみんなが知っているわ」

リリーが気さくなウィンクをした。

「全く,若いからかもしれないが,もっと自分を大事にしたまえ。さっきも爆発音が聞こえてきたぞ。どうせ君たちだろう」

「でも立派だわ。度胸がある」

「何事もなかったから良いがな。ただ確かに君の度胸は皆の認めるところだ。誰もサシリーノの横暴に何も言えんかったからな。すっとしたよ」

「せめてものお礼よ。あなた達から代金は貰えないわ」

 マルコとリリーはそう言って俺らに親切にしてくれた。腕と脚を治すと,完治したことに念を押して,「度胸も大事だがほどほどにな。治せる程度の怪我で済ませるんだぞ」と朗らかに笑った。

 その夜,再びバーバラに呼び出され,俺はウォーレンと待っていた。

 バーバラがやって来ると,部屋はたちまち甘い香りに満ちた。バーバラはゆったりとソファにもたれ,淹れられたチョコレートドリンクの上質であることを嬉しそうに語った。

 一通り話すと一息つき,沈黙が訪れた。バーバラは深く腰掛けたところから身を起こし,マグをテーブルに置くと,こちらを見据えた。俺もウォーレンも,つい身構えた。それに気付いたバーバラは手をひらひらと返したので,俺らはそろって肩の力を抜き,彼女の言葉を待った。

「今日も随分と騒いでくれたじゃないか」

バーバラはくつくつと笑いながら,あえて分かりやすい皮肉から話を始めた。

「あんたらが来てから街は大騒ぎさ。つい昨日のことだってのにね。でね,私らは集まって緊急会議さ。

 あんたらのことと,サシリーノのこと。あいつのことは前々から問題にはしていたんだけどね。誰もどうすることが出来なかったのは情けない話だね。それが急に解決しちまったんだから妙なもんで大慌てさ。その中心にいたのがよそ者のあんたらなんだから,街の人間としちゃあ無視できないわね。

 ウォーレン,あんた孤児院をやっているんだってね?」

ウォーレンは頷いた。

「私たちは知らなかったよ。あんな森の方に院があって,それも街の大人たちよりずっと若いあんたが経営してるなんてさ。うちの息子達なんかまだ旅に出ていないってのに」

バーバラは鼻を鳴らしながら,ちらりと俺を見た。

「ドリョク。あんたは転移者らしいが,転移者はみんな無謀者なのかい? 見ていてひやひやしたよ。転移者じゃなくても厄介事に首を突っ込まないだろうに。

 それにしても,街の大人達がどうしようもなかった問題を,よその,それもずっと若いもんが解決したもんだからこっちも黙っていたら面目がたたないやね」

 そう言うと,バーバラはマグを一口啜り,一息に捲し立てるように話し出した。

「ウォーレン,あんたの孤児院だが,街の方から寄付金を寄こすことにした。悪いが決めちまったからね,断ってもダメさ。

 それからあんたの子供達。みんないい子じゃないか。聞き分けは良いし,手伝いだって進んでやる。幼いのにしっかりしている。こっちは提案になるけど,時々街へ手伝いに来ないかい? みんな子供が来れば活気づいて嬉しいと言っていたし,森の中で学ぶこともあるだろうけど,社会で学ぶこともあるだろう。ただの手伝いじゃなくてね,私たちも面倒を見たいのさ。ウォーレン,あんた一人で全部やる必要はないんだ。私らも気付いてやれなくて悪かった。あんたの負担を,少しばかり大人に背負わせてくれないかい?」

ウォーレンは話の半分も理解していないような,呆然とした表情でずれ落ちそうな眼鏡を掛けなおした。バーバラは真っ直ぐウォーレンの目を見据えていた。

 ウォーレンはようやく口を開くと

「本当に良いんでしょうか?」

と言った。

「良いもなにもこっちでほとんど決めちまったよ。寄付金はいくらになるか分からないけど,あんたらが生活に困ることは無いようにする。

 子供達はまずうちの宿の手伝いから始めるってのはどうだい? うちの若いやつらはみんな賛成してるし,もう何を教えようかで盛り上がっているくらいだ」

バーバラは少し表情を緩め,ソファに深く座りなおした。

 ウォーレンは答えに困ったのか,何故か俺の方を向いた。

 俺は頷いた。ウォーレンの目が定まった。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ,よろしくね」

二人は握手を交わし,詳しいことは明日に話し合うことになった。

 夜も更け,部屋に戻ろうとすると,ウォーレンに呼び止められた。バーバラも,何の話か見当が付かないようだ。

「これ,本当は返すつもりだったんです」

ウォーレンはどこに持っていたのか,古びた巾着袋を取り出した。くたびれた口ひもが色褪せている。

「利子分しかないですけど,返すつもりだったんです」

それは真面目にも,サシリーノへ返済の為に,約束を守る為に集められた金だった。緩んだ口や破れた隙間から,汚れたりサビついた古銭が鈍い光を放っている。一つとして新しいものは無かった。

「少ないですが,ドリョクさん,受け取ってくれませんか」

差し出された袋に,俺は安易に手を伸ばすことなどできなかった。

 逃げるようにバーバラの方を見ると,こちらに微笑んで,頷いた。ウォーレンの方へ向き直る。彼はさっきと変わらず,俺の目を真っ直ぐに見ていた。

「……大切に使います」

俺は袋を両手で包むように受け取る。この袋よりもずっと多くの金が入った袋を持っていたはずなのに,これはそれよりもずっと重く感じられた。


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