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第三話 その22

 目が覚めると,身体が嘘のように軽くなっていた。全身に気怠い熱をもたらしていた右腕は,目に差し込む朝日を無意識に遮っていた。

 着替えて部屋を出ると,ちょうど起き出してきたのか,ハルと出会った。朝日はハルの周りに永井をしているようだった。二人で顔を洗い,俺は身体の調子を確かめるのもかねて軽く走ることにした。ハルもついて来ると言うので一緒に行くことにした。ハルは羽を出して,地面を滑るようについて来る。朝の澄んだ空気と,白い朝日が心地良い。ハルの羽は時折鈴のような美しい音を立てて空を切った。


「ハルね,お願いがあるの。努力と一緒に努力してもいい?」

宿に戻る道中,ハルは言った。

「ハルは何か努力したいことがあるのか?」

ハルは少し考えて,

「“努力”がしたい」

と言った。続けて

「この前ジェロと一緒に柔道をやったでしょ? ハルも,努力と一緒に何かやりたい」

努力の概念がないこの世界に住むハルだからこそ,努力という行為が珍しくて体験したいと思うのだろうか。

 俺は少し考えた。

「努力したいって言ってもなあ……。ハルは何か出来るようになりたいこととかあるのか?」

「出来るようになりたいこと?」

「そう。新しくできるようになるでも,今までよりも上手になるでも」

ハルはうーん,と唸って,何か思いついたようにぱっと目を開くと

「ハルね,羽をもっと上手に使えるようになりたい。他の妖精の子はみんな上手なんだけど,ハルは上手じゃないから……」

「わかった。それじゃあそれにしよう。これからは,一緒にやろう」

ハルは嬉しそうにした。


 食堂は子供の声でいっぱいだった。バーバラは忙しそうにしながらも,他のスタッフと一緒に,楽しそうに料理を運んでいた。

 朝食を食べ終わると,子供達は習慣のためか,食器を一人一人が片付け始めた。仕事を失ったスタッフ達は呆気にとられ,他の客は物珍しそうに子供らを観察し,バーバラは感心したように微笑みながら子供達を厨房へ案内した。

 そんな時,ガチャガチャと音を立ててやって来る男がいた。長剣を腰に下げ,頑丈そうな胸当てやブーツをまとっている。食堂には似合わない,物々しい雰囲気がある。それからもう一人,若い男が付き添うようにやって来た。ギルドからの呼び出しだった。

 街の中央には一際大きな建物があった。そうしてガヤガヤと騒がしいのも,街の中では一際だった。

 俺らが中へ入ると,けたたましい会話がボリュームを下げたように静かになっていった。鎧や長剣,斧,大弓,槍,どれもその一つで殺気を放っているようなものを,普段着のように軽々と身に付けた強面達が俺らに珍奇な目を向けている。その視線が,俺らの場違いであることを示していた。正直,恐い。それはウォーレンも同じようだった。

 マリアだけは何でもないようで,真っ直ぐに正面にあるカウンターへ向かうと,

「討伐報酬を貰いにきたわ」

と腰元から石柱のクリスタルを取り出しながら,あけすけに受付の若い男に言った。クリスタルが取り出されたとき,少しざわめきが起きた。受付の男は思い出したように奥へ入っていくと,白髪の初老の男を連れて戻って来た。初老の男は身なりが美しく,貫禄を備えていた。

「森の死骸は全て確認した。君がやったのか?」

男はゆっくりと口を開いた。

「いいえ,私じゃなくて,こっち」

マリアは言いながらウォーレンを引っ張った。ウォーレンは緊張で顔を強張らせている。男は訝しがるようにウォーレンをじっと見た。遥か高みから見下ろすような,鋭い視線だ。

 不意にその視線は俺に向けられた。射竦められるというのはこのことを言うのかもしれない。俺は思わず息を飲んだ。

「そっちの彼は?」

「アームドアームを倒したのはあれ」

「単独で?」

「昨日説明したはずよ」

男は深く溜息をついた。

「俄かには信じられないな」

マリアがクリスタルを握り直すのが見えた。

「死骸の数は,ゴブリンが三十四,コボルトが十五。この数は優秀な戦士でも無事では済まない。加えてアームドアームの討伐。それほどの実力者なら,我我ギルドの耳に入らない筈がない。それが肉体的に未熟な若者ならばなおさらだ」

俺らのみならず,ギルド内の全員が男の言葉に耳を傾けていた。

「嘘を吐くメリットはないわ。昨日だってそう判断したから報酬をくれたんでしょ?」

「アームドアームに関しては不可能ではないと判断したんだ。ゴブリンの群集も加わるとなると事情も変わってくる。君のギルド許可証も怪しまなければなるまい。いくら才能があるとはいえ,そのクリスタルは易々手に入るものではない。性が女で,年齢も受験資格以下だ。これだけのことが重なれば,盗んだと考えるほうが自然になる」

「許可証に関して言えば,私には特例が出たわ」

「それにしてもだ。偉大な才能があったとしても,あまりに話が過剰に出来上がっている」

二人はカウンター越しに睨み合った。誰もがその行方を見守っている。

「なら,ここで証明する? 誰でもいいから私とやる?」

マリアの挑発は流石に歴戦の戦士たちのプライドに火をつけたらしく

「調子に乗るな!」「やってやろうじゃねーか!」「可愛いからって許されると思うな!」と怒号が飛んできた。

「コホン!」

初老の男が咳払いをすると,場はまた静まりかえった。

「その必要はない」

「どうして?」

「なぜなら君の主張では,ゴブリンの群れを倒したのは君ではなく,そこの男だろう」

そう言ってウォーレンを指差す。

「君の才能が我々の想像を遥かに凌ごうとも,そこの男がどれほどの者には関係がない。ギルド証も持たない彼をどう信用しろと言うのだ?」

「それは――」

初めてマリアが怯んだ。

「我々はギルドを管轄する上で組合員との信頼を考慮しなければならない。場合によっては昨日のアームドアームについても報酬を撤回しなくてはならない」

「そんな!」

マリアは戸惑いの声を上げた。それを見ていた戦士たちは少し溜飲が下ったのか,ニヤニヤしている。

 剣呑なこと空気は分かるが,この異世界での常識を知らない俺が下手に口出しをすれば話を複雑にするだけのような気がする。そもそも何が起こっているのか,何がいけないのかが分からないのだから黙っていることしかできない。ウォーレンも,あまり事態を飲み込めていないようで,困惑している。

 ジリジリした沈黙が続いた。突然

「よおよお。そいつらは信用ならないぜ」

場に不釣り合いな声が注目を引いた。声の主は徐に歩み出た。コウモリのようなコートを羽織っている。

 サシリーノだった。


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