第三話 その12
「ぐおおお!」
怪物はひどく猛っている。どん! ドン! と地面を叩き猿のように跳ねる。
怪物はまたも右腕を高く振り上げた。
「Effort!――Effect――on!」
再び叫び自らを鼓舞した。振り下ろされる右腕を叩き返すように受けた。やはり重い! だが一度経験したからか,さっきよりは重く感じない。歯を食いしばり,思い切り木刀を振りぬく。怪物の右腕を弾き,木刀は風音をたてて半円を描いた。
今度は紛れもないチャンスだった。真正面には差し出されたかのような,無防備な腹があった。俺は声を上げて胴を打つ。木刀が当たる瞬間に重みを感じたが,ふわりと力が抜けるような感じがすると,怪物がわずかに浮き,三メートルほど後ろへ飛んでいった。
ようやくまともな攻撃が入った。しかし怪物は今にも立ち上がろうとしている。人であれば致命打になったかもしれないが,相手は野生生物でかつ怪物だ。熊なども必ず銃で死ぬという訳ではない。つまりタフさが違う。ダメージが無いわけでもないだろうが,それほど有効打にはなっていないようだ。
「二人とも逃げろ!」
「努力は!?」
「俺はこいつを引き付ける!」
二人だけは何としても守らなければいけない。そんな強い意志のようなものが生まれていた。
ハルはエドを立たそうとした。しかしエドはますます頑なになり,カタツムリのように蹲ってしまった。「エド! 逃げよう!」ハルが励ましてもエドは岩のように動かない。エドはすっかり怯え,恐怖から心を閉ざしていた。
エドに対して腹が立った。どうして逃げてくれないんだ。今,危機に瀕している焦燥で寛容さを失っているにしても,この怒りを正当なものだと思った。こみ上げてきた怒りが喉元でマグマのように噴出を待っている。
落ち着こう。怒りに任せて怒鳴ってしまっては萎縮させるだけだ。俺は一瞬,ほんの一瞬だが目を閉じた。
「努力!」
ハルの声に驚き目を開く。さっきまで離れていた怪物がもう目の前にいる。脇を大きく開きあの大きな右腕を横に長く伸ばしている。
(なんだ……?)
俺は意図を掴めず躊躇った。答えはすぐにわかった。怪物は全てを薙ぎ払うように腕を振った。備える時間は無かった。左半身に大きな衝撃。音も光も無くなった。
弾き飛ばされ,木に激突した。視界が真っ白になる。急な眠気のような,耐え難い脱力感に襲われ,意識を奪われる。少しして目が覚める。視界の端に怪物が見え,そこから少し離れてハルがエドを引きずるようにして逃げている。
(助けなきゃ……)
立ち上がろうとした時,左腕に違和感があった。見ると肘から先があらぬ方向へ曲がっている。痛みは視覚を通じてようやく感覚の上にも表れた。
「うあああ!」
左腕が激しく痛みだすと,全身を打ち付けられた痛みが呼応するように疼きだした。思考が断絶されるほどの痛み。身体を動かせば激痛が生じ心を挫きにくる。左腕は折れているなら,仮に助けに行ったとして俺に何ができる? 合理的な考えが諦めへの誘惑をちらつかせている。それでも俺は身体を奮い立たそうとしていた。それはほとんど諦念への嫌悪からなる生来の抵抗だった。諦めるということだけは死んでもしたくなかった。
身体は必ずしも精神と照応しているわけではない。折れた骨は気合で治るものではない。今は木にもたれながらよろよろと立ち上がるのが精いっぱいだ。怪物は着実に二人との距離を縮めていた。
「E, Effort!――Effect――on!」
足は痛むが幸いに動く。せめて二人のところへ! 俺は地を蹴るが上手く走れない。怪物と二人の差は縮まっている。とても間に合わない。
(これまでなのか……?)
そう思った時,奥の藪から女の子が現れた。
「エドー。どこにいるのー?」
その声にいち早く反応したのはエドだった。
「ミリカちゃん!?」




