第三話 その11
「Effort――Effect――on!」
魔法が掛かる感覚にはだいぶ慣れた。胸の辺りが熱くなり,全身を目に見えない縄のようなものが巻き付いてぎゅっと締め付けてくるような感覚。途端に力が溢れてきて,この力感を体内から外へ,運動をもって解放したくなる。
迫り来る怪物は二メートル以上はある。その右腕は丸太のように大きく発達している。
恐怖はある。緊張と興奮で息が荒くなる。だが,木刀を構え,その機鋒の先に敵を見据えると,怪物が人型に近いのもあり剣道の試合を彷彿とし多少冷静になる。魔法はそれこそ人智を越えた力を持っている。だから目前の怪物が非現実的なものであっても,俺もまた非現実的な力を持っているということが勇気を奮い起こした。
怪物はもう目の前にいる。このまま横を通り過ぎるということもないだろう。
怪物は太く大きい右腕を振り上げた。
(来る!)
そのまま振り下ろされた右腕はまるで空が落ちてきたような迫力がある。俺はそれを木刀で受け止めた。
(重い!)
ずしりと重い一撃は想像を超えていた。多少の慢心があったかもしれない。実際魔法を使った状態であれば一抱え程の岩を軽々と持ち上げることができた。故に腕力には自信があった。しかし襲ってきたのはその自信を挫くような重さだった。このままではまずい。俺は身を捩り木刀の剣先を下げた。重心は坂を転がり落ちるように刀身を滑った。ずどんと地鳴りがした。元いた位置には怪物の腕があり,地面に大きな穴が空いた。冷や汗がどっと出る。
だが隙が生まれた。怪物は腕を振り下ろしたために若干前屈みになり,面が二メートルの高さから少し下がっている。俺はチャンスと思い上段に構え踏み込んだ。脳天に一発を叩きこもうとした瞬間,身体が地面を離れ,次の瞬間にはもの凄い勢いで宙を飛んでいた。俺は胴体に感じた圧迫感から何が起こったのか瞬間的に理解した。怪物は俺を掴んで投げたのだ。打ち下ろされた巨大な右腕が何故それだけで役目を終えたと決めつけてしまったのか。そう後悔すると同時に,俺は激しく地面と衝突した。背中を打って二三度水切り石のように地面をバウンドした。
「痛ってぇ!」
思わず声が出る。
勢いが死に,俺はうつ伏せになって止まった。顔を上げ,素早く辺りを見渡す。怪物は再び右腕を上げていた。
「うわあああん!」
エドが泣き叫ぶ声が聞こえる。刹那,美しい鐘の音のような音と共に黄金が瞬いた。ハルが羽を広げ,エドを抱えて跳んだ。怪物の攻撃を間一髪のところで躱した。
「ぐおお!」
怪物は野太い獣の声を上げ再び二人に襲い掛かった。エドは泣いてばかりで,身を固くしているのか,ハルは余り遠くへ跳べずすんでのところで躱している。
「Effort――Effect――on!」
俺は痛みを無視して,立ち上がりながら魔法を唱えた。全身に力が漲り,一歩踏み出すごとに景色が加速して横を流れる。スプリント走をするように腕を振り,脚を回す。怪物まで間近に迫った。ハルが懸命に羽をばたつかせ攻撃をかいくぐっている。そのたびにシャリンシャリンという音がする。怪物は夢中になって二人を捉えようとしていた。俺は木刀を構え背後から狙いをつける。しかし,木刀を構えた瞬間に魔法が解けた。
魔法が解けることは分かっていた。
剣道は間合いをすり足によって詰める。クラウチングスタートでよーいドンとはいかない。俺の魔法は努力経験のある行為にのみ有効だ。つまり全力疾走から剣道の型という存在しない連絡動作は,当然経験もなければ練習したこともない。だから努力の具現化は為されずに魔法が解けたのだろう。
だが魔法を唱えなおす余裕は無かった。二人から注意を逸らさせるだけで良い。俺は野球のバットを振るみたいに木刀を振った。
怪物は二人を目掛けて殴りかかっていたが,それは大きな風切り音と共に空を切った。
偶然にも俺のフルスイングは怪物の伸び切った膝裏に当たり,さながら膝カックンの要領で,怪物はストンと体勢を崩し,振った右腕の勢いでぐるりと一回転し,ずてんと尻もちをついた。
「努力!」
「ごめん,ハル! 二人とも無事か?」
素早く回り込み,二人を背にして再び怪物と対峙した。




