第三話 その9
朝食を終えみなで家事を行う。洗濯,床掃除,皿洗いなど。子供達が一人一人役割をしっかりと果たすから驚くほど早く終わった。
「では,外に行きましょうか」
ウォーレンが声を掛けるとみな嬉しそうに支度をした。今日は森の少し深いところにある木の実の群生地を目指すらしい。準備も整い出発となった。
日は少し昇って頭上近くまできた。みな花や木の実を見つけてはその名を確かめ合ったり,ウォーレンに食べられるのかどうか尋ねたりして歩いた。ほほえましい光景だ。一方俺はマリアからねちねちと小言を言われている。起こさなかったことを根に持っているのだ。
「アンタが起こさなかったせいでみんなと一緒に食べられなかったんだけど」
「変な膜があったから起こせなかったって言っただろう」
「私が悪いって言うの?」
「ならあの膜を張るなよ」
「嫌」
「じゃあ俺には起こせない」
「アンタに何されるか分からないから魔法を張ってんの」
「なら起こせってのも筋違いだ」
「起こしに来たんならちゃんとその目的を果たしなさいよ」
と,朝からこんな具合だ。マリアの中では何から何まで俺が悪いらしい。ここまでわがままな人間には出会ったことがない。しかしここで折れると今後調子に乗るかもしれないと思い,俺もぐだぐだと反論して今に至る。せっかくの散策を無駄にしている気がしてならない。
少し進むと突然マリアが真顔になって,ウォーレンを呼び止めた。ウォーレンも子供らも困惑している。
「何か嫌な匂いがする」
マリアが訝しんだその時だった。
木々の陰や藪の中から石や矢が飛んできた。これは覚えがある!
「ゴブリンだ!」
ウォーレンは素早く子供達の方へ駆け寄ると飛んでくる物との間に割って入った。
マリアは腰に携えた小剣を素早く引き抜くと,飛んできた石や矢を全て叩き落とした。
「グガァ!」
藪からゴブリンが何匹も飛び出してきてその背後からは再び石やら矢やらが飛んできた。
「protection!」
ウォーレンが叫ぶと厚いガラスのような正六面体の連なりが彼を中心に半球状に展開された。
「みんなこっちへ! 早く!」
子供達をそのドームの後ろへ集める。子供達の方へ飛んでいた物たちは子供らに当たる寸でのところでウォーレンの魔法に阻まれ地面に落ちた。ハルも子供らと一緒にいたので俺もウォーレンの後ろへ向かった。
ドームの内側から様子を見る。今も何かしらが飛んでくるが,どれもドームを突き抜けてはこない。
「みなさん大丈夫ですか?」
ウォーレンは魔法に集中しており,こちらから表情は見えないがその声は震えており焦りを感じる。マリアを除く全員がウォーレンの後ろにいた。
マリアはというと,一人ゴブリンの群れに立ち向かっていた。双剣を自在に振り,時に氷の足場を作り立体的に機動し,氷柱などを射出して圧倒している。場は完全にマリアが支配していた。その一連の動きに無駄はなく,この非常時にも冷静に対応している。息もあまり乱れていない。マリアの才能の高さはこれ以上ないほど明らかだった。
しかし事態は決して好転しない。
「ッ! 数が多い!」
マリアは小さく毒づいた。マリアの強さが圧倒的とはいえ,ゴブリンは際限なく湧いて出てくる。マリアがゴブリンの襲撃を抑え込み,そこからもれた攻撃はウォーレンの盾によって防がれているが,ゴブリンの数が減らない以上安全になったとは言えない。だがこのままマリアが押し切れればあるいは――。そう思った時,
「ウォーン!」
遠吠えのような声が聞こえてきた。荒々しい吐息もだんだんと近づいてくる。そしてその正体が明らかになった。
「コボルト――っ!」
マリアは忌々しそうに言った。それは狼のような体躯をしており体高も七十センチメートルはありそうなほどで大きい。一頭がグルルと唸りながら現れたかと思うと,二頭,三頭と数を増やしていく。マリアは氷柱で牽制したが,コボルトは上手く躱す。
コボルトの登場によりマリアは攻撃のリズムが狂い,次第に劣勢に追い込まれていった。俺はもっと早くに加勢すべきだったのだが,マリアが広く場を使っていたために,下手に出ていっては却って邪魔になると思い参戦しなかった。事実マリアは一人で圧倒していた。だがこうなってはマリア一人よりも二人の方が良い気がする。俺は木刀に手を掛け,加勢しようとした。その時,
「ねぇ! エドが居ないよ!」
誰が言ったかその言葉は一瞬にして場を凍らせた。




