第三話 その8
翌朝,胸に重みを感じ目を覚ますと猫が乗っていた。ウォーレンの猫だ。昨晩は暗くてよく見なかったが,丸々としていて貫禄がある,ような気がする。持ち上げて横にどかしても目を覚まさないあたりなかなか肝が据わっているようだ。
迷わないように気を付けながらランニングをする。朝の森は静かで澄んだ鳥の声がどこまでも飛んでいくようだ。差し込む陽光は翻ったカーテンのようで,その中をどこまでも走って行きたくなる。少し息が上がってきた頃に戻って来,素振りをする。最近は素振りのメニューを変えた。継続して同じ素振りはするが,回数を減らし,途中から魔法を使った状態で素振りをすることにした。魔法によって強化された肉体で同じ動作をすると,筋力が違うからその速さやキレに差が生まれる。その差に慣れていないと感覚の違いから思った通りの動きが出来ないのではないかと考えた。先日のユーキとの戦いでは必死で気付かなかったが,もし身体の使い方を知っていればもう少し優位にことを進められたのではないか。そう思ってからは素振りの間に魔法への慣れの時間を入れるようにした。理想は戦わずに済むのが良い。ただこの先も悪意のある者や,魔物と遭遇しないとも限らない。魔法の使い方を知るのは必要なことだと自分に言い聞かせ備えることにした。
ウォーレンが起きてきた。俺は素振りを止めウォーレンと共にキッチンに立った。
「よく眠れましたか?」
「はい,ありがとうございました」
ウォーレンはフライパンにベーコンを一杯に並べ
「朝早くから何をしていたんですか?」
と言いながら魔法で火をつけた。
「日課です」
俺はそう答え,パンを人数分に切り分ける。
継続は力なり。努力を信条とする者はみなこの言葉を金言にしている。継続は力なり,すなわち力とは継続なり。しかし力とはどこまでを指すのだろうか。生まれ持った資質も力なのだろうが,この言葉にはそういった土台となる部分については触れていない気がする。頭の良い人と悪い人が同じ時間勉強したら同じ学力になるだろうか。ただまあこの言葉の言いたいことはそういうことではないだろう。俺は継続でしか能力の培われない人間だから,筋トレやランニング,素振りを「日課」としてしまうしか力の付け方を知らない。日課と一言に言ってもこういう事情があるのだが,そんなことをいちいち説明しても仕方が無いから努めて何でもないような顔をしてそう答えた。
子供達を起こすよう頼まれ,皆を起こしに行く。もぞもぞと起き出す子もいれば,パッと目を開き走って顔を洗いに行く子もいた。ハルを起こす。昨日あんなことがあったから少し心配したが,何事もなかったかのようにいつもの快活な顔を見せるとみんなと一緒に顔を洗いに行った。子供組が全員起きて朝食の準備を手伝っているというのに,マリアは毛布にくるまったままだ。起こしてやろうとベッドに寄るとゴム風船のような不気味な感触にぶつかる。驚き距離を取るとシャボン玉のような膜が張っている。光の加減によっては気付きにくい。そういえば宿に相部屋になった時もこんな膜を張っていた気がする。もう一度,今度は指を尖らせてその中に入ろうと試みるもはじき返される。なんだこれ。めんどくせえ。
俺は大人気ないとは思いながらも起こさないことにした。文句を言われても無視をしようと決め込んだ。
テーブルにはサラダボウル,ベーコン,目玉焼き,パン,蜂蜜の入った壺が並んでいた。
「マリアさんは?」
「あー,なんか疲れてるみたいっす」
俺は小さな嘘を吐いたが胸は痛まなかった。
朝食はがやがやと進んでいった。子供らがベーコンの大きさで喧嘩して,それをウォーレンが自分の分をあげて仲裁したりした。彼らの日常に触れた気がした。
パンにハチミツを垂らし口へ運ぶその時,マリアが目をこすりながら部屋にやってきた。
「ああ,マリアさん。おはようございます」
「あれ? もうみんな食べてるの?」
マリアはピタッと手を止めた。
「ドリョクさんが起こしに行ったのですが,お疲れだったそうで」
ウォーレンが言うと,マリアはキッと俺を睨んで
「アンタ,ちゃんと起こしなさいよ」
と言った。俺は無視してパンを頬張った。




