第三話 その6
「勇者は剣を振り,魔法を操り,魔物たちを倒していきました。誰も手が出ないような手ごわい魔物であっても,勇者はその並外れた才能で圧倒しました。そうして勇者は希望の火を人々の心に灯したのです。誰もが彼を救世主と崇めました。
いつしか世界を覆っていた闇は魔王のいる魔王城の周りだけになりました。そして勇者は魔王討伐に出たのです」
きゃあきゃあと歓声があがる。
「勇者は魔王に問い詰めました。「何故人々を傷つける? 何故人々を苦しめる?」魔王は,そう言う勇者を見下ろし,「理由などない。ただ俺が気に食わないだけだ」と,こともなげに答えたのです」
子供達は一斉に魔王を非難した。
「許せないよ!」
「魔王はさ,みんなを苦しめてさ,それがなんかね,理由があるなら分かるのにさ」
「そうだよ。自分勝手だよなあ」
一通り言ってすっきりしたのか,やがて次を促すかのように静まり,ウォーレンが続けた。
「勇者は怒りました。「お前は悪だ! どこまでも自分の都合しか考えられない悪だ! 覚悟しろ,俺は,世界は,お前を許さない!」
勇者と魔王の戦いは長く続いたとも,あっさりと決着したとも伝えられています。ですが一つはっきりしているのは,勇者が勝ったということです」
再び歓喜の声があがる。
「こうして世界には再び光が戻りました。勇者は魔王を倒した後も人々にその豊富な知識を授けました。
私たちが今,平和に,そして豊かに暮らすことが出来るのも,全て勇者様のおかげなのです。日々,勇者様に感謝し,その勇気から学び,人と,自然を愛することを忘れてはなりません。そして,この英雄譚を後代にも伝えていくことで,勇者様の魂を,我々の心に受け継いでゆくのです。そうすれば,きっと今も勇者様が私たちを見守ってくださることでしょう。おしまい」
子供達は今日一番の歓声をあげた。部屋が割れんばかりに声でいっぱいになった。ウォーレンも額の汗を拭いふうと息をついた。
誰もがこの英雄譚に心を打たれている中で,一人の子があげた声が時間をぴしゃりと止めた。
「あれ? ハルちゃん,泣いてるの?」
飛び跳ねていた子も,手を取り合って踊っていた子らも,ウォーレンも,マリアも,皆がハルを見た。ハルは目を見開き,ぼろぼろと涙を零していた。そしてハッとしたかと思うと,涙声で俺のことを呼んだ。
「どうした?」
寄り添って聞くも頭を振るばかりで答えない。それから両手を伸ばして抱っこをせがんでくる。俺はハルを抱き上げた。腕の中でしゃくりあげ泣き止む気配はない。
「ねえどうしたのハルちゃん?」
「大丈夫?」
子供達が集まってくる。
「はいはい。ハルちゃんは少し疲れちゃったようです。みんなももう寝る時間ですよ」
ウォーレンは手を叩き注意を引くと,俺に目配せしてきた。ここは彼に任せよう。俺は小さく目礼し外へ出た。
外は白く明るかった。空にはおのおの違う欠け方をした月が三つ浮かんでいる。三つもあれば月明かりも強いはずだ。風がびゅうと吹くと,少し肌寒い。それだけに腕の中のハルは一層熱く感じた。
ハルはずっと泣いていた。ついには声を大きくあげて泣き出した。
「大丈夫か?」
ハルは頭を振り,またわんわんと泣く。
「どうしたんだよ?」
「わかん……ない。わかんないけど,とても悲しいの」
ハルはそれしか言わなかった。
泣き疲れ腕の中で眠ってしまったハルを,貸してもらったベッドに寝かし,ウォーレンの元へ行くと,温めたドリンクを用意してくれた。
「木の実と牛乳,それに砂糖を少しだけ混ぜたものです。疲れた日などに,みんなに内緒でこっそり飲むんです」
いたずらめいた笑顔に,少し肩の荷が下りた気がした。




