第三話 その4
「アンタ,本当に料理できるの?」
「おう。そういうお前はどうなんだ?」
「言っとくけど,私に出来ないことはないわ」
マリアの目はいつもよりきつく見えた。
「ならお手並み拝見といこうか」
「はあ? アンタが作るって言ったんだから私は関係ないわ」
やんのかやらんのか,と互いにメンチを切っているとハルが割り込んできて
「もう! 一緒に作れば良いでしょ! みんな帰ってきちゃうよ」
と言うので,流石に冷静になった。マリアはハルに叱られてちょっとだけしょんぼりとしているように見える。
改めて食材を確かめた。木箱に少し傷んだ野菜,壁から吊るされた干し肉,カゴには卵。ビンが並んで砂糖に塩,コショウがある。それからかまどが二つ。大鍋が一つ。フライパンが二つ。見得を切った手前それなりのものを作りたいが,言ったように凝ったものは作れない。一番得意なのは,と考えてみると卵焼きが思い浮かんだ。くるくると卵を巻く動作の習得に時間が掛かった分自信もある。俺は卵焼きを作ることにした。
マリアはというと,野菜の入った木箱を覗き込んでぶつぶつと何か言っている。俺は卵を溶き,フライパンを火に掛ける。マリアはハルを呼んで,一緒にじゃがいもや人参の皮を剥きだした。何を作るかは分からないが,二人とも楽しそうにしている。口を挟むのは野暮だと思い,俺は一人で卵を焼き始める。卵はじゅうと音を立て,一面に薄黄色が広がった。ヘラは準備した。後は焼き加減を見て巻いていくだけだ。と,ここで気付いた。今使っているのはフライパンであって玉子焼き機ではない。玉子焼き機は,四隅が四角に出来ているから,焼いた卵は長方形に延びて均一に火が通りくるくると巻きやすい作りになっている。しかしフライパンでは卵はクレープの皮のように円形に広がってしまう。これでは上手く巻けたとしてもあの金の延べ棒のような美しい立方体にはならない。困った。しかし既に卵は落とされ火も十分に通ってしまっている。もうこのタイミングで巻いて次の卵を投入し層を形成しなければならない。卵は無情にも焼けていく。表面まですっかり火が通り水分が飛び,光沢が失われ乾いてマズそうに見える。ええい,やるしかない。俺はへらを卵とフライパンの間に差し込み徐々にくるくると返していく。ああ。予想通りと言うべきか,卵は中央ばかり厚みを増し,両端はトイレットペーパーの芯みたいだ。これはもう仕方ない,と割り切って残りの卵も同様に焼いた。
出来上がったのはなんとも不細工な卵焼きであった。
ドアの開く音と共に子供達の騒がしい声が聞こえてくる。結局俺はこの不気味な卵焼きを3つ作ることしかできなかった。一方マリアとハルは鍋を火に掛けている。何を作っているのか確かめる余裕はなかったが,どうやら向こうも完成したようだ。
「わあ,良い匂い」
子供達が続々と集まってくる。
「ああ,みなさん,申し訳ありませんね」
ウォーレンが最後にやってきた。俺たちは大きく広いテーブルに食器やパンを並べて食事の準備をした。
一人一人に置かれた深皿に,マリア達の作った料理が注がれていく。
「ねえ,これ何?」
待ちきれずといった様子で子供達は席に着いては口々に思い思いの声を上げる。
「これは……ポトフでしょうか?」
「そうよ」
皿にはやや大きく切られた野菜がゴロゴロと並んでいる。
「煮込む時間が無かったから味は少し薄いかもしれないけどね」
「ハルも野菜切るの手伝ったんだよ」
二人に拍手が送られる。
「じゃああれは何?」
一人の子が中央に置かれたものを指差した。そこには黄色の円筒が鎮座していた。
「それは……なんでしょうか?」
ウォーレンがこちらを見る。
「……卵焼きです」
「ウォーレン,卵焼きって何?」
「僕も知らないですね。何ですか,ドリョクさん」
ポトフが通じるのに卵焼きは通じないのか。少し引っ掛かったが俺は簡単な説明をすることにした。
「卵を薄く焼いてから重ねていく料理なんすけど,ちょっと失敗しました」
マリアが怪訝そうに見てくる。俺は慌てて取り付けたように言った。
「味は! 大丈夫だと思います……」
「ふふ。楽しみですね。では皆さん,いただきましょうか」
「いただきまーす!」
部屋はたちまちに賑やかな声で満たされた。
「おいしい!」
「本当だ! ウォーレンのよりおいしい!」
ウォーレンは口に付けたポトフを少し噴き出す。
ポトフは好評だった。俺も一口口へ運ぶ。確かにうまい。塩加減がちょうど良い。口当たりが良く,一口二口とスプーンが止まらない。じゃがいもがデカいが,これはきっとハルが切ったものだろう。視線を感じ,見るとマリアがこちらを見てニヤニヤとしている。見つめ返すとふいと顔を逸らした。
「ねえ,卵焼き食べてもいい?」
隣に座っている女の子が聞いてきた。
「ああ,どうぞ」
俺は少し緊張していた。自分の作ったものを他人に食べてもらうというのはなかなか経験の無いことだった。ましてそれが異世界の人間であればなおさら不安に思うのも当たり前だと思う。
「変なかたちだね」
彼女はしげしげと切り取った卵焼きを眺める。そんな様子を見ていた他の子たちも感化されたのか自分の皿に取り分け始める。
「かたつむりみたい」
と誰かが言い,「うえー」と誰かが反応した。少し心臓が竦む。女の子がゆっくりと口へ運ぶ様を,俺は取り付かれたように見ていた。何度かかみしめてから,ようやく彼女は口を開いて
「おいしい!」
と言った。心底ほっとした。続いて他の子も「おいしい」「食べたことない味だ」と感想を言っていく。
「よかったね」
隣でハルが笑いかけてくる。俺は顔が緩むのを感じ,自然と笑ってそれに応えた。
「とても甘いですね。味付けは砂糖ですか?」
「はい。甘いやつとしょっぱいやつと,地域ごとに違いはあるんですけど,俺んとこは甘くするんです。口に合いましたか?」
「ええ! 気に入りました。後で作り方を教えてもらっても良いですか?」
どうやらウォーレンにもウケたようだ。マリアの方を見るとちょうど口に入れる瞬間だった。隣の子に「卵焼き,おいしいね」と言われ,「ええ,そうね」と愛想良く返しているのを見た。それを俺に見られていたことに気付いたのか,顔をキッとさせ睨んできた。威嚇か?
ともかく,夕食の時間は楽しいものとなった。




