プロローグ その4
しばらくして遊び疲れると,ボウリング場に隣接するフードコートで飯を食うことになった。相内は石焼ビビンバを持ってきて,石焼ビビンバに対する愛を語っている。俺は酒井と一緒に長崎ちゃんぽんを選んだ。酒井は一緒に出来上がりを待っている間,俺が尻に手を当てて穴を隠すように歩くのを見て,何度も笑ってはパチンと俺の尻を叩いた。高橋と真田はハンバーガーを買いに行ったはずだが,なぜか高橋だけが先に戻ってきた。遅れて戻ってきた真田はトレイに山積みのハンバーガーとポテトを載せてきて,あっという間に平らげた。俺は呆気にとられたが,みんなは慣れた様子で真田の食べっぷりを称賛している。そこには俺が避けて通ってきた友情の光景があった。
俺がそんな様子を観察していると
「なんだよ努力。どうかしたのか」
目配りの上手い高橋が,黙り込んでいた俺を気にかけてくれた。
「いや,こういうの避けてきたから。今日はなんか楽しかったなって」
不意な問いかけに,思わず素直な返事をしてしまった。急に恥ずかしさがこみあげてきて,顔が赤くなるのが分かる。
みんなは照れくさそうに笑っていた。
「これからも一緒に遊ぼうぜ。俺ら下手とか気にしねぇからよ」
相内は快活な笑顔を見せた。今日という日は,忘れることの出来ない日となった。
そろそろ帰る? と酒井がこぼすと,みなだらだらと立ち上がった。
「そうするか」
誰もが終わりを惜しんでいるのが見て取れた。俺は,この日がずっと続けば良いのになどと,センチメンタルな気持ちになった。
外はどんよりした雨雲の暗さから,すっかり夜を感じる暗さになっていた。すれ違う人々の様相も,来たときとは変わっていた。学生の数よりも,駅から流れてくるスーツ姿の大人たちのほうが多くなってきた。
雨は少し弱まった。相内と酒井は電車通学で,真田も家の方角が同じということで,三人は駅に向かって帰っていった。
「またな」
相内が大きく手を挙げ,酒井も小さく腕をもたげた。真田はなぜか親指を立てていた。
「また遊ぼうな」
酒井も真田も口々にこう言って別れを告げてきた。そこには単なる挨拶に終始しない,本音に近い願望めいたものがあった。
「ああ! またな。今日はありがとう!」
俺は喜びに酔っていた。一言二言,言葉を尽くしてもまだ足りない気がした。残ったのは俺と高橋である。しとどに濡れたアスファルトには小さな水溜まりが出来始めていた。
「俺らも帰るか」
高橋に促され,俺らは駅とは反対方向に歩き出した。
二人で今日のことを話し合った。高橋はどの話題にも楽しそうに笑い,俺の返答にも目を見て答えを待っていた。次第に駅から遠ざかり,住宅が多いところまでやってきた。
さらに進むと,そこには昔通っていた学習塾があり,今はちょうど小学生の塾生達が講師に別れを告げている。ぞろぞろと辺りを子供たちが埋め尽くし,黄色い声がこだまのように反響している。俺たちは話題がつきてきて,互いに生返事が混じる頃,高橋は突然声の調子を落として聞いてきた。
「今日,本当に楽しかったのか?」
それは不真面目な答えをすれば,即座に見切りをつけると暗に脅しているような声色だった。
高橋は立ち止まり,じっとこちらを見据えた。その真剣な眼差しに,俺は剣道の試合を連想した。俺は半身を翻し,真正面から答えた。
「ああ,楽しかった」
そして問わずにはいられなかった。なぜそんなことを聞くのかと。すると
「努力っていつも辛そうに見えるんだ。こんなこと言ったら悪いけど,努力って不器用だろ? よく先公にも怒鳴られてるし,部内じゃ一年達とどっこいだ。なんていうか,生きづらそうに見えるんだ。今までだって俺らのことさけてたろ? それは努力が気を使って誘いを断ってたのかもしれないって,俺たちは話したりしたんだけど,本当は今日だって,無理に付き合ってくれたんじゃないのか?」
彼はどこまでも優しい人間だった。しっかりと,そこらの大人よりも立派な目を持っていた。それでいて心根には少年のような純粋さが残っていた。