第三話 その1
シャツはじんわりと汗ばみ,さっきまで着ていた学ランはカバンに無理やり詰め込んだ。
エイブルを出て真っ直ぐに続く道をひた歩いているが,道中に太陽を遮るものはなく,転移してきたときよりも日差しが強くなったように感じるこの頃では,暑さもあり,疲れを意識しやすくなっていた。
少し足を休めたい。そう思った頃,ちょうど良いタイミングで大きな木があるのが見えた。木陰は地を真っ黒に塗りつぶしていて,そこはさぞ涼しいだろうと思われた。
「少し休憩するか」
「うん!」
ハルは木の下まで一気に駆けて行った。マリアはそんなハルを見て小さく笑みをこぼしていたが,俺の視線に気付くとふいと向こうを向いた。
その木は近くで見るとより大きく感じられた。幹は太く,上にたくさん伸びた枝がこんもりと繁った葉を重そうに支えている。
(この木なんの木気になる木~♪)
木の種類は分からないが,とにかく立派であることに違いはない。影に入るとやはり日が遮られていてひんやりとする。
カバンから水筒を取り出し水を飲む。内にこもった熱が汗と一緒に発散されたようで心も爽やかになった。
「ハルもー」
ハルに水筒を渡す。この水筒はアツシが餞別代りにくれたもので,見た目よりも多く飲み物が入る“魔法瓶”なのだそうだ。
ハルは満足したのか水筒を返してきた。俺はもう一口飲みふたを閉める。そして視線を感じる。少し離れた所,マリアは木に寄りかかりながらこちらを見ている。より正確には水筒を見ている。そして俺の視線に気付くとふいと顔をそむける。ハルは申し訳なさそうに俺のことを見た。ハルの考えていることを俺は瞬時に理解した。
「これ,渡してこい」
マリアには腹も立つし,理解できない理不尽さに困ることもあるが,自分の方が年上であるという自覚と,これは自分でも不思議な感覚であるが,ハルの前では穏やかでいたいという気持ちから自然と大人びた振る舞いを心掛けようという気になった。ハルに水筒を渡すと,ハルはマリアの元へ水筒を届けに行った。
「マリアもどうぞ」
「あら,ありがと」
マリアはハルに笑顔を向け,俺を一瞥するとわざわざ飲み口を拭ってから水筒に口をつけた。ケッ,なんだかなあ。
風が吹くと頭上からさらさらと心地の良い音がする。どこからか風に乗ってシャボン玉が飛んできた。
「わあ!」
ハルが嬉しそうにマリアの方へ走る。マリアは親指と人差し指で輪っかを作り,そこへ息を吹き込んでいる。するとシャボン玉がぷくぷくと現れては風に乗っていく。
「きれいだね」
「昔,ママに教えてもらった魔法よ。ほら,ハルも」
マリアは指で作った輪っかをハルの口元へ近づける。ハルは頬を膨らませ,ふーっ! と息を吹き付けた。それはたくさんのシャボン玉となった。
「あはは! 楽しいね」
ハルはマリアと共に,細かいものや大きなものを作って遊び始めた。
ふとマリアと目が合った。マリアはニヤリと笑った。
(私の方がハルを楽しませてあげられるけど? アンタはどうなのかしら? ん?)
そんな顔だった。
悔しいと思った。別にハルを取られたとか,そういう訳ではないにせよ,確かに嫉妬のようなものは感じたかもしれない。俺は何かないかと辺りを見渡し,ちょうど良いものを見つけた。
「おい,ハル」
しばらく経った頃,シャボン玉に夢中になっているハルを呼んだ。
「なーに?」
「プレゼント」
俺は背中に隠していたものをハルの頭に載せた。
「うわぁ! きれい!」
それは花輪だった。野花を摘んで編んだものだ。白や黄,紫や青など,様々な色の花からなっていて我ながら綺麗だと思う。あまり馴染みのない花だったが上手くできた。
「努力が作ったの?」
「おう」
ハルは花輪を掲げて日に透かして眺めている。マリアと目が合う。お返しだとばかりに得意顔をしてやるとマリアは悔しそうにした。
「ハルにも作れる?」
「もちろん。一緒に作るか?」
「うん!」
ハルに手元を見せては教え,ハルの小さな手に自分の手を重ねて動かしては教えた。
花輪作りは,男としては意外な特技かもしれない。だがこれも俺の不器用が招いた産物だった。
幼い頃から不器用だったが,それは俺一人の問題に留まらなかった。鬼ごっこ,かくれんぼ,その他色々な遊びにおいても不器用だった。そのうち俺は仲間外れにされた。俺が遊びを壊すからである。そんな俺に母は慰めるように一人遊びを教えた。花輪作りもその一つだ。花輪は良かった。いくら失敗しても野花は探せばいくらでもあった。ようやく自力で一つ出来た時,母は泣いていたような気がする。
とにかく,花輪作りが思わぬ形で活きた。ハルと一緒に作った花輪はやや不格好だが,それでも一つ出来上がった。ハルはそれを持ってマリアのところへ行くと,マリアの頭に載せた。
「はい,マリアの分」
マリアはそれまで退屈そうにしていたが,しどろもどろに受け取ると照れくさそうに笑った。
「マリアも一緒に作ろう!」
「え!? 私は――」
ハルはマリアの手を引いてこちらにやってくると俺の目の前で,教えたやり方をマリアに教え始めた。マリアは話を聞きながら時々俺を見て恥ずかしそうにしていた。
ハルがやり方を忘れ,上手く形にならない。俺は手頃な花を摘み,もう一度教えてやることにした。




