第二話 その16
二週間ほど経った。
エイブルには何事も無かったのように,平穏な時間が流れていた。
俺は疲労に倒れ,火傷の治療もあり長らくベッドの上で過ごした。熱が出て辛かったが,それ以上に火傷治しの軟膏があまりに臭いのが辛かった。正露丸を煮詰めたようなにおいで見舞いに来た人は皆顔をしかめて足早に帰っていった。ハルでさえしばらくは寄り付かなかった。その分(?)効き目はバツグンで痕も残らずに治ってしまった。
部屋に染みついた臭いも薄まって,体調が戻ったころ,アツシがやってきて事の顛末を話してくれた。
ユーキに奪われた可能性は無事みんなの元へ戻された。その後自警団に連れられユーキはバールバシラの転移者専用の牢に入れられたらしい。子供達は再び魔法が使えるようになり安心していたそうだが,新たに困ったことが起こったいう。なんでも,魔法を使わずにユーキを投げたジェロを見て新たに才能が芽生えたと思い,自分にも才能があるかもしれないと子供達の間で投げ合う遊びが流行っているらしい。「あれはジェロの努力の成果だ」とアツシがたしなめても,“努力”の概念が無いために何度言っても理解しない。アツシは困った顔をしてそう話したが,どこか楽しそうにも見えた。
それからジェロも見舞いに来た。あの戦いに無理矢理巻き込んでしまったことを詫びると「ううん,むしろ感謝しているくらいさ!」と言い,弟と和解したこと,新しい友達(投げ友)が出来たことなどを嬉しそうに語った。「魔法もまた使えるようになったけど,俺にはアンちゃんから教わった柔道の方を大事にしたいんだ」明るく話すジェロを見て,しがらみから解き放たれ,広い可能性への道へ踏み出し始めたのだと確信した。
体調も戻り,じっとしている方が身体に毒だと思い何日かぶりに外へ出た。日差しが思いの外眩しく感じた。筋肉も衰えて身体は重かったが,久々に外で吸う空気は旨くて疲れも忘れた。
「もうくさくなくなったね」
「そうでもないぞ,ほれ」
手の甲をハルに近付けると,ハルはぐっと顔をしかめた。こうしてハルと外に出るのも久々だ。町を適当に歩きながら,自然と足は学校へ向かっていた。
学校に着くとバタバタと音がする。裏手に回ると子供達が呻きながら倒れている。何事かと思うとマリアが一人の子供を背負い投げている。
「ああ! アンちゃん,マリアを止めてくれよ!」
ジェロが駆け寄ってくる。その声に気付いたマリアもまたこちらに走ってくる。理解が追い付かぬうちにマリアがジェロより先に俺の元に来て右腕を掴み投げようとしてきた。だが俺も染みついた反射神経からその手を弾いた。
「もう! 投げられなさいよ!」
と,今度は魔法を唱えてから投げようとしてきたが,これも咄嗟に魔法を唱えて払い腰で応戦してしまった。「ふぁあ」と間抜けた声と共にマリアはすとんと地に落ちた。
「すっげー……」
後から来たジェロが呟いた。マリアはぷるぷると震えだし,急に立ち上がると,「ふん!」と鼻を鳴らしてどこかへ行ってしまった。
「やあ,よく来たね二人とも」
後ろからアツシの声が聞こえてきたので振り返る。
「うわあ! 大丈夫ですか!?」
見るとアツシが大の字に倒れている。
「いやあ,参ったね。マリア君ったら誰彼構わず投げ飛ばすんだから」
どうやらアツシもマリアに投げられたらしい。
「全く彼女の才能は素晴らしいが,流石に経験がモノを言ったようかな」
アツシは土を払いながら俺を評価する。
「俺らみんなマリアにやられちゃったんだ。アイツめちゃくちゃ強いのに,アンちゃんよく勝てたなあ」
とジェロが感心そうに言った。子供らは皆マリアに投げられたのだった。ようやく事態が飲み込めたが
「どうして投げられたんだ?」
「俺がアンちゃんから投げを教わったって言ったら急に「私にだって出来る」って言いだして,気付いたらこのざまだ」
「とんでもない奴だな……」
未だにマリアの正体は謎のままだ。異世界に来て面識も無いのに因縁をつけられいきなり切り掛かってきたり,人の宿に勝手に泊まったりと,横暴でわがままで,俺にとって理不尽である。
「アンちゃんの知り合いじゃないの?」
「いやいやいや,俺も知らないのに一方的に突っかかってくるんだよ」
「フーン」
ジェロは納得のいかない表情のまま返事をした。
「ねえお兄さん」
気付くとさっきまで倒れていた子供たちが集まっていた。
「おう,怪我無いか?」
「うん大丈夫。それよりさあ,お兄さんの才能は何? 俺もジェロみたいに人を投げたいんだけど」
前に火炎を操っていた子がそんなことを聞いてきた。俺は答えに困った。俺には才能が無い。それを言ったところで伝わらないだろう。
「あれは“才能”じゃなくて“努力”だよ」
そう言ったのはハルだった。
「何,“ドリョク”って?」
そう聞いてきたのは水流を操っていた女の子だ。
「努力っていうのはね,出来なくても出来るようになるまで頑張ることだよ」
ハルは「そうだよね?」と言いたげにこちらを見てくる。つられて子供達も一斉に俺を見る。ハルの言った努力の定義を,俺は正しいとは言えなかった。俺の思う努力とは一言で表せるほど簡素には出来ていないはずだった。だからと言って,間違っているとも思わなかった。そのため俺はあえて答えずに,
「よし,じゃあ皆に柔道を教えてやろう」
と言った。
青空の下,子供達はみんな熱心に取り組んだ。努力の概念のない子供達は初めのうちは,繰り返し同じ動作を行うことを嫌った。だが一人,二人と身体に動作が染み付き,教えた動きがスムーズに出来るようになる子が出てくると,文句も減って黙々と練習しだした。日が暮れるまでやった。アツシは締めの言葉みたく「ここに努力の概念が一つ誕生したな」と呟いた。
それから何日かして,体力も戻り,出発することにした。
「妖精女王には会ったことがないなあ,旅の無事を祈っているよ」
「いろいろお世話になりました。ありがとうございました」
「ありがとうアツシ」
「またいつでも来ると良い。みんなも待っているからね」
アツシは振り返り子供達を見た。
「アンちゃん,ありがとうな。また柔道教えてくれよ」
ジェロの顔は出会った頃と比べてずっと明るくなった。
「おう。次会うまで稽古しとけよ」
ジェロと握手を交わすと,その手は小さいながらも少しづつ皮が固くなっているのが分かった。
「それじゃあ,行きます」
もう一度アツシに礼をして歩き出す。
「またなアンちゃん!」
「今度は払い腰教えてね!」
「お兄さんも投げられるようドリョクするから!」
子供らも手を振って見送ってくれた。
少し寂しいな,と思いながらも歩を進めていく。子供達の声も遠くなっていく。土の道を,砂利や小石を蹴り飛ばしながら歩いていく。ハルの小刻みな足音が聞こえて,そこでふと気付く。背後にも足音が感じる。
振り向くと,マリアがいた。視線に気付くとマリアはそっぽを向いた。うーん。面倒なことになりそうだなあ。なんとか見なかったことにならないかな……。ダメかな……。ハルはまだ気づいていない。そ知らぬふりをして前を向くが,一度意識のうちに入ると気になって仕方がない。俺は足を止めマリアの方を向く。
「あれ,マリアだ」
ハルがようやく気付く。
「ずっと後を付けて来たのか?」
「……違うけど」
「じゃあなんでそこにいるんだ?」
「アンタらと行く方向が同じだっただけ」
それならばと俺は半歩道を外れ,
「ならお先にどうぞ」
と恭しく道を譲る。
「なんで私がアンタの言う通りにしなきゃいけないのよ」
マリアは腕を組んで拒否をする。
そうですか。そう仰いますか。俺は再び歩き始める。後ろからまた足音が聞こえてくる。
「やっぱりつけてるじゃねぇか」
「うるさいわね。どこへ行こうと私の勝手でしょ」
「そうかよ。よし分かった。ハル,こっちへ行こう」
俺はハルの手を引き横道に逸れる。道のない芝の上へ。
少し歩くとマリアが黙って後ろを歩いている。
「おい,向こうに行くんじゃないのか?」
「……気が変わったの」
「なら先に行けよ」
「だからなんでアンタの言うことを聞かなきゃいけないの」
なんなんだこいつは!
やきもきしていると
「マリアも一緒に行く?」
ハルは待ちかねたように尋ねた。
「マリアがどこに行きたいか分からないけど,一緒の方がきっと楽しいよ? ね?」
ハルは俺とマリアの顔を交互に見る。
「まあ,ハルがそう言うなら,一緒に行ってあげても良いけど」
「はあ!?」
「じゃあ決まりだね!」
「まて,俺は良いなんて言ってないぞ!」
結局ハルの一声でマリアも一緒に行くことになった。ハルは嬉しそうにニコニコと笑い,マリアはそれに応えるように笑い,俺と目が合うとふいと顔を逸らすのだった。うまくやっていけるだろうか。俺の不安をよそに,太陽は燦燦として行く先を照らしていた。




