第二話 その15
何を言っているんだ? ユーキの言葉の意味は分からなかった。しかし次第にその意味を現実が体現し出す。
木刀は振れども振れども当たらずに空を切る。その間ユーキは一歩たりとも動いていない。幻覚とは思えない。それでいてユーキから放たれる魔法は全て当る。今まで放たれた火炎や水流は直線的であったのに,今では意思でも持ったかのように向きを変え追いかけてきたり,突如として目前に現れたりした。俺は予感した。(勝てる気がしない。)これこそが奪われた可能性,“俺がユーキに勝つ可能性”の正体だった。
勝敗とは勝つか負けるかである。二者が存在し,争う時,どちらかにも勝つか負けるかの可能性があり,決着まで未確定である。だがその勝ち負けの可能性が奪われたのなら。
俺は勝ちの可能性を奪われた。この戦いは俺にとって敗北への一本道であり,どのようにして負けるかを演じているに過ぎない。そのことに気付いた時,俺は足を止め,目前に迫る水流を全身に受けた。
「努力!」
ハルがアツシの手をすり抜けて俺の元へ駆けてきた。
「おいおい。無様だな,おこちゃまに抱えられるなんて」
ハルは倒れている俺を抱き起そうとしていた。濡れて冷えた体に,ハルの体温が熱いくらいに感じられる。
「大丈夫。ハルはずっと一緒だから」
ハルは何の解決にもならない言葉を耳元で言った。だがその声を聞くと,不思議と力が湧いてきた。
「ハル,頼みがある」
俺には一つの考えがあった。俺はハルをそっと近くに寄せ,ユーキに気取られないようある頼み事をした。伝え終わると,ハルは「うん」と頷くと俺から離れていった。
ユーキから可能性を奪われた俺に残っているのはユーキに負ける可能性のみだ。俺はユーキに勝てない。俺は負ける。だから俺は負けに行くことにした。
「Effort!――Effect on!」
魔法は発動したが以前のような力強さはない。
「まだあがくのかよ」
ユーキが気だるげに腕を振ると魔法が飛んでくる。少しでも躱して逃げようとも必ず中った。
「まだまだ!」
俺は力の限り,身体の動く限り立ち上がった。息が切れ,足が泥沼にとられたように重くなった。それでも走り続けた。
そしてとうとう動けなくなった。火や水で荒らされた地面に突っ伏して,なんだか無性に眠いようになって,立ち上がるのがとても難しいことのように感じる。視界が陰る。ユーキが俺のところまでやってきた。
「やっと終わりか」
ユーキは吐き捨てるように言った。
「お前の負けだ」
「……まだ分かんないだろう」
悪あがきの皮肉を言うと,全身を激しい痺れが襲った。
「ハハ! 俺の勝ちだ!」
ユーキの高笑いがいやに響く。
「可能性さえ奪えば誰にも負けない! はっはっは!」
そうだ。可能性を奪われた為に負けた。つまり可能性が奪われていなければ,誰にでも勝てる可能性が残されている。
「今だ!」
俺は力を振り絞り叫んだ。
こちらに一直線に走ってくる人影がある。ジェロだ。ジェロは目を潤ませ,自らを鼓舞するように雄たけびを上げて走ってくる。ユーキは驚いて距離を取ろうとしたが,油断をついて俺はユーキの足首を掴み逃がさなかった。
「くそ!」
ユーキはジェロに向け腕を伸ばし魔法を唱えようとした。しかしそれが間違いだった。ジェロは一気に間合いを詰め,その伸ばされた腕を背負い込んだ。ふわりとユーキの身体が宙に浮き,浮いたかと思うと地面に叩きつけられた。柔道の投げ技だ。ジェロは倒れたユーキに馬乗りになった。
「この! ガキが!」
ユーキがジェロに掴みかかろうとした瞬間
「Pedigree!」
ジェロが右手を天に向け突き上げると,鼓膜を破るのではないかと思う程の轟音と共に,降り注ぐ太陽光すら押しのけて輝く眩い稲光が,乾いた空を二分するかのように,太く力強く天に向かい走っていった。
その稲妻は音も連れ去ったかのように,その場にいた誰もが言葉を失った。ジェロは息を切らせながら,挙げた手をゆっくりと降ろし,そのままユーキに向けた。
「動くな。すこしでも動いたら,次はお前だ」
「……参った」
こうして事態は終わりを告げた。




