第二話 その14
ユーキが俺の手首を掴む。その手指は細かった。
それ以外に何も感想はない。本当に魔法を奪われたのだろうか。ユーキは掴んでいた手を離すと鼻を鳴らしながら俺を見下した。
「さて,ゴミは燃やさないとな」
ユーキは屈んで俺の顔を覗き込み,それからゆっくりと右手を目の前に突き付けてきた。
「何か言うことがあるんじゃないか?」
そんなものはない。
「まあ,謝っても許さないけどな」
「努力!」
ハルの声が聞こえる。
体は全く動かない。重くのしかかった土で身じろぎ一つ取れない。
「努力! あきらめちゃダメ!」
再びハルの声が聞こえた時,俺は一つのことに気付いた。それは,俺が敗北を受け入れ,それに抗うことすら諦めていたことに。たとえ身じろぎ一つ出来なくとも,曝け出た首を動かすことくらいは出来る。不格好でも,みっともなくとも,もがけば多少の変化はあるかもしれない。俺はそんな僅かな反抗さえも諦めていたのだ。今までの人生において,困難が立ちはだかった時,必ず何かしらの努力を一通り試してきたはずなのに。
「Effort!――Effect on!」
ダメ元で叫んだ。胸の辺りに暖かいものを感じる。それが魔法石であると気付くと同時に,全身が紫のオーラを纏い力感を得た。身をよじるとあんなにも堅く俺を拘束していた土がぐらぐらとして身から剥がれていく。
「おい! “可能性”は確かに奪ったはずだぞ!?」
ユーキの魔法は確かに発動していた。だが,こうして魔法が発動したのも事実だ。
「そ,そうか! お前みたいな才能無しには元から可能性が無かったんだ! 奪えるものが無きゃ意味がないから――」
「それがどうした?」
「ぐっ――」
才能が無かろうと,未来の可能性が無かろうと,“努力”は奪われず,魔法は残った。理屈は分からないが,ユーキが俺から魔法を奪えなかったという事実は変わらない。
木刀を構えた。
「ひっ!」
ユーキは怯えたような顔をしていた。
「卑怯だぞ! そんなもの持って! お前も弱い者いじめするのか!」
一瞬間躊躇ったが,ユーキがこうも態度を変化させるのであれば,見逃せばまた悪さをするかもしれない。そう結論付けると覚悟も決まった。
「やあっ!」
ユーキの腹に胴打ちをする。ユーキは一瞬宙に浮き,一メートルほど吹っ飛んだ。
「ゴホゴホ!」
むせてうずくまるユーキに
「もうやめよう。俺も少しやり過ぎた」
と,手を伸ばす。ユーキは顔を上げず,未だにむせたままだ。
「とにかく向こうへ行こう。みんなに魔法を返してくれ」
俺はユーキを立たせようと脇に腕を差し込んだ。持ち上げようにもユーキは脱力して立とうとするのを拒んだ。往生際の悪い,幼稚な抵抗だった。
それでも肩を入れて引っ張り上げると,その軽い体は簡単に持ち上がった。肩を組んで一緒になって歩くと妙な心持がした。
「……。」
俯いたまま一言もしゃべらないユーキに不気味さを感じながらも,一歩一歩アツシ達のいるほうへ進んでいく。
すると不意に喉に圧迫を感じた。ユーキが喉を絞めてきたのだ。
「ぐっ!」
突然のことに理解が遅れた。向こうから悲鳴が聞こえた。
「努力!」
ハルの声はこんな時でもはっきりと聞こえた。
「偉そうに! 才能も無いゴミのくせに! 見下しやがって!」
ユーキの目は血走っていた。その狂気に,俺はたじろいだ。
「俺は賢いんだ! 分かるか? 分からないなら今から分からせてやるよ! もうお前は俺に勝てない,絶対にだ!」
ユーキの手はオーラに包まれている。だがさっきは俺からは魔法を奪えなかった。俺はなんとかユーキの手を振りほどき,喘ぎながらも息を吸い,再び魔法を唱えた。やはり魔法は発動した。
ユーキの目は見開かれ,こちらを真っ直ぐに見ている。それでいて口元は不敵に笑っておりいよいよ狂気じみている。俺は内から湧く恐怖を断ち切るようにユーキへ飛び掛かった。面を打つため踏み込んだ。木刀は真っ直ぐにユーキの頭頂へ吸い込まれるように伸びていった。俺は確かに面を打った。しかし手応えは無く,階段を踏み外した時のような嫌な感覚が手元に残った。間合いを見誤ったとは思えない。ユーキはさっきに増してニヤニヤとしている。もう一度,今度はさっきよりも深く踏み込んで面を打つ。その間ユーキはなぜか不動だった。剣先は確実に,ユーキの頭を捉えたはずだった。しかし手応えが無い。
「フフ,ハハハ! 次は俺の番だ!」
ユーキはおもむろに右手を突き出してきた。俺はその手から距離を取る。火炎がその手から飛び出してくる。距離を取った分余裕ができ,俺は火炎を右によけた。しかし火炎はそのまま俺の横を走らず俺の方へ向きを変え飛んできた。
「ぐあっ!?」
予想外の動きに対処できず,背後から迫る炎に背を焼かれた。
「ハハハ! やっぱりだ!」
ユーキは両手を広げ天を仰いでいる。
「俺は最強だ! いや,最初から最強だったんだ! あのメスガキにだって勝てる! チートだ!」
その叫びは大笑いのように腹の底から出てくるものだった。
「何が起きてるんだ……」
「ふふ,教えてやろうか? 俺は今最高に気分が良いからな。俺は奪ったんだよ,お前の“可能性”を」
「?」
「“お前が俺に勝つ可能性”をだ! お前はもう俺には勝てない!」




