第二話 その12
それからユーキは水流や電撃を放ったが,どれもマリアに届くことなくねじ伏せられた。
「クソっ! なんでだよ!?」
ユーキは怒りで地団駄を踏んだ。
「私は,ここにいる誰よりも“才能”があるわ。アンタは私に近付くことすらできない。分かった?」
ユーキの歯ぎしりする音が聞こえた。
「そうか! そういうことか!」
叫んだのはアツシだ。
「何が分かったんですか?」
「奴の魔法の正体だ。くそっ! なんて卑劣なんだ!」
俺は説明を求めた。
「奴の魔法は“可能性”だ。それから奴は私らから“可能性”を奪ったと言った。
奴は私らから,『“才能”の持つ“可能性”を奪った』んだ。未来ある才能を奪ったんだ。子供達の持っていた才能は,大魔法使いになる可能性や,英雄的存在になる可能性を秘めていた。その可能性を奪うということは同時に才能を潰すということだ。だから私たちは魔法が使えなくなったのだ!」
可能性とは,いわば未来である。「才能」と「未来」という語が示すものは一見明るいものを思わせるが,一たびネガティブな要素が入るとどうだろう。奪われた可能性。奪われた未来。奪われ,『失われた“才能”』。
「それに,奪われたということは――奴が“奪った才能”を持っているということだ
つまり奴が使っているのは――」
アツシの言葉を継いだのはマリアだった。
「その通りよ,おじさん。あいつは人から奪った魔法を自分のもののように使っている卑怯者よ」
俺は日本のバラエティ番組の特集を思い出していた。ある一人のスポーツ選手の特集である。その人は若くして才能に溢れていた。飛び抜けた才能を見せ,周りからは神童と呼ばれ,果てはオリンピック選手だろうと言われていた。だが,その才能も,奪われた。競技中の事故で身体の自由が利かなくなったのだ。その人に拓けていたはずの道は潰えた。その人の持っていた可能性は,奪われたのだ。いつ見たかも忘れたような,この一人のスポーツ選手の半生を取り上げた特集が,脳内をよぎった。さて,可能性を奪う,才能を奪うとは。
異世界のルールには未だ馴染めない。しかし概念の具現化とはそういうことなのだろうか。才能を奪い,その人の持っていた可能性を奪うことを可能としてしまえることが許されるのだろうか。そして何よりも信じ難いことは,奪った可能性を自らにすげ替えることが可能であるということだ。黄金の右足を持つサッカー選手の足を持ち,難解な数式を解き明かす頭脳を埋め込み,何者も騙す詐欺師の口を縫い付け,何事も見抜く探偵の目を持つ――そんな他人の才能で継ぎ接ぎしたような人間の存在を許すのが,異世界の,魔法のルールだというのだろうか。
「奴に触れちゃいかん。触れた人間から才能を奪う魔法なんだろう」
アツシの推測を確かめるように,俺は魔法が使えるか試した。掌の上に小さな火が出た。
ユーキは苦々しい顔をして,四方を睨んだ。事態を飲み込んだ子供達の目には批判めいた光が宿り始め,それらが銃口のようにユーキへと向けられていた。マリアは依然として気だるげに腰掛けている。
ユーキにとってマリアに立ち向かうことは敗北を意味している。マリアの泰然としている姿は,ユーキに底の見えない強さを示しているため,いくら子供達の才能を奪い,様々な魔法が使えるようになったとしても,勝ち目のないことを象徴していた。
「なんだよ!? どいつもこいつも俺の邪魔しやがって!」
ユーキの歳の見た目不相応な,自棄的な怒りは,未熟で幼稚な子供の“だだ”を連想させた。
このままマリアが居れば事態は解決すると思った。ユーキが何をしようとも,マリアがいる限り制圧できる。しかしマリアの言葉はそんな予感を否定するものだった。
「邪魔? アンタが勝手に突っかかってきただけじゃない。私はアンタが誰の才能を奪おうと関係ないわ。私に攻撃してきたから応えただけ。他の誰が被害に遭おうと私には関係がない」
この言葉を聞いた時,俺は耳を疑った。言い表しようのない怒りと嫌悪が内に渦を巻きだした。行き過ぎた個人主義だと思った。自分に害が無ければ他人の横暴も見過ごすというのか。それはあまりにもエゴイズムに偏っている。強大な力を持ちながら,悪(少なくとも彼女はユーキを卑怯者と言っている)を制圧する力を持ちながら,それを他人の為に使わないという個から全への協力思想の無いことに対する忌避感。途端にマリアという人間が醜く見えだした。
だが,こうした考えもまた俺のエゴであるとも言えるのではないか。彼女は今日初めてアツシや生徒達に会ったのだ。初対面の人間に対して一体何処まで献身することが出来るだろうか。マリアの言い分を,全くの悪と評価するのは俺の持つ道徳観の押しつけではないだろうか。
しかし,俺は感情に流され,マリアを非難した。
「待てよ。お前がいればあいつを止められるんだぞ? 協力しろよ」
「はあ? 弱いのが悪いんでしょ? 奪われて無くなるくらいならそれが才能の尽きってだけじゃない」
「この――」
マリアに歩み寄ろうとした俺を止めたのはアツシだった。
「ドリョク君,落ち着くんだ。まだ転移して間もない君には理解できない考えかもしれないが,この異世界では彼女ような考えはむしろ一般的なんだ。異世界人の典型的な思考と言ってもいい。この世界では自己責任論が強いんだ」
「どうしてですか?」
「才能が具現化するということは,同時に個人の能力や限界が露わになりやすい。あっさりと勝敗が付きやすく,また一度決着したら力の差はそれ以上にもそれ以下にもならない。だからこの世界の人間は諦めが早い。才能の差は埋まらないからね。そうして自然と力の強い弱いにもはっきりとした態度を取りやすくなっていったんだ。負けたら才能が“足りない”と諦める。弱いのは自分に才能が無いからと」
才能が無いならそれまでだと言うのか? では才能を全く持たず生まれた俺は? もしこの世界に生まれていたなら,俺は悪であっただろうか。
「自分の身は自分の持つ強みで守らなければならない。そういう考えが根幹となって自己責任の考え方が強いんだ」
だからと言って,自分が良ければそれで良いのだろうか。
「よく分かんねーけど,お前に手を出さなきゃ何やっても良いってことか?」
ユーキがマリアに問う。マリアは答えない。ユーキはそれを肯定と受け取ったらしい。
「よし。それじゃあ町の人間の可能性も奪ってやろう。異世界最強の賢者への第一歩だ」
マリアにさえ手を出さなければ良いと分かり安心したのか,ユーキはニヤニヤとしだした。
「努力……」
気付くとハルが戻ってきており,不安そうな顔でこちらを見上げてきた。マリアは介入しない。アツシも子供達も生気を失ったように落ち込んでいる。俺はハルに「大丈夫」と一言だけ言った。それから
「おい」
「なんだよ。お前も転移者なら分かるだろ? この世界で最強になれるんだぜ? なんなら仲間に入れてやろうか? 最高だろ?」
「分かんねぇな――」
俺は木刀を抜いた。
「俺は他人の力で生きてく気なんてさらさら無いんでな」
ユーキはようやく俺の目を見た。




