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プロローグ その3

 ある雨の日のこと。顧問の大山先生が出張する関係で,部活が一日休みとなった。特に厳しい稽古をしている訳ではないが,降ってわいた休みに部員は喜んだ。


 一年生達に緊張した空気は既になく,打ち解けあった者同士でファミレスにでも行くらしい。先輩ら三年生は受験を控えていたので,自習室へ行く者もあれば,帰って勉強する者もいた。また一部は最後の大会に向け自主トレをしたいと言って,職員室に許可を貰いに行った。


 俺は先輩たちの自主トレに交じろうとしたが,


「おい努力。たまには一緒に遊ぼうぜ」


そういって同じ二年の仲間たちから誘いを持ち掛けられた。俺が答えあぐねていると,


「いいだろ。俺ら今まであんまり絡まなかったじゃん。一緒に飯でも食おうぜ」


俺は誘いを受けることにした。返事をするとみんなはうぉーいと太く逞しい声を上げた。


 雨は強くなっていた。目的地へと急いだ。学校は町の少し外れにあり,繁華街へは歩いて十四五分というところだった。やや山地に建てられた校舎から,カラフルな傘たちがまばらに坂を下るのが見えた。俺らは口々に教師の悪口やら,クラスの下らない噂話などを言い合った。意外にも俺の話は好評で,きれいにオチがついた時には,周りの目も憚らずみなが大声で笑いあった。


 当初の目的はカラオケであったが空きがなかった為,ボウリングをすることにした。ボウリング場には俺たち以外にも学生服の客が四五組居た。俺らはみな学生証を取り出し,学割の恩恵を受け,シューズとボールを適当に繕った。部内でも,次期部長で信頼も厚い高橋に,何度か来ているのか尋ねた。高橋は


「いや全然。相内は何回かやってるらしいけど,あとはほとんど初めてだと思うよ」


と,人柄の良い笑顔をもって答えた。そっちは? と聞かれたので


「俺も初めてだ。ルールはなんとなく分かるけど」


周りの客や,モニターに向かって何やら設定しているらしい友人らを眺めながら,そう答えた。多分みんなそんなもんだよ,と高橋は相槌を打った。この愛想の良さが彼の部内で一目置かれる所以である。


 設定が終わったらしく,誰が言ったか始めようという声で,各々いよいよといった感じにそわそわとしている。俺の順番は五番目であった。


 記念すべき第一投役は,経験者である相内である。


「まあまあ君たち,お手本を見せてやるよ」


仰々しく茶化す相内に野次が飛ぶ。


「ガーターの手本見して!」

「失敗しろ!」

「ユカちゃんとデートした日のことを思い出せ―」

「えっ!? なんで知ってんの!?」


相内は彼女がいる。ある休日にデートをしているところを一年の原田に目撃され,その日の様子が部内でこっそり共有されているのだった。そのデートコースにボウリング場が入っていたのもしっかりみんなが知っている。相内は動揺してなにやら文句をぶつくさと言ってきたが,早く投げろよ,という悪戯めいた捲くしたてに,首を傾げながらも投げた。


 続いて二人が投げて各々二三ピン倒した。相内はそのたびに天罰天罰と言って下手なのを笑っていた。次に投げた高橋は,まぐれにもストライクを取り,場は一気に盛り上がった。


 そしていよいよ俺の番が来た。この熱気を,俺の不器用さが冷ましてしまう瞬間が申し訳なくて,遊びは極力避けてきた。しかし今投げなければそれも盛り下げてしまうだろう。後には引けない。俺は覚悟を決めた。


 ボールの持ち方を教えてもらい,一同が固唾を飲む中,不細工な助走をつけ,力の限り投げた。すると,ダンというバスケの時によく聞かれるような音がして,二三似た音が続くと,次第に音は小さくなり,ボールはゴロゴロと転がって,相内の足元へ寄り添うように止まった。どうやらボールを床に叩きつけたらしい。沈黙が訪れた。


「コエー……」


相内がこぼすように呟くと


「ぶっ……あっはっは!」


みなが一斉に笑い出した。俺は困惑した。今までの経験から,何かをやらかすと,場には重い空気が漂い,誰もが表情を失うことは明らかであったからだ。


 どうしてよいか分からず,不安混じりにみなの方を見ると,その顔には確かに笑みが浮かんでいた。その笑みは,散々向けられてきた,からかい混じりの嘲笑ではなく,幸福から生まれた,純真の笑みだった。


「お前すげぇな! ボール一瞬お前より高く飛んでたぞ!」

「なんで向こう向いててこっちくんだよ」

「逆に天才だろ! あっはっは」


息苦しそうに紡がれた言葉の数々は,俺に不思議な高揚感を与えた。バカにされているのかもしれないが,そこに不快感はない。むしろこの場の一員として,みなを笑わせることが出来たのを誇らしくすら思った。


「不器用なのは知ってたけど,ここまでくると才能だろ」

「うわー。動画撮っとけば良かった!」


落ち着きつつある彼らは口々にそう言った。


「これ,使うか?」


同期で一番背が高く,“巨漢侍”とあだ名される真田が,子供向けのボールを転がす滑り台を持ってきた。


「ちょっと待ってくれ! もう一回だけやらせてくれ!」


俺は未だニヤニヤしているみんなに向かって頼んだ。


 みんなは快諾した。まるで俺が昔から出来ないものを出来るようになるまで努力することを知っていたかのように。


 相内がアドバイスをくれて,高橋は,初めはゆっくりで良いんじゃない? と諭してくれた。俺は大きく深呼吸をし,ゆっくりと腕をかぶって丁寧に投げた。するとボールの穴に指が引っかかり,やや高くからズドンとレールの上に落ちた。誰もがこの一投を成功と認めようとしたとき,ビリっと何かが裂けるような音がした。俺はズボンの尻の辺りの生地が破れたのを直覚した。それに気付いたみんなはまたしても大声で笑った。モニターからは


「オウ! ガーター……」


と,わざとらしく落胆した音声が流れた。


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