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第二話 その8

 日課のトレーニングを終え,朝食を済ませた頃に少女が階段から下りてきた。長い黒髪が下から風が吹いているかのようにふわふわとしている。その髪の周りには小さなシャボン玉のようなものが浮いていて,時々弾けては黒髪を艶やかに湿らしている。櫛がふわふわとやって来てそこを撫でる。髪は撫でたところからさらさらと彼女の後ろを流れた。恐らく器用に魔法を使っているのだろう。張本人は欠伸をしながら目を擦っている。髪の短い俺には必要のないものだという強がりじみた感想を抱いた。

「後で行くから。準備しときなさい」

こっちも見ずに少女は言う。今日もジェロと会うつもりだから断ろう。

「今日は予定が――」

まるで聞く耳を持っていない。思わず雰囲気で黙らされてしまった。少女はテーブルに就くと女将からパンを受け取ってもくもくと食べ始めた。なんだか悔しいという気さえ起らない。俺はハルを連れてジェロの元へ行った。

 ジェロの練習に一度区切りを付けて休憩していると,あの少女がやって来た。名前も知らないのに顔だけは覚えてしまったが,これは恋によるときめきだとかそんなものではない,危険生物への警戒心である。

「さあやるわよ」

断っても聞かないのだろう。それならば一度相手をすれば満足して帰るかもしれない。そう考えるほうが賢い気がしてきた。俺は立ち上がり少女の方を向く。

「その気になったようね」

少女は腰に差した二振りの小剣を構え

「Gift!」

と叫ぶ。

 俺はここで木刀を抜いて構えるべきなのだが,ある一つの考えがよぎった。俺にとっての構えとは,剣道の,中段の構えだが,もし少女のような構え,剣道から逸脱した構えをしても戦うことは出来るのだろうか。恥ずべき事かもしれないが,こんな自分にも英雄への憧れというものがあった。漫画やアニメ,特撮や冒険小説など,影響は多くある。棒を持てば振り回して,チャンバラに興じる男児はきっと多いだろう。俺もそのその類に洩れず,ヒーローに対して,また彼らの多くが自在に剣を操り,敵を倒していく姿に自分をすり替え夢想したことも少なくない。そのため剣道から外れ,多くのヒーローのような自在の剣さばきをしてみたいという好奇心が,この瞬間に現れた。俺は木刀を両手から片手,左手を離し右手に持ち替え,ゆっくりと剣先を地面に向けるよう構えてみた。その姿は巨悪に立ち向かう勇者のそれに見えなくもない。

「Genius!」

少女は魔法を唱え一直線に飛び掛かって来た。

「Effort!」

俺は決めゼリフの如く,唯一使える魔法を叫んだ。しかし,何も起きない。以前であれば唱えた瞬間に全身を熱が打ち,力の漲る感覚があった。しかし今は何もない。少女は恐るべき速さで間合いを詰めてくる。

「Effort!」

俺はもう一度叫ぶがやはり変わらない。

 もう目の前には鬼のような顔をした少女がかぶりをつけて聳えている。

「はあぁ……」

「ちょっ,待っ――」

「ふん!」

「げふん!」

ゴインという重い金属音と共に,剣の腹が俺の頭を叩いた。目から火が出てガチリと歯が鳴った。そうして俺は倒れた。

「ふざけんじゃないわよ!」

少女は吐き捨てるように言って地団駄を踏み地面を荒らしながらどこかへ行ってしまった。

「アンちゃん,本当に魔法が使えないのか」

ジェロがこちらを覗き込んで来た。

「いや,今のは,なんか発動しなかった」

「じゃあイメージ不足か」

イメージ不足。この語に対する解釈を頭の中で整理する。まず,英雄やヒーローといった憧れのイメージは充分であったはずだ。つまり具現化への「素材」は足りていた。では何がいけなかったのか。俺は「Effort」と唱えた。これは筋トレなどで培った筋力を努力という概念が強化する,そこから,英雄のような劇的な能力アップというイメージを具現化するのに十分であった。しかし,魔法は発動しなかった。発動する時としない時の違いは?

 ここまで考えて一つの答えに至った。俺は立ち上がり,剣道の構えで「Effort」と唱えた。すると全身に力の漲る感がある。ここで確信をした。俺の魔法は,努力の経験のあるものの強化であると。剣道の経験はあっても,勇者のように剣を振るった経験はない。俺はようやく自らの魔法について理解を得たのであった。


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