第二話 その7
翌日。昨日と同じ木のあるところへ行くと,やはりジェロが居た。ジェロはこちらに気付くと,何故かのろのろとかたつむりみたく這うようにして逃げようとする。訳も分からず近づくと
「おい! お前ら! 俺に何か呪いをかけただろう!」
と怒られた。俺もハルもきょとんとしていると
「今朝起きてから身体中が痛いんだ!」
とまた怒った。
「努力はそんな悪いことしないよ! そもそも魔法の才能無いんだもん! やりたくてもできないよ」
言い方。
俺は一つ見当がついたので教えてやる。
「ジェロ,お前普段から運動してるか?」
「なんだよ急に」
「それはな,筋肉痛だ。普段動かさない筋肉を動かすとそうなるんだよ。子供は元気に体を使って遊ばないとダメだぞ」
「うるさい! 早く何とかしろ!」
生意気だなあ。それになんとかしろと言われてましても。とりあえずハルと二人でマッサージしてやると少しは楽になったようだ。
「よし,じゃあ昨日の続きだ」
「え!?」
「筋肉痛は動かして治すんだよ」
多分。
「ほ,本当だな?」
変に素直な奴。
ジェロは昨日教えた通り,襟と袖を掴み,ぐいと投げの動作を始めた。明らかに昨日よりも動きが良くなっている。だがジェロは気付かないていないのか,早く治れ,早く治れ,と念仏のように唱えながら型を繰り返している。
「ジェロ,次は昨日言ったこと全部思い出して,集中してやってみろ」
ジェロはやや不審げにこちらを見たが,昨日教えたことをうわごとのように呟いている様子を見ると根は素直のようだ。ジェロは少し間を置いて握り直し,小さく息を入れ,俺を投げにかかる。ジェロは小さな動きで,俺はそのジェロの作った動きに大きく合わせ,どすんと派手に受け身を取った。
ジェロとハルが呆然としている。
「良いな,ジェロ! 今のが山嵐だ。やればできるじゃないか」
俺は出来るだけ笑顔で言った。仰向けのままだから太陽が眩しい。だがここは一番の言葉を贈ってやりたかった。
「わー! ジェロすごいよ! 努力を投げちゃった!」
ハルはいつでも人を明るくさせる方法を知っているような気がする。ジェロはようやく事態を飲み込んだのか,少し口端を上げると,それからあわてて顔を逸らし
「い,今のはたまたまさ。別に,アンちゃんが勝手に転んだだけだろう」
と言った。
「違うよ! ジェロが頑張ったからできたんだよ! そうでしょ,努力?」
「ああ,たまたまじゃこうはならない。頑張ったな」
ジェロはようやくこっちを向き,まだぐにゃぐにゃと柔らかくなって戻らない顔のまま,恥ずかしそうに俺に手を差し出した。
「よし,コツを忘れる前にどんどんやるぞ」
「やろー,やろー!」
「ま,まあ,もう少しだけ付き合ってやるよ」
それから再び日が暮れるまで反復練習をした。ジェロは最後の一本だと言っても,しっくりこないからもう一度,と言って結局十五本余計にやった。
宿に帰る途中のこと。ジェロと別れるとハルがこんなことを言ってきた。
「ジェロ,楽しそうだったね。ハル,やっとジェロの笑うとこ見れた」
「そうだな」
「努力のおかげだね。ありがとう努力」
「なんでハルがお礼を言うんだよ。礼ならジェロが俺に言うべきだろ」
少し茶化す。
「ううん。ハル一人じゃ,きっとジェロを笑顔に出来なかった。だから努力のおかげなの」
ハルは相変わらず屈託のない笑顔を向けてくる。妖精とはみなこうなのだろうか。俺はなんだか胸がくすぐったくなった。
「おい兄ちゃん。りんご買ってかねえか? 俺ぁ明日この町を発つから少し安くするぜ」
見ると中年の男が手招きしている。家々から漏れだした光に当てられ,陰った顔は少し疲れて見える。日中の売り上げはいまいちだったのだろうか。荷車にはかぼちゃくらいの大きさの,色つやの良いりんごが積んである。
「うわぁ! おっきい!」
「へへ,味もなかなかよ。嬢ちゃんりんご好きかい?」
「うん! 好き。努力,買って!」
俺がりんごを買うと,男は愛想よく笑った。
宿で夕食を済まし,部屋に戻った。テーブルにはさっき買った大きなりんごがある。ハルが食べたいとねだるので女将に包丁を借りようと思っていると,なんだかどたどたと廊下が騒がしい。と思ったら突然ドアがバンと開け放たれた。
「やーっと見つけたわよ」
そこにはナガラで会った少女が傲岸に立っていた。
「もう逃がさないから」
ずんずんずんと部屋に入ってくる。
「ちょちょ,なんだよ急に!?」
正直怖い。リラックスムードに突然人が乱入してきたら,それが誰であろうと怖い。後ろには女将が居て,相部屋一丁! と景気よく言って去って行った。え? 相部屋? 少女は,あら,おいしそうなりんご,と一言言って躊躇いなくりんごにかぶりついた。
「あー,ハルのりんごぉ……」
ハルが涙目になっている。可哀そう。
「で,出てけよ! 急に,なんだ急に!」
俺も俺でてんぱってどうしてよいか分からない。
「アンタが逃げんのが悪いのよ。宿泊費は当然アンタもちね」
りんごは芯だけになった。
「俺はお前を知らない――」
「まだシラを切るつもり?」
少女はりんごの芯をぽいと空中に放ると口を上に向けて開けた。芯は空中で雑巾みたくギュルギュルと搾られ果汁が少女の口内に滴った。残ったカスはボンという音と共に燃えた。辺りに甘い香りが漂う。
「りんごぉ……」
可哀そう。
「さて,疲れたから寝るわ」
少女はそう言うと二つあるうちの一つのベッドに身を投げ出した。そうして仰向けになりながら指で空中をなぞると,シャボン玉の膜のようなものが空間を仕切った。
「明日,決着つけるわよ」
「だから知らないって――」
少女は毛布を顔まで引っ張った。
なんなんだこいつ……。結局ハルと二人で狭苦しくベッドで寝ることになった。




