第二話 その3
そこは教室というより講堂のようなところだった。三方に子供が段々と並んでいる。みな身なりが良く,賢そうに見える。アツシは深緑の壁を背に話を始めた。授業というから何かを教えるのかと思いきや,簡単な質問をみなに投げかけてばかりいる。花の名前や天気のこと。子供たちはみな手を挙げ誰もが発言権を欲しがった。ハルも物怖じせずに混じっては楽しそうにしている。次第に質問は単一の答えをばかりを求めるものでなくなった。雨はどこからやってくるのか,森がどのように作られたか。子供たちは盛んに意見を述べ,それに意見を重ね,時に反論もした。
これは授業というより議論であると思った。アツシはそれを黙って眺め,間違っていても否定せず,むしろ自由な発想からなる答えを楽しんでいるようだった。
カランカランと軽やかな鐘の音が鳴った。
「では,午前はこれまで。午後は運動をするから,動きやすい服装に着替えてくるように」
子供たちははーいと答えると思い思いに部屋から出ていく。
アツシに誘われ昼食を共にした。大きなピザが出てきた。
「異世界の飯はどれも旨い。空は広いし魔法も使える。正直,転移して後悔のようなものはないよ」
さっきの話の励ましかと思ったが,どちらかというと,彼は感慨深そうに独りごちたようであった。唐突に彼も苦労をしてきたのだろうと悟った。
午後の授業は魔法を使った演習だった。子供たちはめいめいに魔法を放った。“学校”の裏手には拓けた土地と,更に向こうには崖が聳えていた。崖下には何本かの丸太が地に打ち込まれており,それを的にしているようだった。消防車から放たれるような放水や,火炎放射器を思わせるような猛火が,無邪気な笑みの元から放たれる。
「子供のうちは想像力が豊かだからね。それにここにいる子らはみな名家の出が多く,魔力も大きい」
「名家の出?」
「ああ。私はこの学校で才能のある子供を預かって,想像力などを育ててから親元に返すということをしている。名家の名家たる所以はその強大さにあって,この異世界ではよく戦争が起こる。見ての通り,誰でも魔法が使えるために,その力を侵略へと向けてしまいがちなんだ。名家と言われるのはそうした戦いの中でも勝ち残ってきた者達だ。その子供だから必然才能もある。私はその才能を伸ばすことでこの異世界でそれなりに名を馳せ,それなりの地位を得た」
「他にそういう学校は無いんですか?」
「ない。少なくとも私は見たことがない。学校と呼ばれているものはあるが,その機能は託児所やちょっとしたコミュニティに近い。何故かみな知識への欲求が低い。まあ,実際魔法があれば事足りるからね。ここの住人はそれで生きていくのに十分なんだろう」
生きていくのには十分という言葉を,腑に落ちないまま,かと言って反論する術も持てず,そっと胸のうちにしまったが,それはどうにも歯に詰まった肉の筋のように,小さいながらも気に掛けずにはいられなかった。
日が暮れて,宿に戻った。
明日もアツシのところへ行くことにした。
「今日は楽しかったね」
ハルはベッドから顔だけ出してにこにことしている。
「みんなといっぱい話せてよかった」
「ハルは学校は初めてか?」
「うん。だから今日は楽しかった!」
俺は学校が嫌いだった。自分と背丈の変わらない人間が,俺よりもずっと上手に生きているのを隣で見せ続けられるからである。ハルのようになれたら,どれ程幸せだろうか。
俺はもう元の世界には帰れない。ハルと共に,異世界を見て回るのも良いかもしれない。ハルの目を通して見た世界は,俺の目を通して見た世界よりよっぽど美しいのだろう。それをそばで知ることが出来れば,俺の人生は輝き出すのだろうか。アツシのように,元の世界よりも,異世界の暮らしを認める日が来るのだろうか。
「おやすみ……」
ハルはむにゃむにゃ言って眠りに就いた。ハルが寝息を立てるのを見届けてから,俺は寝ることにした。




