第二話 その1
エイブルという町に着いた。着いたのは昼頃で,ずいぶん長いこと歩いたように思われるが,ハルがずっと楽しげに話すので無聊に困ることは無かった。エイブルは町というよりも村という方が相応しいような静かで小さな処である。
歩き疲れたのと空腹のため,目に付いた食堂に入った。昼時だというのに客はほとんどおらず,主人は退屈だったのか俺らにやたらと話しかけてきた。そのため興味深い話を一つ聞いた。町の近くに少し有名な転移者がいるというのだ。この異世界に来て初めて境遇を同じくする人に会える! 俺は喜びと興奮,それからなぜか不安を感じた。不安の正体はわからなかったが会わないわけにはいかない。食堂を後にし,言われた場所へ向かった。
まばらな家々を抜け,そこにあったのは木造の平屋一つだった。近くには切り拓かれたような土地がある。異世界へ来て石造りの建物ばかり見てきたからか,その異色さは確かに異世界に迷い込んだ転移者のようである。
しかしどうにも人の気配がない。近くに子供がいたので話を聞くと,
「センセイなら出張でいないよ。明日には帰ってくるけどね」
という。建物からは生活感を感じなかったが,子供の口ぶりから察するとここは学校なのかもしれない。そう考えると教室に見えなくもない。
ともかく今日はかの転移者には会えないようだ。子供に礼を言い,宿を探した。それから再び町を歩いた。ハルはどこでも楽しそうであった。人に会えば懐こく笑い,時には羽根を見せて妖精であることを示していた。小さな田舎町であるが,人々に陰気なところは無く,寂しい印象は無い。
不思議に思ったことが一つあった。それは子供たちがみな,身なりが良いことである。どこか気品がある,とでも言おうか,そんな気がして,町の雰囲気にそぐわないとは言わないまでも多少の違和感はあった。しかしそんな気付きはすぐに忘れた。
宿に戻り,女将に夕食をご馳走になった。部屋は閑散期なのか,広い部屋を安く貸してくれた。若者の旅は応援するもんさ,そういう言葉を掛けられ,少し誇らしく思った。部屋は角部屋で四人は入るような立派なものである。ハルはその身体には有り余る大きなベッドの上でぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。ろうそくがあちこちにあり,その火が部屋を明るく照らしているが,これも魔法であり,触れても熱くなかった。ろうそくに向けて「明るく」というと光度を増し,逆もまた然りであった。この世界では魔法が生活に根差している。俺は掌に火をつけては消すのがいつの間にかの手癖になっていた。ろうそくの火を消し俺は自らの火を起こしぼうと眺めた。部屋が暗くなるとハルは大人しくなり
「おやすみ!」
と元気よく,本当に眠る気があるのかと思うほど快活な声で言うと,三秒と経たず寝息を立てだした。あんまりに素直な一連の流れに思わず笑ってしまう。窓際に行き月を見た。三つの月がそれぞれ影に食われて浮かんでいる。ろうそくの火や三つの月。こういうところに異世界を感じる。そして気付けばそれにあまり驚かない自分もいる。明日,転移者に会うことで元の世界について何かわかるだろうか。もし分かったとして,それが望まぬものであったらどうしようか。昼に感じた不安はこうして正体を現してはよぎり,浮かぶ月を不気味にしてみせた。いや。考えても仕方がない。俺は全てを明日に任せて寝ることにした。




