第一話 その10
ナガラに着いた。ナガラはバールバシラに隣接する街で,ナートリよりも栄えていた。バールバシラは高い城壁に囲われていて,中には王族や貴族をはじめとする上流階級が住んでいるらしい。故にナガラは城下町のような存在となっている。
荷を降ろすと商隊長は労いの言葉と共に,次の旅も一緒に来ないかと誘ってきた。せっかくの申し出だが妖精女王に会いたかった為に断った。
イーサンは病院に行き右腕を診てもらった。しばらくは仕事が出来ないようだ。しかし悲観した様子はなく,どうしたのか尋ねると,
「へへ,ドリョク。あれは半分はお前の手柄だからな。取っときな」
そう言って革袋一杯の金貨を差し出してきた。なんでもサイクロプスの亡骸は高く売れるらしく,一緒にいた者たちの満場一致でイーサンが報酬を貰うことに決まったらしい。その半分をイーサンは渡してきた。
「それだけあれば半年は暮らせるぜ。この先必要になるだろう。今度は失くすなよ」
そう言ってハルにいたずらめいた顔を見せた。
ここで金を渡してきたのは,おそらく別れの為である。折れた右腕では旅に出ることは出来ない。リリアンもパートナーとして見過ごせないだろう。もう少し長く共にいられると思っていたが,現実とはこんなものなのかもしれない。互いにわかっていることを,無闇に切り出すような野暮なことはしなかった。俺とハルは,旅の疲れが癒えたら,二人と別れ,出発することを決めた。
ナガラでの滞在は楽しかった。日本国内から出たことのない俺には,見るもの全てが新鮮で刺激的であり,小旅行のように思われた。イーサンも街中であれば共にいられるため,ハルとリリアン含め四人でこの大きな街を堪能した。
疲れも癒え,そろそろ出発すると言うと,イーサンは,そうか,と素っ気なく言った。次の町への出発は日の出とともに,朝早い時間に決めた。
出発を明日に控え,着替えなどの準備をしに街へ出た。イーサンを病院に見送り,リリアンと共に買い物をした。その帰りのことである。
「あっ! いた! 今度は逃がさないから!」
雑踏や活気のある音で溢れた街を,凛とした声が切り裂いた。その場にいた誰もがその声の出処を探り時が止まったように全ての音が止んだ。もちろん俺らも同様にその声のした方へ向いた。
そこには往来の中,堂々と立ち,こちらを見据えている一人の美しい少女がいた。少女は長い艶やかな黒髪を腰まで伸ばし,左右に二つに結っている。顔立ちは日本人のようだが,その美しさは比類するものがないかと思われるような迫力がある。
やっと見つけたわ! と,一人息巻いている。
「ドリョクちゃん知り合い?」
リリアンは自然な調子で尋ねてきた。
「いや,全く知らない」
当たり前である。異世界に知り合いがいる筈がない。
「なにとぼけてんのよ!」
こちらの会話を聞いている辺り何かしらの関係があるのかもしれないが,生憎思い当たるものは一つとしてない。
「人違いでしょ。行こう」
厄介事の予感がした。知らないものは知らないのだから関わる必要はない。
「待ちなさい! 逃がすわけないでしょ!」
街の人々は何か始まるようだとやいやい騒ぎ出した。これではまるで見世物である。
「あらー,あの子やる気よ」
リリアンは緊張感のない声で言う。どういうこと? と問おうとすると
「Gift!」
少女は叫ぶと全身が魔法に包まれ金色に光り出す。周囲からどよめきが起こる。
「ほら,ドリョクちゃん。構えて構えて。荷物は持っててあげるから。私との手合いは覚えてるわね?」
「えっ,ちょっ――」
言う間にリリアンは俺から荷物を預かると二三歩横によけた。
「Genius!」
少女は爆ぜるようにその場を蹴り,飛び石を渡るようにこちらへ向かってきた。その間に腰の左右から小剣を抜き両手に携えている。
「魔法で応えないと危ないわよ。教えたでしょ」
「えっ,マジで?」
焦りから木刀を抜くのに手間取る。みるみる少女は距離を詰めており,既に間合いに入っている。
「E-Effort!」
寸でのところで魔法を唱える。
「ふっ!」
少女は短く息を入れ二本の剣を振り下ろしてきた。俺はそれを受ける。その細い体のどこにそれほどの力があるのかという程に重い。何とか押し返したかと思うとすぐに次の一振りがくる。
二刀流の存在は知っている。部活で相内が二刀で遊んでいたためである。しかしこの少女の二刀はそれとは次元が違う。キレがある。その上厄介なのが形が無いことだ。剣道として対峙しているのならともかく,彼女の動きは全く未知のものであった。多少目が慣れてきたとはいえ,受けに回るので精いっぱいである。かれこれ十五合打ち合った。
「ちょっと! 手抜くんじゃないわよ!」
こちらは返事も出来ないほどに余裕が無いというのに随分なことを言うなと思った。
少女が二刀を重ねるようにし,横へ薙ぐように振るってきた。俺はそれを受けるべく木刀を立て,向かってきた方へ構える。
ガキン! と閃光と音が接点から放射される。力と力の均衡,せり合いになるかと思っていると,左から少女の白くしなやかな長い脚が,白い大蛇が獲物に喰らいつくかの如く俺の脇腹へ伸びてきて突き刺さった。
「ぐぶ!」
重く鋭い一撃に視界がぼやける。ともすれば握力も緩み,力が抜ける感じがして片膝をついた。
ゴイン! と少女の剣の腹が俺の頭のてっぺんを叩き,目から火が出た。
ほんの少し余韻を残し,時代劇よろしくドサリと地に倒れると周りから喝采が起きた。ハルは目を皿のように丸くし,リリアンはあらーと言いながら頬に手を当てている。あんまりだろ。
「もう! 真面目にやりなさいよ!」
散々にもほどがある。俺がなにをしたと言うんだ!
立ちなさい! もう一回よ! と地団駄を踏み相変わらず俺に容赦がない。
ようやくリリアンが間に入ってくれた。街は再び動き出した。
少女の話は全く要領を得なかった。曰く俺が別の街で出会い一悶着ののち逃げ出したというのだ。いくら知らないと言っても聞く耳を持たずで困った。しばらくすると少女も熱が冷めたのか,もういいわと言い,ようやく解放されると思ったら
「明日の昼,もう一度ここで決着つけるわよ」
そう言い残し去っていった。
何だったのか。
「あの子強いわねー」
「努力大丈夫?」
なんだかひどく疲れた。明日の朝にはこの街を発つ。変な少女との約束を守る義理もない。さっさと宿に帰り支度を済ましたかった。
まだ日の昇らない頃,俺らは暗い街を静かに歩いた。街の端まで来た。
「それじゃ,達者でな」
イーサンはそう切り出した。どうにも別れというものは訪れるものらしい。
「風邪ひかないように気を付けるのよ」
リリアンは少し寒そうに両手を組んだ。
「おっ,そうだ。ドリョク,こいつをやる」
そういって差し出されたのはイーサンの持つ魔法石だった。
「えっ。いいの? 大事なんじゃ――」
そう問うと
「いいさ。お前の方が必要だろう。それに今は金も入ったしな」
イーサンは微笑んだ。いつもなら豪放に笑いそうなものだが,今は静かに微笑んだ。
「もう! 短い間だったけどこんなに寂しくなるなんて! おいで!」
リリアンは俺とハルを抱き寄せた。
「あはは! ハルもリリアンのこと大好き!」
「ありがとう,リリアン」
長い抱擁から解放されると
イーサンと目が合った。
「へっ,お前なら大丈夫だぜ。けど,無茶はすんなよ。ハルも。お前はいつでも笑ってるのがいいさ。身体には気を付けるんだぞ」
ハルはイーサンに抱き着いた。何となく,俺も,イーサンに身を寄せると,イーサンの太く逞しい腕が俺らを包んだ。
「ハル,二人のこと忘れないからね!」
「ありがとう,イーサン」
少し寒い夜明けに,このぬくもりは離れ難かった。
それから
「またね!」
とハルは大きく手を挙げながら後ろ歩きをし,いつまでも手を振っている。
二人の姿が暁闇に消えようとしている。俺は思い出したかのように手を掲げ,相変らず百円ライターのような小さな炎を灯した。
すると二人のいた場所に二つの美しい炎が灯り,ゆっくりと空に向かって二重の螺旋を描きながら昇っていき,見上げるほどの高さに上がったころ,一つになり空中で弾けた。
眩い光の後には再び闇が訪れたが,不安を感じるよりも先に柔らかな陽の光が大地を照らし出した。




