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第一話 その5

 服屋に着き,服を買おうとすると,店主は俺の学ランを見て,それより上等なものはない,と言った。破れたズボンを見せると,手首に黒い糸を巻き付け,太い針をつまんだ。そうして破れた部分に手をかざすと,針を先頭に,黒い糸がするすると店主の手から滑り落ち,ズボンの布地を縫っていき,破れた穴は見事にふさがった。彼は鼻を鳴らし,五インね,と言った。イーサンは硬貨を五枚差し出した。

 あっさりと服の問題が解決し,店を出た。宿に戻り,改めてお互いのことを知ることにした。

 イーサンは仕事の為この街に来ている。ある商隊の護衛をするらしい。しかしその商隊の到着が遅れているらしく,待ちぼうけを喰らっている。そんな中で俺らと出会ったという。俺は自らを学生と言うことしかできなかった。文化が異なっていそうで,伝わるか不安だったが,すんなり理解を得た。それからハルとの旅の目的が妖精女王に会うことだと伝えた。すると彼は向かう方向が同じかもしれないと言い,いくつかの街の名前を挙げ,そのうちどこまでが一緒になるか俺たちに説明した。ハルは何やら感心したように頷いている。恐ろしい。もしイーサンと出会っていなければ,このハルと行く先も分からず,一銭も(もしかすると,一インも,というのが正しいのかもしれない)持たずに旅立つところであった。ハルはこちらの視線に気付きにこりと笑った。無邪気なその笑顔には,持っていた微かな皮肉めいた心持を消し飛ばす力があった。ややもすれば,そんな行き当たりばったりの旅さえも,ハルとなら楽しくなんとでもなりそうだという根拠の無い自信へと変化さえするのであった。

 しばらくはイーサンを頼ることにした。少なくとも彼の次の仕事には同行することになった。彼の仕事とは,このナートリからナガラという街までの,商隊の護衛である。俺は安堵した。彼の世話になる間に,なんとかこの異世界というものを知ろうと決めた。

 再び街に出た。イーサンと共に昼食を済ませた。イーサンは大きな戦斧を担いでおり,飯屋ではそれを持て余した。それから彼に郊外へ連れ出された。開けた芝生に,雑木林が続いている。

「ここらでいいだろう」

そういうとイーサンは楽しげに話し始めた。

「ドリョク。これからお前に魔法を教える」

それはたちまちに俺をときめかせた。大切な日に与えられるプレゼントのような,特別感を持った言葉である。俺は思わずにやけてしまった。高揚感に満たされ,飛び上がりたくなったが,流石にそれは恥ずかしさが勝りやめた。

「その前に魔力の確認だな」

イーサンはそう言って,首に付けていたネックレスを外し,俺の首にかけた。ネックレスには真っ赤なガラス玉のような石が,金の装飾に取り付けてある。それから担いでいた戦斧を渡してきた。すると戦斧の柄と刃を止める位置に付けてある,赤いブリリアントカットされた石が,にわかに光を帯び,また,共鳴するように,胸元にあるネックレスの石も光り出した。

「ようし,魔力は充分みたいだな」

イーサンは戦斧を手に取り,近くにあった切り株に腰かけた。俺とハルは手頃なものが無かったので,そのまま地面に尻をついた。それからイーサンの魔法講座が始まった。

「俺たちには,誰にでも魔力が流れている。子供から大人まで,しまいにゃ草木や動物にも流れている。だが。魔力を扱えるのは人間だけだ」

イーサンは掌の上に炎を作り,またそれを消した。

「中には魔力の少ないのもいる。反対に大きいのもいる。これは生まれつきある程度決まっている。ドリョク,お前えは充分魔力があるから安心しな」

白くきれいに並んだ歯を見せて,彼は笑った。

「魔力の源は,一言でいえば体力から来ている。体調の悪い日には大して使えないが,休めば回復する。あと,大事なのは心に左右されることだ。落ち込んだりしていると,魔力もふさぎ込んじまう。もし魔法を使いたいなら,心身共に健康でいなくちゃいけねぇ。魔力は常に,自身と一体なんだ。わかったか?」

俺はゆっくり肯く。ハルは白い蝶と黄色い蝶を交互に見やっている。

「よし。次からが大事な話だ。いいか? ここから話す内容までが,この世界での常識だ」

少し真剣みを帯びた眼に,俺は身構えた。

「この世界で魔法を使うには,目には見えない力をつかまえる必要がある。そしてそれは,概念だとか才能だとか,実体を持たないが,定義として存在するものを魔力によって力に変えることが,魔法を使うということだ。さっき服屋が魔法を使ったな? あれはあいつが“想像力”と,自らの“器用さの才能”を,魔力をもって表へ出したんだ。表出させるのは簡単な方だ。基本と言ってもいい。作り上げたイメージを形にする,そうやって魔法を使うのさ。その時,どれだけイメージを明確に持てるかが大事になってくる」

そこまで言って彼は立ち上がり,林の方へ歩いて行った。俺たちも後に続く。そうして彼は一本の木に触れて立ち止まると,少し離れるよう指示した。

「今言ったことだけじゃ分からんだろうから,今から実際にやってみせる。よく見とけよ」

イーサンは大きく足を広げ,中腰になり

「Inborn――」

と呟いた。彼の胸の辺りから赤い光が,全身を包むように溢れ出した。彼の全身は赤いオーラに纏われて,ネックレスの石は反発する磁石のように,胸元のあたりを跳ねている。

「Power!」

そう発すると同時に右足を,四股を踏むようにどしりと構えなおした。全身をぼんやりと包んでいたオーラが彼と一体になって,彼の大きな体は更に厚みを増して大きく見える。両手に構えていた戦斧は,彼同様に光と一体となって独特の光沢を放っている。

「俺は生まれつき力が強かったからな。だからこの職に就いた。魔力は長所である筋力を増強させた。分かるか? 俺にとって筋力はイメージがしやすく,また俺の才能でもあった。この世界においては,いかに自分の長所を認め,そこを伸ばせるかが重要なんだ」

才能という言葉を聞き,俺は何か嫌な気配がした。自らの長所が無かったなら。そんな疑問を抱かずにはいられなかった。

「魔力は道具にも伝播する。もっとも宝玉の加工がなきゃ,難しいところだが。この斧は戦うために俺の魔力に反応している。そうするとこんなこともできる」

イーサンはこちらに背を向け,一本の木に向き合った。そうして戦斧を振りかぶり,短く息を吐いて横一線に振りぬいた。

 すると,斧は何の抵抗も受けなかったかのように,木の幹を二つに断った。さながらダルマ落としのようである。木は直立していたが,イーサンが片手で持ち上げてしまうと,葉の擦れる音をたてながら,彼のされるがままとなった。

「イーサンすごーい! 力持ち!」

ハルはぴょんぴょん跳んで喜んでいる。俺は茫然とした。イーサンは一連の行動を苦も無くやってのけた。今も片手で木を揺らして葉を散らしている。今まで見た魔法から離れた,大きな力に,心が伏してしまった。木の断面は確かに切られていることを証明している。そうして次第に,再び憧れに似た感情が生まれてくるのを感じた。俺にも魔法が使える! その期待はやはり特別なものだった。


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