第一話 その4
一興を楽しんだ後のように,店には再び賑わいが訪れた。俺とハルはその大男のいたテーブル席へ移動した。
「さっきはありがとうございました」
「いいってことよ。気にすんな」
男は自らをイーサンと名乗り,どこにも所属していない雇われの戦士をしていると言った。耳慣れない単語に少し臆した。戦士という響きから何か血生臭いものを連想する。一方ハルは気にも掛けず自己紹介した。
「ハルは妖精だよ。よろしくイーサン!」
「ほう。変な二人組かと思ったら妖精かい。その割にはでかいな。ということは」
ハルはもう二度目である,妖精であることに驚かれるのは。そして妖精と結び付けられるのは決まっているらしい。
「兄いちゃんは転移者かい」
ビールジョッキを指差し代わりに向けて尋ねてくる。俺は頷いた。
「海野努力です。よろしくお願いします」
緊張が解けない。しかしイーサンはそんなことを気にする素振りも見せない。
「ところでウミノってのはファミリーネームかい? 転移者はみんなそうやって名乗る」
肯定すると
「そうか。そんならこれからはドリョクって名乗りな。こっちの世界はシンプルなのを好む」
こっちの世界とは異世界のことだろうか。なにやらイーサンは転移者について知っているように見える。
「俺は今まで二人,転移者と会った。二人ともガキみたいにいろんなもんに興味を持つから面白くってな。なんでもないことに驚くんだ。例えばほら」
そういってイーサンは目の前で指を鳴らした。すると指先が火打石であるかのように火花を散らし,広げた掌の上には小さな炎を残した。俺は目を疑った。ハルの羽といい,どうにも現実離れしている。目の前の光景が途端に嘘のように見え,イーサンやハルの存在までもが夢なのではないかと思われた。
「ははは! 二人とおんなじ顔だ。こんなん子供だって出来るぜ」
イーサンは掌を握り,炎をもみ消した。ハルは話に飽きたのか席を離れ,ウェイターの手伝いを始めた。客はそれを面白がって楽しそうに見ている。
「おめぇら,宿は決まってのか? 俺は困ってる奴ぁほっとけねえタチでな。金が無ぇんだろう。世話見てやるから,俺んとこへ来いよ。相棒が来ねえからベッドが一つ余ってんだ」
俺はイーサンに対して悪い印象は受けなかった。今は何も選べる立場ではない。渡りに船と思い,イーサンを頼ることにした。
「よろしくお願いします」
ははははは! 律儀なやつだなあお前は! イーサンは機嫌よさげに笑った。
店を出ると冷たい風が頬を撫でた。学ランで充分であったが,尻が寒い。人通りは来たときより数を減らしたものの,石畳を鳴らして歩くのがいくつか見えた。
イーサンの借りている宿へ着くと,ハルは真っ先にベッドへ飛び込んだ。俺はハルを咎めようとしたが気が付けばそのまま眠り込んでしまった。イーサンが何か言っていた気がするが,それすらも最後まで聞き取れなかった。
翌朝,目を覚ますと,見慣れぬ景色に気が動転した。意識がはっきりしだすと,昨日のことを少しづつ思い出した。なんだか遠い昔のことのように思える。イーサンもハルも部屋に姿が見えず不安になったが,ハルはベッドから転げ落ちて床で寝ており,イーサンは少しすると部屋に戻ってきた。
「おう。目が覚めたか」
彼は父を思わせるような頼もしさがあった。
ハルを起こし,三人で宿の食堂で朝食を済ませた。次第に街は目を覚まし,活気のある声があちこちから聞こえてくる。イーサンの提案で服を新しくすることにした。服屋に行こうと宿を出ると,昨日は暗くて見えなかった街の全容が明らかになった。陽の差した建物は街にくっきりとした影を落とし,広場には美しい噴水が行き交う人々に潤いを与えている。露店には鮮やかな青果が並び,店主は豊かな表情で客を楽しませている。プランターがいくつも並んでおり,低木や花が無機質な石造りの街に生気をもたらしている。馬車が颯爽と駆けると,花屋の娘が手を振り馬を見送った。
街の息吹が胸をいっぱいに満たした。高々と昇った朝日が眩しくて思わず手でひさしを作った。ハルもイーサンも何食わぬ顔で歩いていく。
外国に来たようだ。つまらない感想しか抱けなかったが,それ以上に胸を満たしているのは充足感であった。ハルが手を振り俺を急かしている。俺は走って後を追った。




