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プロローグ その1

 昔から何一つ長けたものはなかった。誰にでもある程度得意とするようなものが,良し悪しはともかくあるはずだと思うが,俺にはそれがなかった。しかしそれは平凡だとか,無個性を意味する訳ではない。とにかくあらゆるものに不得手であったのだ。


 生まれてから今に至るまで難なく事が進んだ覚えがない。何事も人並みに出来るようになるのに人一倍の苦労を必要とした。そんな俺に付けられた名前は「努力」であった。父親曰くあらゆる困難にも立ち向かえる根性のある男になってほしいと願い名付けたらしい。この名前の意味が理解できるようになる頃には,この名前が為に人一倍苦労しているのではないかと疑ったものだ。


 とにかく俺は不器用であり,何一つとして得意なものはなかった。それでも今日まで何かを投げ出すようなことがなかったのは,父の教育によるものが大きかった。父は,俺に色々なことをやらせては全くできないのを,せめて形になるまで()()しろと言い,俺は従った。次第に何事もできないのは当たり前で,努力をすることも当然のように考えるようになった。俺は,ある程度の結果が出るまでは努力をする,つまらなくも真面目な性格となった。


 不器用であることがあらゆる障害を生み出すことは想像に難くないだろう。今通っている学校においても,初めのうちは全く友達というものが出来なかった。理由は単純に俺が何をしても下手であり,それが場の空気を乱すからであった。授業でも返答に長い時間を掛け教師の機嫌を損ねたり,遊びに誘われたときに行ったカラオケでは,あまりの音痴に皆が閉口した。俺も黙った。


 しかし,高校に入学して一年経ち,学年が上がる頃には友人を持つことができた。お前が人一倍不器用なのも,それを努力して克服しようとしてるのも,俺たちは知っているから,と言われたときには思わず涙が出た。


 もちろん中には疎ましく思っているだろう人もいるだろうけど,自分の行動と性格が,俺を孤独から遠ざけた。


 それでも自らの人生に悲観することから逃れることはできなかった。不自由苦の名のもとに生まれたと言っていい程の生活は,割り切って生きていくには余りにも苦痛であった。いわゆる人が当たり前に出来るようなことも困難として立ちはだかるという現実に,いい加減辟易とした。しかしこの辟易も,今に始まったことではなく,過去にも幾度となく遭遇してきた感情と言ってよいものだった。それがこうして現在まで,寄せては引いてゆく波のように,ゆらぎを保って現れるのである。


 人は困難を乗り越える度に強くなると言うが,それが自分にも当てはまるとしたら,俺は既に何事も恐れない人間になっていなくてはならないだろう。しかし先にも言ったように俺の心は決して強くは育たなかった。人よりも我慢強く,忍耐力にも自信はある。集中力も父の教育の賜物と言って良い。


 だが,何も持たず生まれてきたという事実は,これらの経験における財産をもってしても将来への不安を拭うことは出来なかった。


 友達が出来て,周囲からの理解を得たとしても,不器用であることに変わりはない。だから遊びは断ってきたし,誘ってきた彼らもそんな俺の煩悶をなんとなく察知しているようだった。その優しさもまた,ささくれのような痛みをもたらすのだった。


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