美しいから私がいいの?
「この贈り物を受け取ってください! 僕からの気持ちです!」
「何なら今日一日一緒にいてやるぜ!」
「あ、あのっ……実は昔から好きでした。結婚してください」
私は昔からよくこんな風に絡んでこられる。
けれども、ちやほやする者にほど邪な考えがあるのだと、私は知っているのだ。
だから騙されない。どんなに優しくされても、どんな良い物を贈られても、それでその相手に惚れ込むようなことは絶対にない。
近寄ってくる者は皆、人を外見で判断する人だ。
だから好きでない。
美しいから私がいいの? それなら別の美しい人でもいいじゃない。私である必要がある? ないのでしょう、そんなもの。
「すみませんが、すべてお断りします」
だからいつも笑顔で返す。
拒む言葉を。
もし私が独り身であったなら、戯れることもあったのかもしれない。けれども私には婚約者がいる。だから婚約者以外の異性と関わることはない。たとえ遊びであったとしても、異性と過度に触れ合う気はさらさらないのだ。
私にはただ一人、婚約者の彼がいればそれでいい。
周囲の人たちは彼を悪く言う。なぜなら人間の姿ではないからだ。彼は今、ねずみの姿になってしまっている。それも、綺麗という言葉が似合わないような、灰色のねずみ。
けれども心は人のそれと同じ。しかも彼は言葉を話すことができる。ねずみの姿になっても、人らしさを失ってはいない。だから私たちは分かり合えている。何も困っていない。当然、意思疎通も問題なく行える。
「ただいま、あなた」
「おっかえりぃ!」
買い物に出掛け、帰宅。
そんな私を迎えてくれたのは、婚約者、ねずみの姿の彼。
相変わらず小さくて可愛らしい。灰色の少し毛が生えた身体を見たら、つい、手のひらで包み込みたくなる。そして、指先で微かにくすぐりたくもなる。
「今日は誰にも絡まれなかったかぁい?」
「絡まれたわ」
「えーえーっ! それは怖いよぅー!」
「大丈夫。ただの求愛だったわ」
「……求愛は求愛で変だよぅー」
テーブルに乗っかった灰色のねずみの前に両手の手のひらを差し出す。二つの手のひらで船のような形を作り、暫しじっと待つ。すると、やがて、灰色のねずみがぴょこんと手の方へと移動してきた。体表の細く短い毛がほんの少し肌に当たるのを感じる。そして生の温もりも。
「それよりお茶にしましょう。あなたは何を食べる?」
「ナッツ!」
「分かったわ、すぐに用意するわね」
ねずみと暮らすおかしな女、なんて言われることもあるけれど、そんなことはどうでもいい。
私には私の考えと生き方がある。
私の人生は私が決める。
だから、いつか彼が人間に戻る日まで、私は彼と共にここで生きてゆく。他人が何と言おうが関係ない。誰も私に口出しなんてできないのだ、私が決めたことがすべて。
「でも、ひとつぶだけよ?」
「えぇーっ」
◆終わり◆