グローボとの戦い
「――さん、クリムさん!しっかりして下さいっ!」
あたしはナラの呼び声で目が覚めた。どうやらあのデブの攻撃を食らってしばらく気を失っていたらしい。…あたしとした事が、情けないわね。
「クリムさん…!よかった、目を覚ましたんですね!本当に心配したんですよ」
「少しだけ腰は痛めたけど、動けないほど深刻ではないわ。安心して」
「そうなんですね。クリムさん、怪我は酷くないみたいで本当によかったです」
あたしは立ち上がると、気を失っていた間に何があったかを確認する為に周りを見る。そこにはフリントとミントの二人が、グローボとかいうイレギュラーと対峙していた。
…あれ、ちょっと待って。男二人組がいないけどどこに行ったの?
『グフッ?もう目が覚めてしまったのか、お前さん?オラが思っていたよりも随分タフなんだな』
グローボがあたしの方を向きながらそう言った。…ふん、あたし達はこれまでに数々の困難に立ち向かってきたのよ。こんなもんであたしを倒せるだなんて思わない事ね。
「…それよりもあんた、ナオトとアルベルトがどこへ行ったか知らない?」
『あの二人の事かい?あいつ等は邪魔だったからこの建物から追い出したよ』
建物から追い出した…って事は、今は外にいるの!?二人とも大丈夫かしら。あたしは急いで外へ向かおうとした。
『おっと、外へ行こうとしても無駄なんだな。壁の方をよく見てみろ』
「壁?…うわっ、何よこれ!?」
壁をよく見ると、何やら紫色の液体らしき物がこの建物全体を覆うように張り付いていた。な、何だか生き物みたいに蠢いているし気持ち悪いわ…。
この状況に戸惑っていると、ミントがあたしに向けてこう叫んできた。
「クリム姉ちゃん、大変だよ!あたしたち、あの気持ち悪い壁みたいな奴のせいでここから出られなくなってしまったの!フリント姉ちゃんが頑張ってあれに攻撃してみたんだけどね、全然駄目だったみたい…」
「出られなくなった…ですって?」
『グフフ、その通りなんだな。あれはお前さん達に分かりやすく言うならば、イレギュラーの一種さ』
あ、あれもイレギュラーなの…。さすが、不規則な存在と言われるだけあって何でもありね。もう何が来ても驚かない自信があるわ。
『言っとくが、そいつはお前さん達の攻撃程度じゃ倒す事は出来ないよ。あのチビが持ってる『神の力』とやらを使わない限りは何をしても無駄なんだな』
「あのチビって…。もしかして、ナオトの事を言ってるの?」
『ああ、そうさ。お前さんはあのチビが特別な力を持ってる事をご存じみたいだな。グフフッ』
『神の力』…。さっきミントが言ってた借り物の力の事かしら?名前だけでも随分と胡散臭いわね。ナオトはどこでそんな物を手に入れたのかしら?まったく、次から次へと謎が出てきて嫌になりそう。
…いや、今はそんな事を気にしてる場合じゃないか。今はこいつを倒すのが先ね。あたしは杖を構え、戦闘態勢に入る。
『おやおや、まだオラに攻撃するつもりかい?どう足掻いても無駄だと分かっているのに?』
「…あいにく、あたしは往生際が悪い性格でね。それにさっきまでのお礼をあんたにたっぷり返さないとあたしの気が済まないのよ」
『グフフッ!ま、お前さんがそう望むんだったらお好きにどうぞ』
その態度…。あいつ、自分が負けるだなんて微塵に思ってもいなさそうね。なおさらやる気が湧いてきたわ。
「クリムちゃん!あまり無理しない方がいいわよ。さっきまで気を失っていたじゃない」
「そうだよ、クリム姉ちゃん!ここはあたしたちだけでもあいつを倒せるよう頑張ってみるから、姉ちゃんは少し休んでて」
皆があたしの元へやって来る。さっきまで気を失っていたあたしの事を心配してくれているようだ。
「…いえ、あたしはもう大丈夫よ。それにあんた達だけで奴を倒せる自信はある?ただ闇雲に戦ってたらいつまでも終わらないわ」
「そ、そうは言われても…。じゃあクリム姉ちゃんはどうやったらあいつを倒せるか分かるの?」
「上手く行くかは分からないけど、一つだけ提案があるわ。皆、ちょっとだけ耳を貸して頂戴」
あたしは皆に今考えた案をこっそりと伝える。どんな案なのかは…実際にやってみてからのお楽しみ。
「クリムちゃん、いいアイデアだと思うわ。あいつを完全には倒せなくてもある程度のダメージは与えられそうね」
「やってみる価値は十分にありますね。ナオトさんがいない以上、私たちだけでも何とかしないと」
二人はあたしの考えた案にすぐ賛成してくれた。…ただ、ミントだけは少し戸惑っている様子。
「あ、あたしに出来るかな…。失敗したらどうしよう」
「大丈夫よ、ミントちゃん。クリムちゃんは君を信頼してるからそう言ったの。それに君は強くなりたいって言ってたでしょ?だったらここで勇気を出さなくちゃ」
「う…うん。あたし、頑張るよ。もうここで逃げ出したくなんかないから…!」
ミントも覚悟を決めたようだ。…よし、これで準備は整ったわね。
「――皆、準備はいい?出来たらさっさと始めるわよ!」
「「「うんっ!」」」
皆の返事を聞くと、まずあたしが前に出ると杖を構え、この魔法を唱えた。
『――フラッシュ!』
魔法を唱えた途端、杖から眩い光が溢れ出る。フラッシュは前に宝探しで洞窟に入った際に使った『ライト』という魔法の上位互換だ。
『グオッ!な、なんだあっ!?』
グローボは光を直視した為に目をつぶり、無防備な状態になる。――いくら常識が通用しない連中と言えど、こういうのはちゃんと効くみたいね。こういう時に備え事前にこの魔法を覚えたのは正解だったわ。
奴が混乱している間にあたしは顔を後ろへ向け、皆に合図を送る。それを見た皆は急いでグローボのいる所へと走り出した。
フリントとミントはあたしと同じく前に行き、ナラは奴の後ろへと回り込む。
「ミントちゃん、クロスボウはしっかり構えた?」
「うん!いつでも行けるよ、姉ちゃん!」
「分かったわ。――それっ!」
フリントはミントを持ち上げると、そのまま彼女を上に放り投げる。空中に放り出されたミントはクロスボウをグローボの顔に目掛け、そのまま矢を放った。
『グググ…。い、今の光は何だったんだ――って、いてェェェェェ!!』
矢はグローボの目に直撃。まともに食らったグローボは大絶叫した。いいわ、効いてる効いてる!腹以外はまともにダメージが通るようね。
「や、やったよクリム姉ちゃん!」
「今のは良かったわミント!――さあ今よ、ナラ!思い切りあいつの背中を切り刻んで!」
「はいっ!」
あたしはナラに指示を送ると、ナラは大剣を使いグローボの背中を切り刻み始めた。大剣が奴の背中に当たる度に紫色の血しぶきが飛び散る。
『グ、グハッ!オ、オラの背中が~!』
奴の反応から察するに背中もダメージが通るようだ。いいわよ、ナラ!この調子でやればあいつを致命傷に追い込めるかも…!
『…ヌググッ!それ以上はやめるんだなッ!!』
しかし奴もこのままやられるワケにはいかず、足を地面に踏みつけ地響きを鳴らした。あたし達はその振動でまた地面に倒れこむ。それはナラも同様だった。
『グググ…。い、今のは流石に痛かったんだな。まさかオラの目と背中に傷がつくとは…』
「ふ…ふん!さすがのあんたもこれには耐えられなかったんじゃない?」
『グ、グフフ…。残念だが、傷を付ける事は出来てもオラを完全に倒す事までは出来ないんだな』
グローボはそう言うと、倒れているナラの方を向いて足を大きく上げた。…あいつ、まさかナラを踏みつぶす気!?
「危ないわナラ、すぐに避けて!」
あたしはナラにそう叫ぶと、ナラは地面に転がりながら奴の攻撃を回避する。ふぅ、間一髪だったわね。
ナラは攻撃をかわした後、急いで立ち上がりあたし達のいる所へ駆け寄った。
「ナラちゃん、大丈夫?怪我はしていないわよね?」
「は、はい…。でもさっきあのイレギュラーが言ってた、『完全に倒す事は出来ない』ってどういう事なんでしょうか?」
『グフフッ、理由を知りたいようだねそこのお前さん。いいだろう、教えてやる。オラの身体は外側からじゃ致命傷を与える事は絶対に出来ない。斬られたり殴られた痛みはあるが、ただそれだけの話。オラの身体はすぐに治るからな』
な、何よそれ…。ダメージは与えられるけど倒す事までは出来ないって事!?いくら何でも滅茶苦茶よ!
『おっと、今の話を聞いて驚いているみたいだな。まあ無理もあるまい、分かりやすく言えばオラを倒す事は出来ないって事だからな。お前さん達はここでオラによって無残に殺されるという訳だ…。グフフッ!』
グローボはあたし達を嘲笑う。――結局、あたし達だけじゃイレギュラーの親玉を倒す事は出来ないというの?『神の力』とやらを持っているナオトだけにしか、あいつは倒せないの?
「ど、どうしようどうしよう!このままじゃみんなやられちゃうよ!ねえねえ、誰かあいつを倒せる方法はないの!?」
「――ミントちゃん。私、あいつを倒せる方法を一つだけ思いついたわ」
「え?」
突然、フリントは何かを思いついたらしい。
「倒せる方法って…何か思いついたの、フリント?」
「ええ。だけどこのやり方は賭けに等しいわ。もしこれが失敗すれば私は死んでしまうかもしれないけど…。でも、やってみるわね」
「は?あんた、何を言って――」
あたしが最後まで言う間もなく、フリントは奴に向かって走り出す。あいつ、何を考えてるの…!?
フリントはグローボに近づくと、そのまま高くジャンプしグローボの頭の所まで飛ぶ。
『まさか、オラの頭を狙うつもりだな?そうはさせないんだなっ!』
グローボはそう言うと、口を大きく開いて――。
――ぱくり。
そのまま、フリントの身体ごと飲み込んでしまった。