新たなイレギュラーの出現
俺とクリムは仲間を全員呼び、さっきの大きな建物の所へと戻ってきた。入口に近づくとまた俺の身体に寒気が走る。…やはり、あの建物の中に何かがある。それだけはハッキリと分かる。
「えっと、ナオトさん大丈夫ですか?身体が震えていますけど」
「ああ、俺は大丈夫だよ。さっきクリムが俺の頭に触れて熱が無いか確かめてくれたんだけど、特に何ともないってさ。少なくとも、この寒さにやられたとかじゃ無さそうだ」
「そうなんですね。安心しました」
「…でも、さっきナオトはこんな事を言ってたわ。あの建物の中にイレギュラーの気配がするって」
「イ、イレギュラー!?あのデカい建物の中に潜んでいやがるってのかよ!?ナオト、それって本当か?」
「恐らくな。それにあんな大きな建物なんだ、仮にイレギュラーじゃなかったとしても何かがいる可能性は大いにあり得るだろ?」
「まあ、そうだけどよ…」
実際、あの中にイレギュラーが潜んでいるかどうかは分からない。あくまでそいつに似た気配がすると思っただけだ。
「とにかく、あの建物に入って見ましょ。早くしないと日が暮れてしまうしね。…それじゃあ皆、戦闘準備は出来てるかしら?」
クリムの発言を聞き、俺たちは一斉に頷く。準備は万端だ。
「…全員大丈夫なようね。さあ、行くわよ!」
俺たちは入り口の扉を開き、建物の中へと入っていく。建物の中は廃墟という事もあって薄暗い。幸い、部屋のあちこちにある窓から光が差し込んでいたのでそこまで支障は無かったのだが。
「クリムさん、ここって…礼拝堂ですよね?」
「ええ、それで間違いないわ。どうやらここは教会のようね」
この建物の正体は教会だった。長年の風化によって劣化こそはしているが、原形はとどめている。長椅子や壁のステンドグラス、奥に見える祭壇などもしっかりと残されていた。
「ここだけ戦争による被害はそこまで大きくなかったみたいですね。…でも、誰もいませんね」
「そうだね、ナラ姉ちゃん。…でも、ナオちゃんはここにイレギュラーの気配がするって言ってたでしょ?ナオちゃん、今でもそれは感じるの?」
「勿論だ。寧ろ、気配はさっきより大きくなってる気がするよ」
イレギュラーらしき気配は、中に入る前よりどんどんと近づいている。だが辺りを見回しても、それらしき物は見つからない。どこかに隠れているのか…?
「…ねえ皆、あれを見て。あそこに階段があるわ」
フリントが部屋の横にある階段を指差しながらそう言う。どうやらここは二階建ての建物みたいだ。とすると、気配は上の方からか。
「ナオト君、もしかしたらあの先に君の言ってた気配の正体があるんじゃない?」
「きっとそうだ。よし、そこに行ってみよう」
俺たちは階段に向かって歩き出した――と、その時だった。
――ドォォォォォォォン…!!
突然、部屋中に地響きが起こる。俺たちはその音に驚いてしまい、その場に倒れこんでしまう。
「う、うわっ!何の音だ!?」
「この部屋の奥から聞こえてきたわ…って、何あれ!?」
クリムはすぐに立ち上がり前を見ると、驚いた声を出す。俺たちもその方角を向くと、そこには緑色のデカくて丸い物体が目に入る。あ、あれは何なんだ!?
「な、なんだよあの馬鹿でかいもん!?こんなのさっきまで無かったよな?どっから入って来やがったんだ!」
「分からない、けれど…。皆、気を付けて!何かが起こってもいいように構えだけは取るのよ!」
俺たちも立ち上がり、すぐに武器を構え戦闘態勢に入る。しばらくすると、緑色の球体がゆっくりと動き出す。そしてその球体から、手足と顔らしき物が生えてきた。
『ウオアアアア…』
部屋中に野太い声が鳴り響く。声はあの身体を生やした球体から聞こえた。
球体は身体をゆっくりと起き上がらせ、姿勢を立て直すのか軽くジャンプをする。そのジャンプの影響でまた地響きが起こり、俺たちはよろけそうになりながらも必死に踏ん張った。
「くそっ、ジャンプしただけでここまで振動すんのか。こりゃ相当体重あるだろうな」
「あれに踏みつぶされたら一溜りもありませんねっ」
緑色の球体は完全に起き上がり、その全貌が明らかになる。象のような太くて大きな足、それとは反対に人間並みの小さな手。身体の一番上にはワニに似た顔が乗っていた。
身体の大部分は腹で出来ており、その姿はまるで風船のようだ。
『ムムム…。お前さん達、これからあの方に会いに行くつもりだろ?その前にまずはオラと戦って欲しいんだな』
球体の化け物は野太い声で、俺たちに向けてそう言ってきた。「ここを通りたければ俺を倒してからにしろ」という、漫画やゲームでよくあるパターンのつもりか。…くっ、今はそれどころじゃないってのに!
「おい、お前は誰だ?まさかお前もイレギュラーの一人か?」
『その通り。オラの名前はグローボ。あの方からお前さん達を倒すよう命令を受けてここへ来たんだな』
「あたし達を通せんぼするつもりなのね。…悪いけど、あんたと相手している時間はあまりないわ。こっから出て行って貰えるかしら」
『グフフ、まあそう怖い顔せずに。お前さん、眉間にしわが寄っているよ?ダメダメ、可愛い女のコがそんな顔をしたらぁ』
グローボとかいうイレギュラーはクリムをからかうように笑う。…こいつ、俺たちの事を舐めているのか?
クリムは今の奴の言葉を聞いて明らかにイライラしている様子だった。
「あんた…あたしに挑発でもしているつもりなの?いい度胸しているじゃない」
『おお、怖い怖い。オラは打たれ弱いんだから、お前さんはオラに優しく接しなきゃ』
「打たれ弱い?はっ、外見はデブのくせに心は随分と痩せっぽちなのね。それに今の話し方であんたに優しくしてくれる奴がいると思ってるワケ?」
「クリムちゃん、見え見えの挑発に乗っちゃダメ!ここはさっさとあいつを倒して先に進むわよ!」
フリントはそう言うと、グローボに向かって一直線に走り出す。
「――やああああっ!」
掛け声と共に、フリントはグローボに飛び蹴りを食らわせる。飛び蹴りはグローボの腹に命中し、奴の腹が思い切り凹む。
『グフッ…』
フリントの飛び蹴りを食らい、グローボの顔が歪む。これはかなり効いたんじゃないか?さすが格闘家のフリント、今のはいい一撃だったぞ。
「君、グローボって言ったっけ?君はもう少し女の子への接し方を勉強しないとね」
フリントは奴に向けて軽口を叩く。しかし、グローボはそんな彼女を見て気味の悪い笑みを浮かべていた。
『グフフ、残念だったんだな。今のでオラに攻撃したつもりだろうが、無駄なんだな』
「え?それってどういう――きゃっ!」
突然、フリントの身体がこっちに向かって勢いよく飛んでくる。な、何が起こったんだ?
「フリント姉ちゃん、大丈夫!?」
「いつつ…大丈夫よ。これくらいでやられる私じゃないわ」
「よかったぁ。でも姉ちゃん、今何が起こったの?」
「…私が吹っ飛ぶ瞬間、あいつのお腹が膨らむのが見えたわ。まさか、私の攻撃を跳ね返したの?」
フリントがそう言うと、グローボの汚い笑い声が響き渡る。
『グフッ、お前さんの言う通りなんだな。オラの腹は殆どの攻撃を受け止める事が出来るんだな。今のお前さんが放った蹴り一発だけじゃ、オラには痛くも痒くもないって訳さ』
グローボが自分の腹を叩きながら説明をする。…ふと、俺は昔読んだ漫画で似たような敵キャラがいたのを思い出した。結構強かったし、見た目的にもインパクトがあったから今でも印象に残っている。まさか似たような奴と戦う羽目になるとは思ってもいなかった。
果たして俺たちは、あいつに勝つ事が出来るのだろうか…?