進化の実験
「――よし、皆。出かける準備は終わった?」
俺たちは昼ご飯を済ませ、すぐに外へ出る準備に入った。俺はさっき手に入れたビンを鞄の中に入れると皆に声をかける。
「とっくに済ませたわよ。で、これからギルドへ向かって何をするつもり?」
「いつも通り、魔物の討伐を依頼するよ」
「魔物の討伐と、ナオトさんの持ってる種が何か関連しているんですか?」
「それは後でのお楽しみという事で…」
俺がそう言うと、クリムは俺を怪しむように眼を細くして見つめてきた。そんな目で見られると何だか気まずいからやめてくれ…。気持ちは分かるけどさ。
「…あれ?ナオちゃん、アルベルト兄ちゃんとフリント姉ちゃんは誘わないの?」
出かける直前、ミントが俺にそう聞いてくる。…そう言えば、あの二人はどうしよう?正直わざわざ呼びに行くのも面倒だし、会えたとしても都合がとれるかどうかも分からないし…。
「ごめん、今回は誘わない事にするよ。あの二人には今度会ったら結果だけでも報告するから…それでいい?」
「ふーん…。ちょっと寂しいけど、ナオちゃんがそういうなら仕方ないよね」
「単に呼びに行くのが面倒なだけでしょ。この際どっちでもいいから、さっさとギルドに行くわよ」
俺たちはフリントとアルベルトを除いたメンバーでギルドへ向かい、魔物の討伐依頼を受ける事にした。今回選んだモンスターは、Cランクで最強クラスと呼ばれている(らしい)トロールというモンスターだ。
「そう言えばあんた、まだCランクの途中だったのね」
「仕方ないですよ。ここ最近は色々あって仕事出来る時間が無かったのと、ミントちゃんの世話で精一杯だったんですから。ね?ナオトさん」
「ああ、まあね」
確かに、ここ最近は他の事を最優先にしていた影響で自分の仕事にかかる余裕が全然なかった。ギルドカードを見ると、後一回依頼を達成したらBランクに昇級するようになっている。ここまで来たんだし、いい加減さっさと次のランクに上がらないとな。
「トロールの居場所はこの町から出て北にある森よ。さ、早く行きましょ」
俺たちは早速、町から出て北にある森まで向かう事にした。そこにトロールという魔物がいるようだ。ところで、トロールってどんな魔物なんだろう?
「なあクリム、トロールってどんな魔物なんだ?」
「一言で言うと、デカくて太った体型の魔物よ。棍棒を手に人間達を襲う凶暴な奴ね」
…俺が昔やってたゲームに出てくるトロールまんまな奴なんだな。説明を聞くだけでも手強そうだ。
ミントは今の話を聞き、少し怯えている様子。
「ふえぇ、そんなおっかないのと今から会うの?怖いよぉ」
「大丈夫よ。あいつは頭がかなり悪いから攻撃パターンさえ分かればどうって事はないわ。それに、そいつを討伐するのはあたし達じゃなくてナオトよ。あんたは何もしなくていいわ」
「う、うん…ナオちゃん、気を付けてね」
ミントは俺の事を心配してくれているようだ。そうこうしてる内に、俺たちは目的地の森に到着した。
「ナオちゃん、この森に来るのは初めてだよね?…やっぱり森っていつ来ても不気味だよね」
「ああ、そうだな…。何が出てもおかしくない雰囲気だ」
俺が初めて仕事しに行った場所もそうだが、この世界の森はどこも鬱蒼としていて昼でもかなり暗いようだ。俺一人で来たら絶対に耐えられないだろうな、こういう場所は。
魔物にいつ遭遇してもいいように、緊張感を保ちながら森の中を進んでいく。トロールは一体どこにいるんだ?
「あっ、ナオトさん!あそこに大きな人影が見えましたよ!」
突然、ナラが俺にそう言ってきた。辺りを見回すと、遠くにうっすらと何かが見えた。大きさからして明らかに普通の人間じゃない…という事は、こいつがトロールか?
「――よし、行ってくる!」
俺は急いでそいつの近くまで向かう。近づいていくにつれて、後ろ姿ではあるものの奴の全体像が露わになってきた。
5メートルもあるであろう身長に、太った体型。身体の色は薄汚い緑で手には棍棒らしき物を持っている。俺はその姿を見て確信した。…あいつがトロールに違いない!
「おい、お前がトロールだな!」
そう叫ぶと、魔物はゆっくりとこちらの方へ振り返る。魔物は、鼻が不自然に大きく細い目をした醜い顔だった。ゲームに出てくるトロールまんまだ。
やはりこいつがそうか。生息地もここの森って依頼の紙に書いてあったし、間違いない。
「――グオオオオオッ!!」
トロールは雄叫びを上げると、手に持ってる棍棒をゆっくりと俺に向けて振りかかった。おおっと、危ないっ!俺は急いで攻撃をかわす。
動きがスローとはいえ、あれをまともに食らえば大怪我間違いなしだろう。油断はならない。
「フーッ、フーッ…」
トロールは荒い鼻息をしながら俺の事を睨みつけてくる。明らかに殺す気満々だ。余程、自分のテリトリーを邪魔されたくないんだろう。
だけど、今更この程度で怯える自分ではない。こいつよりも遥かに凶暴な魔物と何度も戦ってきたんだから。さっさとこいつをやっつけて、当初の目的を果たすぞ!
「――やあっ!!」
俺はトロールの近くまで駆け走り、持ってる剣を奴の心臓部に思い切り突き刺す。すると、トロールは凄まじい絶叫をしたと同時にゆっくりと仰向けに倒れて行った。
トロールはあの後、ピクリとも動く様子はない。どうやら倒す事に成功したみたいだ。よし、やったぞ!
「ナオトさーん!大丈夫ですかー?」
無事に倒せた事で安心していると、後ろからクリム達がやって来た。
「ああ、俺は大丈夫だよ。今トロールをやっつけた所さ」
「ふーん、思ってたより倒すの早かったわね。まあこんな奴、今更あんたの敵ではないわね」
「やっぱりナオちゃんって凄いなぁ。今のあたしだったらこんなの真似出来ないよ」
「私たちも負けてはいられませんね、クリムさんっ!」
皆は俺の事を褒めてくる。いつもの事とはいえ、やっぱり人から褒められると照れるなぁ。俺は自分の頭をかいた。
その後、トロールを討伐した証拠として奴の歯を抜き取る。その際に奴の口から異臭が放たれていたが、我慢して何とかやり切った。…こいつ、見た目と同様不衛生な生活を送っているんだろうな。
「とりあえずトロールの討伐は終わったけど、あんたがさっきから言ってる計画とやらは何なの?いい加減教えてよ」
「分かってるよ。えーと、さっき手に入れたこの液体を使うんだけど…」
俺は鞄から進化の種が入ったビンを取り出し、倒れているトロールの近くへと寄る。さっき俺が剣で突き刺した箇所から血がたくさん流れていた。俺はビンの蓋を取ると、傷口に進化の種をまんべんなく入れる。
「ナ、ナオトあんた…。あの偵察兵と同じ事をするつもりなの?」
「ああ。昨日あの二人組のイレギュラーが言ってたけど、一度死んだ生物にこの種を体内に入れるとイレギュラー化を起こすらしい」
「…それを確かめる為だけに、わざわざあたし達も連れてここまで来たってワケ?正気とは思えないわ」
「ご、ごめんよ。だけど皆にも確認して欲しかったんだ。それに、万が一の場合に備えて仲間がいてくれたら心強いし」
「はぁ。前から思っていたけど、やっぱあんた普通じゃないわね」
普通じゃない、か。確かに俺は皆から見たら普通の人間じゃないだろうな。元々は別の世界から来た訳だし。…とはいえ、そんな俺が今魔物を使って実験を行うなんて事を考えるもんだからどのみち普通じゃないか。
そんな事を思いながら、俺たちは奴に異変が起こるのを待った。5分、10分…。しかし何か起こる気配は今の所全くない。
「ナオト、まだ何も起こらないの?」
「そんなの俺にも分からないよ。今俺たちに出来るのはとにかく待つ事だけだ」
「あたし達はいつまでもあんたに付き合ってあげるワケには行かないわ。もし20分経って何も起こらなかったらさっさと帰るわよ」
「まあまあ、クリムさん…。今はナオトさんを信じましょうよ。ナオトさんは嘘をつくような酷い人ではないって私は分かってますから」
「あ…あたしもナオちゃんを信じる!だからナオちゃん、今は少しだけ手を握らせて」
ミントはそう言うと俺の手を強く握る。その感触から僅かな震えを感じた。怖がっているのだろうか。そう思うのも無理はないが…。
「…!?ちょっと皆、見て!」
ふと、クリムがトロールのいる方を見ながらそう叫んだ。前を見ると、傷口の部分から何やら紫色の液体らしきものが見えている。それはどんどんと増えていき、やがて奴の身体を覆いつくしていく。
「な、何よこれ…!?これがイレギュラーになる瞬間だって言うの!?」
「こ、怖いよ、ナオちゃん…!」
俺たちは警戒態勢に入りながらトロールを見続ける。――そして次の瞬間、死んだはずのトロールはゆっくりと起き上がり始めた。
奴はほぼ異形と化しており、全身紫色に染まっている。身体の右半分からはトゲのような物が次々と飛び出していた。
「――あいつの言ってた事、本当だったんだな…!」
俺はイレギュラーへ進化したトロールを見ながら、そう呟いた。