教会の謎
翌日、いつも通り朝ご飯を食べ終えるとすぐに支度を始めた。今日からはミント一人でギルド生活を送る事になる。ミントが出かける前に、俺たちは彼女を見送る事にした。
「今日からはあんた一人で仕事をやるようだけど、本当に大丈夫なの?あんたっていつもナオトに頼ってばかりだったじゃない」
「大丈夫だよ、クリム姉ちゃん。これからはナオちゃんや姉ちゃんたちと一緒にいなくても頑張れるって所を見せてあげるね」
「無理はしない方がいいですよ?もしかしたら途中でイレギュラーに遭遇する可能性もありますし」
確かに、その可能性は大いにあり得る。前に俺たちが初めてイレギュラーに会った時は森の中だったからな。奴等は町だけに留まらずどこにでも現れる。神の力を持った俺ならともかく、ただのクロスボウ使いで尚且つまだ半人前のミントで勝てるかどうか…。
「その覚悟も出来てるよ。あたし、もう昨日みたいに皆に迷惑をかけるような事は絶対にしたくないから」
この子は本気のようだ。昨日の夜にあれだけ決意を表明したんだから、今更ここで撤回する訳には行かないだろう。
「…あんたの覚悟は受け取ったわ、ミント。――でもこれだけは言わせて。何でも一人で抱え込まない事。その為に、あたし達のような仲間がいるって事を忘れないで頂戴」
「うん、覚えとくね。…じゃあ行ってきまーす!」
ミントは元気よく俺たちに向けて挨拶をし、ギルドへと走っていった。朝から元気な子だ。それだけやる気満々だという事だろう。
「じゃ、あたし達もそろそろ行きましょ。ところであんたはどうするの?」
「ん?そうだな、とりあえず自由にやるよ。せっかく一人になったんだから、普段出来ない事をやってみようかな」
「ふーん。ま、お好きにどうぞ。…だけど仕事はサボらないようにね」
「分かってるよ」
「それじゃあ、また後でお会いしましょうね!ナオトさんも怪我だけには気を付けて!」
「もし途中でイレギュラーに遭遇したらあんたに連絡するわ。ナオトもそいつを見かけたらあたし達にすぐ報告してよね」
クリムは俺にそう伝えると、ナラと一緒にギルドへ向かっていく。
「さて、と…」
俺は皆を見送った後、ソファーに座って今日一日の計画を考える事にした。昨日寝る前にも考えていたが、まずは黒幕を突き止めたい。そいつを何とかしなければ、またイレギュラーをけしかけて人々を恐怖に陥れるだろう。
まずはシャルルからの報告を待った方がいいのかもしれないが…。
(やっぱり、あの教会の事が気になるな)
どうしても、俺は教会だけが無傷だった件が気になっていた。…こうなったら、俺一人でこっそり行ってみようかな?
様子を見るだけなら特に問題はないだろうと思い、俺はワープを使ってハーシュへと向かう事にした。
ハーシュに着くと、たくさんの人達が建物を復旧させている最中だった。朝早くからご苦労様、と俺は心の中で思いながら教会まで歩いていく。
歩いて数分後、俺は目的の教会へとたどり着いた。相変わらず立派な建物だ。それだけに何故ここだけ無事だったのかが不思議で仕方ない。やはり怪しい…。とにかく俺は入り口にある扉の前まで行き、それを開けようとした。
(…駄目だ、やっぱり開かない。昨日と同じだ)
だが、扉は昨日と同じく何をしても動かなかった。中側から鍵がかかっているのだろうか?うーむ…とにかく次だ。
次に俺はこの建物をぐるりと回ってみる事にした。もしかしたらここに何か怪しい物があるかもしれない――という僅かな可能性に賭ける。と、その時。
「あれ、あそこにいるのは誰だ?」
ふと、俺は一人の女性が立っている事に気づく。女性は壁に寄りかかり、腕を組みながら考え事をしている様子だ。一体あそこで何をしているんだろう?
「あの、すいません」
俺は女性に近づき声をかける。女性は俺の方に気づき、顔をこちらへと向けて来た。
「おわっ!?び、びっくりした~。まさかこんな所に人が来るなんて思ってもいなかったっすよ」
「あはは…驚かせてすいません。ちょっとここに用があったもんで」
「なるほど。すると、あんたもこの教会の中へ入ってみたいって事?」
「まあ、そういう事です」
「それは奇遇っすね。…あれ、よく見たらあんた、以前この町で会った事ないっすか?」
「へ?」
この人は俺の事を知っているらしい。えーと、誰だったっけ…。そういや、こういう喋り方をする女の人に前会った事があるような…?俺は真剣になって思い出そうとする。
――ああ、思い出した!この人、以前俺に偵察兵の情報を教えてくれた冒険者の一人だ!
「そうっすよ~。あたしの事覚えててくれたんすね!」
「はい。あの時のあなたの情報で探していた人が見つかりました。本当に感謝していますよ」
「あたしの情報が役に立ってくれたようで本当に嬉しいっす。何だか照れるなぁ」
女性は照れながら自分の頭を掻く。
「…あんたの探していた兵士がどうなったのかは既に町の人から聞いているっす。どうやら、何者かによって殺されていたみたいで…」
「そうですね。彼を救えなかったのは残念です」
「それと、昨日この町に戻ってきた時はとてもビックリしたっすよ。あたし達がギルドで一仕事していた間に何があったのか、これも町の人から聞いたんす。そしたら、黒い色をした化け物が町中に現れたとの事で…」
「ああ、それはイレギュラーって呼ばれる新種の魔物です」
「い、イレギュラー?あんたはそいつについて何か知っているんすか?」
「はい。話せば長くなりますけど…」
「それならいいっす。あたし、長い話を聞くのは苦手なもんで。ははは」
どうやらこの人を含む冒険者たちは、イレギュラーが現れていた間に町から出ていたらしい。タイミングがいいというか、悪いというか…。
「ところで、あなたはここで何をしていたんですか?」
「ん?…ああ、この教会に違和感を感じたからここを調べていたんす。ほら、周りの建物はあれだけ派手に壊れているのにここだけ傷一つもないでしょ?素人目に見ても絶対に怪しいと思わないすかコレ」
「確かに、そうですね」
「で、中へ入ろうにも扉が閉まってて入れないもんだから、あそこの窓からこっそりと忍び込んだんす」
「し、忍び込んだ?」
「ええ、そうっすよ。あたし、これでも元は盗賊やってたんす。だからこういう隠密行動は朝飯前って訳」
この人、元々は盗賊をやってたのか…。確かにこの人は動きやすそうな服装をしているから納得は出来るけど。一体何があって今に至ったのか気になるが、そんな事はどうでもいいな。今はこの教会の事が重要だ。
「それで、教会の中には誰かいたんですか?」
「んー、誰もいなかったすね。…ただ、建物の中を歩いてたら床にこんな物が落ちてまして」
女性はそう言うと、バッグから一つのビンを出して俺に見せてきた。ビンの中には紫色の液体らしき物が入ってある。こ、これは…!
「そ、それはもしかして…『進化の種』!?」
「ふぇ?何すかそれ」
「その液体を死んだ人間の身体に入れると、強制的にイレギュラーへと進化するとんでもない代物なんです!まさかそんな物が教会に落ちていたなんて…」
「へ、そんなにヤバい奴だったんすか!?ひえぇ、こんなの持ってたら自分が呪われそうで怖いっすよ~!」
女性は俺の言葉を聞いて軽くパニック状態になる。こんな得体の知れない物を躊躇なく拾ってしまったんだから、その反応になるのも無理はない。
…しかし、まさかその種が教会の中に落ちていたのには驚いたな。出来ればこの人からそのビンごと貰って皆に見せたい所ではあるが、そう簡単にくれるだろうか?とにかく聞いてみよう。
「すいません、そのビンを俺にくれませんか?」
「こ、これを?…構わないっすよ。こんなの持ち帰った所で何の価値にもならないだろうし、それにあんたはこの種について詳しいんでしょ?どーぞどーぞ」
女性はそう言うと、持っていたビンを俺に渡した。以外とあっさり貰えたな。まあ元盗賊である彼女からすれば、価値のない物には一切興味を持たないんだろう。
「じゃあそろそろ、この辺で失礼するっす。…あ!そう言えば名前を言うのを忘れていたっすね。あたし、パオラって言います。あんたは?」
「俺はナオトって言います。イースタンにあるトレラントって町から来ました」
「ナオト…変わった名前っすね。ま、いいでしょう。それじゃあナオト、お達者で~!」
パオラと名乗る女性は俺に手を振りながら、向こうへと走っていった。またどこかで会えるといいな。少なくとも悪い人じゃなさそうだし。
…さて、とりあえずこのビンを貰えた事だし一旦自分の町へ戻るとしよう。