ミントの決意
シャルルとの話が終わってお城での用事を済ませた後、そのまま解散して自分達の家へと戻っていった。
「やっと家に帰ってこれたわ。ふー、疲れたぁ」
「私も疲れました~。半日しか経っていないのに、まるで数日分の疲れがまとめて来たような感じがしますよ」
家に入るとクリムとナラがそう言った。二人の言う通り、今日はまだ半日しか経ってないのに色んな出来事があったな。病院に行って監察医と話をしたり、町に現れたイレギュラーを倒したり、そいつの親玉から『あの方』の事と目的について聞いたり、終わった後にお城へ行ってその事を報告しに行ったり…。正直、今日はもうこれ以上何もしたくない気分。
「安心したら眠くなってきちゃった…。ねえクリム姉ちゃん、あたしの部屋で少し寝てもいい?」
「いいわ。あたし達も一回休む所だし。ナオトはどうするの?」
「俺も皆と同じで休む事にするよ」
そう言うと俺は真っ先に自分の部屋に行き、ベッドに寝転がった。あぁ、やっぱり自分ちのベッドはいい。幸せな気分だー。
「――ナオトー、いつまで寝てるの?もう晩ご飯の時間よー!」
気持ちよく寝ていたら、扉越しからクリムの声が聞こえて来た。窓を見るとすっかり暗くなっている。もうこんな時間か…。俺は大きく伸びをした後、部屋から出て晩ご飯を食べる事にした。
ちなみに今晩のメニューは昼ご飯の時にこってりとした物を食べていたので、あっさりとした食べ物ばかりだ。それでもまだ胃が消化していないのと寝起きなのもあって、あまり食欲は出ない訳だが。
「どうしたの、ナオト?さっきから手が動いていないけど」
「…ごめん。今、食欲ない」
「そう。でもせっかくあたしが作ったんだから残さず食べなさいよ?」
クリムは手を動かしていない俺に軽く注意してくる。…前にも思ったけど、クリムってまるで母さんみたい事を言ってくるな。とにかく、俺は彼女の言う事に従いご飯を残さず食べきった。
「ごちそうさまー!…あ、そういえばナオちゃんにお話したい事があるの。今時間あるかな?」
晩ご飯を済ませると、ミントが俺にそう聞いてきた。何の用だろう?
「ああ、いいけど…。話ってなんだ?」
「えっと、これからのギルド生活に関わる話。詳しい事はあたしの部屋に行ってからでもいい?」
「いいのか?俺が女の子の部屋に入るなんて」
「うん、ナオちゃんならいいよ!あなただけにあたしの全部を見せてあげるー!なんちゃって」
おいおい、誤解を招くような事を言うなよ…。とにかく俺はミントについていき、彼女の部屋に入っていく。
部屋の中には花や熊のぬいぐるみなどが置かれており、ミントらしさが出ている可愛らしい部屋だ。その一方で棚には彼女が愛用しているクロスボウがどっしりと置かれているのが分かる。こうして見るとなかなかの大きさだ。小さい身体でよくあそこまで器用に扱えるもんだなぁ。
「えへへ…どうかな?このお花やぬいぐるみはね、あたしがギルドで稼いだお金を使って買った物なの。寝る時にはいつもこのぬいぐるみと一緒になって寝るんだよ」
ミントが熊のぬいぐるみを抱きながら俺にそう説明する。ぬいぐるみと一緒に寝るって…。本人に言ったら間違いなく怒るだろうが、まだまだ子供っぽい所があるんだな。まあそういう所が彼女の魅力でもあるんだけど。
「と、それよりもお話だったね。立って話すのも疲れるからベッドに座ろうよ」
俺とミントはベッドに腰かけると、そのまま話を始めた。
「単刀直入に言うね。あたし、明日から一人でギルド活動をしたいの」
…へ?ミント、君は何を言っているんだ?あまりにも唐突すぎて、一瞬だけ頭が追いつかなかったぞ。
「今日、皆で町に現れたイレギュラーを倒しに行ったでしょ?あたし達はイレギュラーに取り付かれてた人達と戦っていたんだけど、途中でその人達が次々と集まっていって…」
「ああ、さっき俺が倒したあのデカくて丸い奴か」
「…あれを見た時あたし、怖かったんだ。何が起きてるのか分からなかったから、頭がパニックになっちゃって…。それで思わず逃げ出してしまったの」
そういう事があったんだな…。でもミントの気持ちはよく分かる。俺だって最初に見た時には気持ち悪いと思ったから。
「あたし、皆に迷惑をかけちゃった。姉ちゃんたちが一生懸命になって戦っているのに自分だけ逃げちゃうなんて。後で姉ちゃんたちがあたしを励ましてくれたけど、やっぱりこんなの良くないよね。…それとね、もう一つ分かった事があるの」
「もう一つ?」
「ほら、あたしっていつも色んな人から守られてばっかりだったでしょ。ナオちゃんやフリント姉ちゃんに」
「そりゃあ、まだミントが冒険者として未熟だからだろ?後輩をリードするのが俺たちの役目でもあるからな」
「…うぅ、そうやってハッキリと言われたら凹んじゃうよぉ」
ミントはたちまち泣きそうな顔になっていく。…しまった、俺とした事がデリカシーのない発言をしてしまった。
「ご、ごめん!いま俺が言った事は忘れてくれ」
「ううん、大丈夫だよ。自分が未熟だって事はあたしが一番知ってるから。…だからあたし、強くなりたい。いつか強い魔物があたしの目の前に現れてもいいように、明日から一人でギルドで活動をしたいんだ」
未熟な自分を乗り越える為に、あえて一人で困難に立ち向かうという事か。その気持ちは立派だけど、いくら何でも無茶しすぎじゃないか?そもそも他の皆が許してくれるかどうか…。
「さっきナオちゃんが寝ている時に、姉ちゃんたちにも同じ事を言ったよ。最初は止められたけどね。でも、あたしが何度も強くお願いしたら許してくれたんだ」
俺がそんな事を思っていると、ミントがこう言ってきた。既にクリムとナラにも承諾済みのようだ。
「一人でやるのが大変だって事はあたしにもよく分かってるつもりだよ。でもあたしが今より強くなるには、この方法しかないって思ったの。いいよね、ナオちゃん?言っとくけどあたしは本気だよ」
ミントは決意に満ちた表情で俺の事を見てくる。…ここまで来て、ミントの意見に反対するような事を言ってしまえば却って彼女を怒らせてしまうだろう。クリムやナラもいいって言ってたようだし、俺もこの流れに便乗するしかない。
「分かったよ、そこまで言うならもう俺は君を止めたりしない。だけどもし途中で何か困った事があったら、すぐ俺たちに助けを求めるんだよ。分かったかい?」
「…うんっ!ありがとうナオちゃん!あたし、これまで以上に頑張るからね!」
ミントは笑顔で俺にそう言ってきた。さっきミントの事を冒険者として未熟とは言ったものの、クロスボウの腕前は天才級だ。他所の世界からやって来た俺と違いこの子は現地で生まれ育ったから、案外一人でも平気だったりしてな。
「それじゃあ、また明日」
「うん!ナオちゃん、おやすみなさーい」
話が終わると俺は彼女の部屋から出て、自分の部屋へと戻っていく。…さて、明日からは何をしようか。出来ればイレギュラーを操っている黒幕について調べたい所だけど、下手にこちらから動けば命を狙われる危険性がある。下手に迷惑をかけたくないし、シャルルからの報告を待つべきか。それとも、死を覚悟で自分から調べに行くべきか。はてさて…。
俺はそんな事を考えながら就寝についた。