力持ちの剣士、一人で戦う
「どうするの、クリムちゃん?君のような怪我人を放っておいたまま戦いに向かう訳には行かないわ」
クリムさんを背中に抱えたまま、フリントさんはそう聞いてきました。確かに、今のクリムさんは怪我をしてて動けない状況です。…元々、私の本来の計画ではクリムさんを安全な場所へ避難させた後に一人であの化け物と戦うつもりでした。
でも、今はフリントさんとミントちゃんがいます。せっかく私の仲間がいるんですから、ここで一気に倒したいという気持ちもありました。
…私、どっちを選べばいいのでしょうか?
「フリント、その心配は無用よ。…ナラ!あんたさっき、あたしを避難させた後に一人で奴に立ち向かうとか言ってたわよね」
私が悩んでいると、クリムさんが私に向かってそう言ってきました。それを聞いたミントちゃんは驚いた顔をしてクリムさんの方を見ます。
「え?…クリム姉ちゃん、何を言ってるの?もしかして、ナラ姉ちゃんだけであいつと戦うつもりなの?」
「ええ、そうよ。さっきナラがあたしを背負って奴から逃げていた際にそう言ってたわ。…念の為にもう一度だけ確認するけど、あんた本気なのよね」
「は、はい」
私は戸惑いながらも、すぐ返事をしました。
「そ、そんなの無茶だよっ!いくらナラ姉ちゃんが強いからって、あんなおっかない奴と一人で戦うなんて…。ねえ、ここはクリム姉ちゃんを安全な所に移動させてからあいつと戦おうよ!その方がずっと安全だよ!」
ミントちゃんはクリムさんの案に強く反論してきます。確かに、私一人であんな化け物と戦うのは無謀な事でしょう。それにこの子の言う通り、一度クリムさんを避難させてから三人で戦いに挑むという方法もあります。
だけど――もしここでまた逃げたら、あの化け物は私たちを追うついでに町を壊し続けるかもしれません。それで罪のない人達を巻き込んでしまったら…それに、もしここで戦ったとして更に怪我をしてしまう人が出てしまったら…。考えただけでも怖くなってきます。だったら、やるべき事は一つ。
私はミントちゃんに、こう言い返しました。
「ミントちゃん、私に気を使ってくれてありがとうございます。…でも、ここは私一人だけで戦いたいんです。これ以上、誰も痛い思いをさせたくありませんから」
「ナラちゃん…。もう私たちが君を止めようとしても無駄なのね」
「そうよ。あいつ、昔から一度決めた事は最後までやり通す主義だから。こうなってしまうと誰もナラを止められやしないわ」
「ク…クリム姉ちゃん、それでいいの!?もしかしたらナラ姉ちゃんが死んでしまうかもしれないんだよ!」
「大丈夫よ、ミント。ナラはそう簡単にやられるような奴ではないわ。その事はあたしが誰よりも知ってる。…だから、ここはあいつを信じて先に行きましょ」
「う、うん…分かったよ。フリント姉ちゃん、行こう!」
「ええ、分かったわ」
二人はクリムさんと私の意見に賛成し、私を除いて安全な場所へと避難する事になりました。
「ナラ、絶対に生きて帰って来るのよ!あいつにやられたりなんかしたら許さないんだから!」
三人が去っていく途中、クリムさんが私に向けてそう言ってきました。…絶対に生きて、仲間の元へ帰る。そう言われると、途端に緊張が走ってきます。私にそれが出来るかどうか――いえ、ここで後ろ向きになっては行けません。今は前向きに、絶対に諦めないという心を持たなくては。
私は背中に背負ってある大剣を抜き、構えを取ります。それが戦いの始まりの合図のように、化け物は右腕を私に向けて勢いよく振り上げて来ました。
「そんなの、効きませんっ!」
私はそれを持っていた大剣で受け止め、攻撃を弾きました。すると今度は左腕を使い、さっきと同じく振り上げてきます。それが終わるとまた右腕、その後に左腕…。化け物はそれを交互に繰り返して私に攻撃してきました。
「うっ、くうっ…」
大剣で弾く度に、鋭い音が鳴り響きます。かなり激しい攻撃です。私は身体がのけぞらないように、必死になって踏ん張りました。
私は攻撃をひたすらに耐えていると、化け物はやがて疲れが来たのか攻撃が緩くなっていきました。
(――い、今ですっ!)
私はその瞬間を見逃しませんでした。動きが止まっている隙に、私は大剣を大きく振って化け物の両腕を切断させます。
切断された箇所から、紫色の人達が次々と飛び出してきます。私はその凄惨な光景に耐えられず、思わず目を背けてしまいました。
「きゃっ!?」
そうしていると突然、ズシンという大きな音が鳴り響いたと同時に私の身体が宙を舞い、そのまま地面に激突しました。どうやら化け物は残っていた両足を使い、大きくジャンプをした時に出た衝撃で私を飛ばしたようです。
更にその時の勢いで、持っていた大剣を落としてしまいました。
(わ、私の剣は…あ、あんな所に!)
落とした大剣は遠く向こうへ落ちていました。私はそれを取りに行こうとしたのですが、化け物は前とは比べ物にならない速さで私に急接近してきます。こ、これじゃあ間に合わない!
私は武器を取りに行くのを諦め、素手で立ち向かう事にしました。
「やあああああっ!」
私は接近してきた化け物の身体を掴み、動きを止めました。さっき私が転がってきた化け物を止めた時と同じやり方です。
化け物は負けじと身体を前進に進もうとしてきます。かなりの力です。このままでは押し負けてしまうかも…!
(――いいえ、ここで負ける訳には行きませんっ!絶対に諦めないという心を持たなくちゃ!)
それでも私は諦めず、更に力を出して化け物を押し出しました。その後に私はそのままの勢いで両手を広げ、化け物の身体を自分の持てる範囲までしっかりと掴み――。
「はあああああ…そりゃあああああっ!!」
化け物を思い切り持ち上げ、それを上空へと放り投げました。
(い、今のうちに…!)
化け物が宙を漂っている間、私は大剣が落ちている方角へ向かって走り出します。私が武器を拾ったと同時に、化け物はドシンと勢いよく地面に落ちてきました。
…今のでダメージが入ったかどうかは分かりません。そもそも弱点すら判明していない状況で、どうやってあれを倒せばいいのでしょうか?――そう悩んでいた時でした。
(…!?)
突然、仰向けに倒れていた化け物の身体から腕らしき物がたくさん飛び出してきました。その数はだいたい8つ。
何が起きているのか分からないままただ茫然としていると、その腕らしき物が一斉に私のいる所まで伸びて来ました。あれを全部まともに食らえば一溜りもありません。しかし、あまりにも突然の出来事だったので咄嗟に身体を動かす事が出来ませんでした。
流石の私でもこれだけは避けきれないと悟り、私は覚悟を決めて目をつぶりました。
「あ、あれ…?」
少し時間が経ち、私はとある違和感に気づきました。攻撃を食らったという感触が全くないのです。ど、どういう事なのでしょうか…?
私は目を開けて恐る恐る周りを見ると、そこに一人の人物が私の前に立っていました。まるで私を守ってくれているかのように。その人は――私がよく知っている、あの男の人でした。
「ナ…ナ…ナオト、さん…?」
私は小さな声で彼の名前を呼ぶと、顔をこちらへ向けて来ました。いつも私がよく見る明るい表情をしていて、間違いなくナオトさん本人だと確信しました。
「――ふう、良かった。何とか間に合って」
ナオトさんは安心した声で私にそう言いました。