邪悪な気配
今話はナラ視点です。
『サンダー!』
――私たちは別々に行動を取る事になり、町に現れたイレギュラーたちを倒しに行きました。私はクリムさんと一緒に、教会の付近でイレギュラーを退治したり、襲われている人たちを助けていました。
こういう事態は既にフェスティの時に経験済みなので、難なく行けたはずなのですが…。
「…ふぅ、次から次へと現れてキリがないわね。ナラ、そっちは大丈夫?」
「は、はい!私はまだまだ大丈夫ですよ!」
クリムさんの言う通り、倒しても次から次へと出てくるのでキリがありません。一体どうすればこの騒ぎを収める事が出来るのでしょうか?
「クリムさん、イレギュラーがこの町からいなくなるにはどうすれば…」
「うーん…。そう言えば以前、ナオトがイレギュラーの司令塔を倒した時にそいつ等が突然町から一斉に消えた事があったわ」
「という事は、その司令塔を見つけて倒せばここの騒ぎは収まるのでしょうか?」
「さあね。ま、キリがないから言って諦めるよりはそいつを探した方が得策だと思うわ。ナラ、こいつ等を倒す途中でその司令塔を探しに行くわよ」
「はいっ!」
私たちはイレギュラーを指揮していると思われる司令塔を探しに行く事になりました。その人を倒せば、騒ぎが収まる事を信じて。
(…あ、あれ?)
その途中、道端に一人の男性が立っているのを発見しました。魔物が現れて大変な事になっているのに、一体あそこで何をしているのでしょうか…?
「どうしたのよ、ナラ?急に立ち止まっちゃって」
「クリムさん、あそこに人がいるんですよ。ほら!」
「どれどれ?…あっ、確かにあそこに人がいるわね。あんな所に一人でいたら危険だわ、行ってみるわよ!」
私たちは男性が立っている場所まで近づき、その人に声をかけました。
「すいません、こんな所で何をしているんですか?一人でいたら危険ですよ!」
男性は私たちの声で気づき、こっちを向いてきました。男性は足元まである長い丈の黒い服を着ており、服の真ん中には十字架の絵が描かれています。顔は穏やかで、優しそうな印象の人でした。
…あれ?この人、前にどこかで見た事があるような…。もしかして!
「む、貴方達は…?」
「あたし達は今、町に現れたイレギュラーって魔物を退治しているの。…ところであなた、この町の神父ね?前に見た覚えがあるわ」
クリムさんも同じ事を思っていたようです。やっぱり、この人は前に出会ったあの優しい神父さんでした。
「貴方達は…。そう言えば一年前、この町のお祭りに来ていた子でしたね」
「そ、そうですっ!私たちの事覚えていてくれたんですね!」
「勿論ですとも。私も貴方達とまた出会えてとても嬉しいですよ」
神父さんはそう言いながら、優しく微笑みました。覚えていてくれたなんてとても嬉しいなぁ…。
「ナラ、今は再開を喜んでいる時間じゃないわ。…それよりも神父さん、ここで立ってて何をしているの?早く逃げないと魔物に襲われてしまうわよ」
「…いえ、私は大丈夫です。私の事は放っておいて、貴方達は先を急いで下さい」
「そんな事出来るワケないわ!ほら、あたし達についてきて――」
クリムさんが彼の手を掴んだ途端、突然クリムさんの動きが止まりました。それに、クリムさんは何か驚いた顔をしているような…。な、何があったのでしょうか?
「クリムさんっ!一体何があったんですか!?」
「――え?いや、何でもないわよ。…ナラ、悪いけどここは彼の言う事を信じて先へ急ぐわよ」
「ええっ?神父さんを助けないんですか?」
「いいから!さっさとこの場から離れるわよ!」
…ク、クリムさん?何か慌てているみたいですけど、どうしたんですか?よく分からないけど、ここは正直に言う事を聞かないとクリムさんを怒らせてしまうかも…。
私は仕方なく、神父さんのいる場所から離れる事にしました。
「あの、神父さん!この騒ぎが終わったらまた会いましょうね!」
私は神父さんにそう言いながら、先を急ぐことになりました。
「――クリムさん、どうして急にあの人から離れようと思ったんですか?」
私たちは神父さんと別れた後、物陰に隠れて話をしました。何故クリムさんがあの人の手を掴んだ時、人が変わったようにその場から離れようとしたのかを。
クリムさんはまだ落ち着いていない様子です。
「…あの時ね、彼の手を掴んだ時に突然あたしの頭の中に邪悪な何かが浮かび上がったの」
「邪悪な何か…ですか?」
「ええ。まるであたしの頭ごと汚染されるような、今までに感じた事もないヤバい物がね。あの時にあんたが呼びかけなかったら、今頃あたしはどうなっていたか分からないわ。感謝するわよ」
は、はあ…。でもクリムさんの言う邪悪な何かって何の事でしょう?あの神父さんの手から伝わってきたって事?
「…あのね、ナラ。あたし、一つだけ気になる事があるの。他の町の人はあれだけ逃げ回っているのに、どうして彼だけ逃げようとせずあそこで立ち止まっていたのかが」
「確かにそこは私も気になりましたが…。でも、それがどうかしたのですか?」
「これはあたしの憶測だけど…。あの神父さん、もしかしたらイレギュラーと関係しているのではないかって話」
「え、ええっ!?神父さんがイレギュラーと!?」
「しーっ、大きな声を出さないでよ」
私はクリムさんの言った事が信じられず、思わず大きな声が出てしまいました。ご、ごめんなさい…。でもあんなに優しい人がイレギュラーと関わりがあるなんて信じたくありません。
「ナラ、あくまでこれはあたしの憶測にしか過ぎないわ。だけど何故、神父さんだけ妙に冷静だったのか気になったのよ。あんな道端にいたのにも関わらず、奴等の気配は全くしなかったし」
「確かにイレギュラーの気配はありませんでした。…でも、それって偶然いない時に会ったからではないですか?」
「そうであればいいんだけどね。だけど用心するに越した事はないわよ、ナラ。…さ、そろそろここから出てイレギュラーを退治しに行きましょ」
「は、はい…」
私たちは物陰から出て、再び町に現れたイレギュラーたちを倒しに行きました。クリムさんの言った事が気になりますが、それが杞憂である事を祈ります。
――私、信じてます。神父さんが『悪い人』ではないという事を!




